言い分を聞きましょう
不揃いの箇所を揃えました。
内容は変わっていません
「出来心、私が一番、家族が大事、反省してる…言いたいことは終わった?」
私はテーブルに肘をつき、髪をかきあげる。
夫は私の一つ一つの動作にビクビクしている。面白い。
「じゃあ、言い分を聞きましょうか」
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「まず、浮気したのは出来心と言っていたけれど、前から色々相談されてたよね?」
夫はその日の出来事を私に話すタイプだ。だから浮気相手の川田さんの名もよくでる。直属の部下だし当たり前だ。
夫は縮こまったまま頷く。
「普段から2人で会うのは避けてたよね。あなたは妻子持ちで川田さんは独身だから誤解されないように。じゃあ今回はなんで?」
「はっ…はじめは露木も来る予定だったのが、子供が熱を出したから来れなくなって……」
「だったら今日はやめようか、とはならなかったのね」
「最初はどうしようかと…」
「正直に言えば怒らないから」
私は被せるように言う。
「よしっと思った」
「正直に言えばいいってもんじゃない」
「どっちだよ!」
「え?」
夫が調子にのってきたので低い声で牽制する。
「ごめん…」
また尻尾を丸めて上目遣いに戻る夫。
「喜んだのは下心があったから?」
「……」 頷く。
「最近私が拒否してたから発散したかった?」
「……」 また頷く。
「若い子はすべすべしてるし触りたくなるよね」
「そ、そう言うわけじゃ」
「正直に言えば…」
「その通りです!!」
「正直に言えばいいってもんじゃない」
「どっちだ……いえ、なんでもありません」
――正直、この不毛な会話、面倒くさい。
この人は壁を越えるタイプ。分かり合えない。
私だって妄想はする。若い子が慕ってくれたり、スパダリに愛されたり、それはもう色々と。
だけど現実には起こらないし、起こさないように注意してる。
大事な人の傷ついた顔は見たくない、それだけ。
夫はそうじゃない、それだけ。
「問題はこれからなんだけど、川田さんとどうしたいの?」
「彼女とは二度とそういった事はしない!」
「あなたの反省は決意だけ?」
「え?」
「私は口だけのしないしないは信用しないの。子供が言うのと同じ」
「どうすれば?」
「私ね、携帯小説をよく読んでるのだけど、ざまぁが好きなの」
「ざまぁ……」
「あなたへの罰はゆっくり考えるけど、川田さんへの罰も必要でしょ」
「彼女は関係ない!俺が誘ったから…」
「ここで庇うのは駄目。やっぱり気持ちがちょっといってるのかな」
****
「さて、言い分を聞きましょうか」
「ご、ごめんなさい……」
「謝罪はいらないの。本音かわからないし」
私は川田さんを日曜日の午前中に、近所のカフェに呼び出した。
前日、夫と話したが川田さんの言い分も聞きたかったから。
――よく来れたな。それは褒めたい
彼女はうなだれている。ショートの髪に利発そうな顔、確かに可愛がりたくなる。
「主人のこと、本気?」
「いっ…いえ!あの、頼りになる上司と……」
「正直に言えば怒らないから」
デジャブ。また被せるように言う。
「好きです。本気、です」
熱い目を向けられる。
「正直に言えばいいってもんじゃない」
「あっ、すみません」
――フワフワしてるなぁ。何言っても理解しなさそう。
「主人はあなたに何か言った?」
「何か、とは?」
「好き、とか私とは別れるとか」
「特にそういう事は……」
「正直に言えば怒らないから」
「わ…私にはまりそう、と」
「………そこは言わないのが礼儀でしょ」
「すみません!!」
彼女が頭を下げる。大声をあげたので周りの客が興味深そうに私達を見る。
「修羅場なので気にしないで下さい」
目が合ったものたちはコクコクと頷き視線を外した。だが軽蔑するように川田さんをチラリと見る。チョイざまぁかな。
「じゃあ、私と主人が別れたら、結婚したいという気持ち?」
「いえ、あの……」
「6歳と10歳の娘、主人に懐いていて、私の方が嫌われてるくらいなんですよ」
私は言葉を止め、うなだれている彼女の顔に手を伸ばし顎を上げさせる。
「顔は上げようか」
「す、すみません!」
「私は子供と週末さえ会えればいい。2人を可愛がってね?」
「それは……」
「それは嫌なんて言わせない。いいとこ取りなんてさせる訳ないじゃない」
「そういう訳じゃ…!」
「あなた達の純愛?ごときで私が苦労するなんて絶対にイヤなの。お金はいらないから子供達をお願いね」
「もう…しませんから許してください……」
彼女は大粒の涙を流し、頭を下げた。
――可哀想に……明日からは針のむしろね
今もこちらを見ているが、店内に夫の同僚の奥さんがいる。全て聞いていただろう。
――川田さんにも生活はあるし、辞めないよう踏ん張ってほしいとこね。
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帰宅すると、夫は娘達とゲームをしていた。
気まずそうに私を一度見た。
それを横目に私は洗面所に向かう。
顔を洗ってサッパリしたかった。
鏡で自分の顔を見ると、顎のあたりが強張っている。
――気づかない内に歯を食いしばってた……
私はゆっくり顎の力を抜き、口角をあげてみる。
――これからどうしようか
ふと、カフェで川田さんの顎を上げた時の彼女の目を思い出した。屈した者の瞳。
あぁ、夫があの目になったら許そうか。それなら楽しめそう。もう前には戻れないのだから、楽しんだ者勝ちよね。
私は悲しそうな顔を作りながら、家族の元へと歩みを進めた。