国の悪党、叩いて砕く
ギルガラス国の防衛大臣ハックニーは、三人のたくましいSPを連れて超高級レストランに入って行きました。これから中で、国のお偉方や財閥の会長らと会食をするのです。今後、防衛費を上げてもらうためにも、重要な会食でした。
やがて、国の偉い人たちも続々と店に入ってきます。彼らはテーブルに着き、高級な料理に舌鼓を打ちながら、今後の予定について話し合っていました。無論、大金が動く話です。いや、大金どころではありません。国家予算レベルの額が動く話なのですから。
そんな時、突然レストランに出現した者がいました。見れば、まだ幼い少女です。ニコニコしながら歩いて来ています。とても愛くるしい顔をした、十歳前後の女の子でした。その笑顔を見れば、たいていの人が微笑んでしまうでしょう。
もっとも、着ている服も履いている靴も安物です。どう見ても、このレストランに相応しい格好ではありません。
「なんだ、このガキ。どこから紛れ込んだんだ」
SPのひとりが、不快そうな表情で立ち上がりました。どうやら、この男は子供が嫌いなようです。長がニメートルはあろうかという大男であり、黒い肌にスキンヘッドさらに筋肉質の体をスーツに包んでおり、理屈抜きの迫力があります。
SPは、少女をつまみだそうと近づいて行きます。お偉方たちも、不快そうな顔で少女を睨んでいました。
その時、少女が口を開きました。
「おじさんたち、マッチ買ってくれない?」
「いるかバカ! そんなことより、さっさと失せろ!」
SPは怒鳴りつけ、少女に手を伸ばします。ところが少女は、SPを無視してマッチに火をつけました。
「じゃあ、ただであげる。大サービスだよ」
にっこりと微笑み、マッチを床に落とします。
途端に、マッチは爆発しました。その威力は凄まじく、一瞬にして店をガレキに変えてしまいました。言うまでもなく、大臣もお偉方も即死です。自身に何が起きたのかすら、わからぬうちに死んでいました。ただ不思議なことに、厨房は無傷でした。
少女はというと、半壊したレストランから笑顔で出て来ました。その体には、傷ひとつ付いていません。
「あー、すっきりした!」
・・・
バグラント国のジャングルにて、軍需産業の代表取締役であるハワードが場所のチェックをしていました。これから、新兵器のテストが始まるのです。タカ派の政治家や、軍のお偉方などといった者たちの前で、新兵器のお披露目をして高く買ってもらう……これこそが、ハワードの目論見でした。
やがて、大勢の人間の人間がジャングルに集まって来ました。彼らは訓練された兵士によって守られ、ヘリコプターに乗ってジャングルへと来たのです。
その時、彼らの前にひとりの女性が現れました。歳は二十代でしょうか。花畑に咲き誇る花も羨むような、たおやかな美貌の持ち主でした。肉感的な肢体を、肌の露出面積が大きな漆黒のドレスに包んでいます。肌は透き通るように白く、金色の長い髪をなびかせて歩いて来ます。その美しい顔には、妖しくも優しげな微笑みが浮かんでいました。敵意は感じられません。
「何だ、この女は? どこから紛れ込んだ?」
護衛の軍人は彼女を睨み、銃口を向けます。しかし、政治家はそれを制しました。
「やめないか、無粋な奴め。これは、ハワードの粋なはからいに決まっているだろう。見ろ、あのそそる体を」
そう言うと、政治家は女性にいやらしい視線を向けます。彼の言葉に、居並ぶ男たちは、下品な笑みを浮かべました。これから、いやらしいショーが始まるのかと期待していたのです。
彼らの視線を集める中、女は不意に立ち止まりました。両手を挙げ、顔を天に向けて唄い始めたのです。
それは、居並ぶ者たちが今まで聴いたこともない美しい声でした。男たちは、自分が何をしに来たのかも忘れ、歌声に聴き惚れています。しかし、彼らは何もわかっていませんでした。
女が唄うは、悪魔の歌だったのです──
突然、銃声が鳴り響きました。兵士たちが、銃を乱射し始めたのです。しかも、銃口はお偉方の方を向いていました。
「俺はなあ、前々からお前らが気に入らなかったんだよ!」
喚きながら、兵士たちは銃を撃っています。その目は、興奮のためギラギラ光っていました。麻薬でもやっているかのごとき勢いです。彼らが放つ銃弾により、お偉方たちは次々と倒れていきました。
