婚約破棄の真っ最中、どこからともなく軽快でリズミカルな音楽と掛け声が聴こえてきました
「今日この場で、アラン王子の名において、公爵令嬢イザベラとの婚約破棄を……」
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Rock & Soul! Rock & Soul!
(Rock & Soul! Rock & Soul!)
Show ran! Show ran! 【ショーが公演された!】
(Show ran! Show ran!)
Don’t toy with the show! Don’t toy with the show! 【舞台をもてあそぶな!】
(Don’t toy with the show! Don’t toy with the show!)
アーラン! アーラン!
(アーラン! アーラン!)
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流麗な笛の音と迫力ある太鼓をバックに、威勢のいい掛け声が会場に響きわたり、アランの宣言は掻き消されてしまいました。
堪り兼ねた彼は、音の出所である舞台袖に向かって大声で叫びました。
「おい! うるさいぞ! 一体何のつもりだ! さっさとこっちにこい!」
呼ばれて恐る恐る現れたのは、男爵令嬢のルイズでした。何故かドレス姿ではなく、作業着のようにシンプルなチュニックを着ています。
「……あの、何の御用でしょうか?」
「君は、たしか最近学園に編入してきたルイズだな! 俺が舞台上で婚約破棄を宣言しているのが分からなかったのか!? どうして邪魔をする!」
「お言葉ですが、そもそも舞台に飛び入り参加することは禁止されているはずです。もし余興の演劇を行われたいのでしたら、いくら殿下でも事前に実行委員会に申請手続きをなさるべきですよね?」
「俺は出し物をしていたのではない! 正真正銘、本物の婚約破棄を行っていたんだ!」
自分の宣言を余興扱いされ、顔を真っ赤にして地団駄を踏み、怒りを露わにするアラン。ルイズは彼の発言に困惑した様子です。
「ええっ……そうだったのですか……それは大変失礼しました」
「そもそも、先程の騒音は何だ!? 俺の名前も出て来なかったか!?」
「あれは私の住んでいた村に伝わる民謡です。Show ran節というのですが、今回はアラン様のご卒業記念ということで、替え歌としてアーラン節をご披露する予定でした。でも……婚約破棄が演劇ではないのなら、それどころではありませんよね……きっと廃嫡や国外追放の処分を受けてしまわれるでしょうし……」
憐れむような目をしたルイズの言葉を聞いて、今度はアランが慌てる番でした。周りの側近に視線を巡らせても、一人残らず気まずそうに小刻みに首を縦に振っています。しばらく腕組みをして黙り込んだ彼は、突然笑い声をあげ始めました。
「はっはっは! すっかり騙されたようだなルイズ嬢。こんな記念すべき晴れの舞台で、婚約破棄をする馬鹿な人間がいる訳ないだろう。全て演技に決まっているじゃないか!」
「ああ、そうだったのですね。流石アラン様です。すっかり一杯食わされてしまいました。それでは、そろそろ私達の演目を始めてもよろしいですか?」
「勿論いいとも。おっ、イザベラ、どうしたそんなに怖い顔をして。まさか、お前まで引っ掛かったわけじゃないよな? ひょっとすると俺には俳優の才能があったのかもしれないな。あっはっはっは!」
何とか笑ってごまかし、場を取り繕おうとするアランでしたが、周囲には白けた空気が漂っています。イザベラの肩に手を回そうとするも、冷たくはねのけられました。
そんな悲惨な空気を物ともせずに、マイクを持ったルイズを先頭に、ぞろぞろとチュニック姿の生徒達が壇上に現れます。
「それでは、お集まりの皆様。アーラン節、お聞きください!」
彼女の挨拶とともに、笛と太鼓が鳴り始めました。
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声を掛けたら すぐ惚れかけて
すぐに契るよ 恥姿
超ださ 殿下~様の
Rock & Soul!
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先程までの気まずい空気が洗い流されていくかのように、徐々に会場を熱気が覆っていきます。ステージの上で気合の入った掛け声をあげつつ、神に豊作を願い、畑を耕す動きを模した、切れのある一糸乱れぬダンスを披露する生徒達の姿に、誰もが瞬く間に目を奪われます。
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Rock & Soul! Rock & Soul!
(Rock & Soul! Rock & Soul!)
Show down! Show down! 【土壇場の対決】
(Show down! Show down!)
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観客の生徒達が、一人、また一人とリズムに合わせ足踏みをはじめ、掛け声を口ずさみ、気付けば会場に居合わせた全員が一体となり、大きなうねりとなって叫び、踊り出していました。
学園の歴史上でも類を見ない盛り上がりを見せた『アーラン節』は、この年以降、卒業パーティーにおける恒例行事となり学園の伝統として受け継がれるようになりました。ちなみにアランは廃嫡され、どこかの村で本場のShow ran節を踊りつつ、農業に精を出しているそうです。