それだけでは終わりません。お偉方たちを全員射殺した兵士たちは、今度はお互いに向けて銃を撃ち始めました──
「俺はなあ、前からてめえを殺したいと思ってたんだ!」
「るせえ! 死ぬのはてめえだ!」
口汚く罵り合いながら、殺し合う兵士たち。弾丸が尽きるまで銃を撃ちまくり、さらにはナイフを振り上げての殺し合い……女の歌は、人の心に潜む闇の獣を増幅させ表に引きずり出す効果があるのです。闇の獣の命ずるまま、男たちは互いに対する僅かな不満を殺意にまで増幅させ、殺し合いました。
緑に覆われていた森は、男たちの流す血で真っ赤に染まっていきます。そんな中でも、女性は唄い続けていました──
・・・
クラン国の将軍・ゴルドーは、たくましい体をつきの大男です。頭はツルツルのスキンヘッドで口ヒゲを生やしており、体のあちこちにタトゥーが入っている強面でした。
そんなゴルドーは、五十近い今も鍛練を欠かしません。今日も若い兵士たちとともに、軍のトレーニングジムでサンドバッグを叩いたりキックミットを蹴ったりしていました。
ところが、ジムに招かれざる客が出現します──
突然、異様な姿の者が現れました。黒髪に野生味あふれる雰囲気の女です。美しい顔立ちで、野生の雌豹を連想させる美貌の持ち主でした。しなやかな筋肉質の体にタンクトップを着て、ミリタリーパンツを穿いています。
女はジムに入るなり、凄まじい腕力でジムの中にある物を出入口の前に放り投げていきます。バーベルやダンベル、さらにベンチやエアロバイクやパイプ椅子などなど……自動ドアの前は、あっという間に粗大ごみ置場のごとき状態になってしまいました。もちろん、置かれた物をどうにかしない限り、通ることなど出来ません。
そんな異様な状況を作り出した女は、ニッコリ笑いました。
「これで、誰も出られないよ。あたしを倒さない限りは、ね」
兵士たちは、唖然となっていました。しかし、彼らも訓練を受けたプロです。すぐに、この異常事態を理解しました。同時に、戦闘体勢に入ります。全員で、女を取り囲みました。
しかし、女は平然としています。
「どうやら、やる気になったみたいだね。ま、そうでなきゃ面白くない。じゃあ、行くよ!」
直後、女は襲いかかりました──
それは、恐ろしくも壮観な眺めでした。
鍛え抜かれたマッチョな兵士たちが、女に飛びかかって行ったかと思うと、強烈なパンチやキックをくらい弾き飛ばされていくのです。女が手足を振るうたびに、兵士たちはばたばたと倒れていきました。
その様は、荒れ狂う竜巻のようでした──
やがて、竜巻の動きは止まりました。兵士たちは皆、首をへし折られ内臓を破裂させられ絶命しています。もちろん、ゴルドー将軍も死んでいました。
女は全員の死を見届けると、満足げな表情で壁に後ろ蹴りを食らわしました。すると、コンクリート製の壁が崩れ、穴が空きます。
その穴を通り、女は姿を消しました。
・・・
クラン国のスヌーク伯爵は、大勢の手下を引き連れ森に来ていました。彼の目的は、ハンティングです。猟犬を放ち、猟銃をぶっ放して野生動物を仕留めるのです。
日は高く昇っており、真昼の森の中は少し暑いくらいの気温でした。そんな中、スヌークは猟銃を構えつつ森の中を進んでいきます。先ほど、見事な角を持った鹿を見つけたのです。四百キロはあったでしょうか。ハンティング歴の長いスヌークから見ても、かなりの大物です。仕留めれば、確実にインスタ映えするでしょう。
「絶対に仕留めてみせる」
スヌークはひとり呟くと、足跡を追っていきました。十分ほど前、彼の撃った銃弾は鹿に手傷を負わせていました。地面には足跡だけでなく、血の跡もはっきりと付いています。
これなら、仕留めるのは時間の問題でしょう。スヌークは、じわじわと追い詰め仕留めるつもりでした。
スヌークは、鹿を追うことに夢中でした。そのため、己の周囲で起きていた異変には全く気づいていませんでした。もし彼がもう少し注意深ければ、猟犬の鳴き声が聞こえなくなっていたことに気づいていたでしょう。
スヌークは、さらに森の中を進んでいきます。鹿はここまで、かなりの量の血を流しています。かなり弱っていることでしょう。あと、もう少しで仕留められます。四百キロもの大鹿……こんな獲物は、仕留めることはもちろん出会うことすら珍しい獲物です。プロの猟師ですら、滅多に出会えない大物でしょう。
スヌークは立ち止まり、ポケットを探りスマホの有無を確かめました。この大鹿の画像を自分のインスタグラムに載せれば、ハンティング愛好家たちからも好評価が得られるでしょう。
「待ってろよ。今、俺のものにしてやるからな」
ひとり呟くと、再び足跡と血痕を追って歩き出しました。
スヌークは、すっかり追跡に夢中になっていました。そのため、彼は周囲で起こっている異変にはまったく気づいていませんでした。彼はスマホの有無は気にしていましたが、手下たちが付いてきているかどうかは気にしていなかったのです。
「これは、どういうことだ……」
スヌークは、ようやく周囲に起こっている異変に気づきました。さっきまでワンワン吠えていたはずの猟犬は、今や一匹もいません。付いてきていたはずの手下たちも、まったく姿が見えないのです。
それだけではありません。地面に付いていたはずの足跡と血痕も、跡形もなく消え失せていたのです。
「おい! 誰かいないか!」
怒鳴ると、森の中からひとりの青年が出てきました。麦わら帽子を被り、白いランニングシャツと短パン姿で、手にはスケッチブックと数本の鉛筆を持っています。
「おい、お前! 何者か知らんが、助けてくれ!」
スヌークは、青年に近づいていきました。
その時です。森の中から、一匹の獣が踊り出てきました。それは、雄牛ほどもありそうな巨大な犬です。いや、犬というより魔犬でした。
魔犬は、凄まじい勢いでスヌークに襲いかかりました。スヌークも猟銃を撃ちましたが、銃弾は魔犬には全く効いていません。魔犬の牙により噛み裂かれ、スヌークは息絶えてしまいました。
死体を踏み付け、高らかに吠える魔犬。そんな恐ろしい場面を、青年はのんびりした様子でスケッチブックに描いていました。
・・・
ギルガラス国の大物ギャング・ギリーは、数人の幹部とともに高級ホテルで会議を開いていました。このギリー、大量の麻薬を売買し巨万の富を得ていたのです。今も、麻薬の売買について幹部らと入念に話しあっていました。
そんな会議に、全く場違いな者が現れたのです。
「やあ、諸君。今日も元気に悪巧みとは、恐れいったね。いやあ、感心感心」
ふざけたセリフを吐き、手をぱちぱち叩きながら入って来たのは、強者ぞろいのギャングたちですら唖然となるような風体の男だったのです。
その男は、黒と白の縞模様の服を着ていました。昔の囚人のようないでたちです。黒い髪は肩まで伸びていましたが、顔は真っ白く塗られていました。さらに、目と口回りは黒く塗られています。サーカスのピエロのようなメイクでした。
「てめえ、誰だ!」
ギャングのひとりが怒鳴ると、男は恭しい態度で頭を下げます。
「地獄の道化師、チャッキー・ノリス。以後、お見知りおきを。もっとも、あんたらと会うのは今日が最後だけどね」
そう言うと、男はウインクして見せます。ふざけた態度に、ギャングは当然のごとく怒り出します。中でも、一番怒っていたのはギリーでした。
「ゴラァ! 三秒以内にこの部屋から消えろ! でないと、てめえの頭の皮を剥いで、内臓を全部取り出すぞ!」
喚くと同時に、ギリーはテーブルの上にあるボールペンを投げつけました。ところが、チャッキーはそのペンを簡単にキャッチします。
ニヤリと笑いました。
「これは、パーティー開始の合図だね」
言うと同時に、チャッキーは動きました。顔に不気味な笑みを浮かべたまま、居並ぶギャングたちに襲いかかります──
それは、人間の目では確認できない速さでした。チャッキーの握るペンは、ギャングたちの急所を正確に貫いていきます。刺された側は、何が起きたのかわからぬまま倒れていきました。次々と血を吹きだし、絶命していきます。
もちろんギリーも、命乞いや懺悔の暇も与えられぬうちに絶命していました。
直後、チャッキーの動きが止まります。死体と化した者たちを見回し、ニヤリと笑いました。
「小説家はペンで、己の創った物語を完結させる。チャッキー・ノリスはペンで、狙った標的の人生を完結させる。チャッキー・ノリス・ファクト、第十三章」
そう言い残し、チャッキー・ノリスは姿を消しました。