表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/24

噛み合う歯車

 夏の県大会の組み合わせが決まった。一昨日のことだ。


 抽選会には、野球部主将の島崎とマネージャーの沢木が行ってきてくれた。白状すると、俺は抽選会がいつ行われるのかすら完全に忘れていた。練習の時に二人がいないことを不審に思って、そこで初めて「そう言えば、今日が抽選会か」と気付いたくらいだ。でも、他のやつも案外こんなものだと思う。当事者である島崎と沢木以外は抽選の結果だけに興味があるのであって、抽選会というイベント自体には関心がないのだ。


 二人が帰ってくるまでの間、練習中にも関わらずみんなかなりソワソワした様子だった。校舎の方から今にも二人がグラウンドにやってくるんじゃないかと、チラチラそっちの方を見ているやつもいた。そういう浮ついた雰囲気の中、島崎と沢木は帰ってきた。


 副主将として今日は主将の代わりに号令をかけていた佐々木の「バックー!」という掛け声に合わせてグラウンドに散らばっていた部員は皆三塁側のベンチ前に集合した。ベンチ前といっても学校のグラウンドだからちゃんとしたダッグアウトなんてなくて、本当にただ木のベンチと防球ネットがおいてあるだけの場所だ。ヤマ高野球部では集合が掛かった時はここに集まる、というルールになっている。


 「今日島崎と沢木が抽選に行ってくれて、組み合わせが決まったそうだ。俺もまだ聞いていない。じゃあ島崎、頼んだぞ」


 監督が島崎に譲ると、彼は神妙な顔つきで前に出てきた。


 「えー、長く喋っちゃうと練習時間が短くなるから、早速発表します」


 普段はタメ口なのになぜか敬語で話しだす島崎の様子で、これは何か一波乱あったなと俺は気づいた。


 「まず一回戦。川島工業です」


 おお、という小さな声を皆上げたけど、その実誰も川島工業がどんなレベルの高校なのかピンときていなかった。誰も知らない以上無名高なんだな、ということしか俺たちには分からない。


 「帰りの電車で検索かけてここの戦歴調べたけど、それを見る限りではまあ勝てる、はず。もちろん、油断は禁物だけどな」


 油断をしているようなやつは流石にいないだろう。野球自体がそもそも番狂わせの多いスポーツで、しかも一回負けたら終わりのトーナメントなんだ。何が起こってもおかしくないし、実際に夏の大会では様々なドラマが起きる。


 「で、問題は二回戦だ。相手は東院学園」


 今度は明らかにうおー、というような声が湧き起こった。東院といえばプロ野球選手を過去に何人も輩出している、文字通りの名門校。最近は横浜実業や東西大菅原が強いから甲子園にこそ出れてないけど、未だに神奈川でベスト4辺りには普通に顔を出してくるような学校で、今大会も安定の第一シードだ。


 「良いじゃん。そのくらい有名なところだと、逆にやる気出るよ!」


 誰かがそう言っていっそう盛り上がる俺たちを見て、島崎と沢木は戸惑ったような顔をしていた。二人からすると「おいおい、なんでそんな強いところ引いてくるんだよ」みたいな反応を想定していて、まさか歓迎されるとは思っていなかったのだろう。


 「いや、水を差すみたいで悪いけど、ほぼ負け確だぜ。いいのか、みんな」

 「中途半端に強いところならともかく、東院だからなあ。もはや楽しみでしかないよ、マジな話」


 敬太が島崎に向かってニカっと笑ってみせると、島崎の表情も徐々に明るくなっていった。


 「そうか、そうだよな。俺はみんなのことを誤解してた」


 島崎は呟いてから、声を張り上げた。


 「ただみんな、いいか?まずは一回戦だからな。東院ばっか見てると足元掬われるし、そもそもうちは別に強いチームでもなんでもないんだ。一つ一つ勝ってくぞ!」


 おう、と大きな声で皆が応じた。




 「ふうん。一回戦いつ?」

 「7月11日だって」

 「11日か……」


 名取はスマホを使って何やら調べてから「平日かー。行けないなあ」とため息混じりに呟いた。


 今は学校の昼休み。いつも通り二人で集まって俺のバッティングフォームの改善を図っているところだ。この関係が始まってからもう一ヶ月ほど経つけど、俺のフォームはだいぶいい感じになってきたと思う。


 ただ、気がかりなのは、名取に大きな借りを作ってしまったことだ。最初に盗撮まがいのことをされたとはいえ、一ヶ月も協力してもらうのはもはやお詫びの範疇を超えているだろう。何かお礼をしたいところだけど、どうするかな……。


 「二回戦はいつ?」

 「二回戦は……と、7月の15日だって。海の日で祝日だから、この日なら見れるんじゃないか?」


 俺はスマホにデフォルトで搭載されているカレンダーを見ながら答えた。予定を組む専用のアプリなんかもあるみたいだけれど、それを使わなければいけないほど俺の予定は入り組んでいないし、何よりなるべくアプリを増やしたくないのでインストールしていない。


 「そうだね。じゃあ一回戦は、絶対に勝ってもらわないと」

 「プレッシャーかけないでくれよ」

 「やだ。かける」


 俺が渋い顔をすると、名取は笑い声をあげた。


 「出番はあるんだよね?甲斐も」

 「まあ、練習試合では使ってもらってるからなあ。流石にあって欲しいけど」

 「そっか。でもなんか、不思議な感じ」

 「何が?」


 俺の疑問に、名取はぐりんと顔をこちらへ向けた。その黒々とした目は強い光を宿していて、初めて会った頃より生き生きとしているようにも見えた。


 「出るのはもちろん甲斐なんだけど、甲斐を通して私も野球部に関わってるのかなあっていう感じが不思議」


 名取は照れ臭そうな顔をしていた。そういえば、彼女は会ったばかりの頃よりも口数が明らかに多くなったような気がする。それだけの信頼を勝ち得たと見ていいのだろうか、これは。


 「……まあ、確かに。しかも、きっかけがきっかけだしな」


 俺がからかうと、名取はやめてと言って顔を覆った。


 「あれはバカなことしたなって今でも思ってる」

 「あの時はそこまで恥ずかしがってなかったじゃん」

 「しばらく経ってから恥ずかしくなってきたの。甲斐もあるでしょ、そういうこと」

 「まあな」


 そんな風に話しながらも、俺はさっきの「名取へのお礼」について考えていた。かなり関係を深めたとはいえ、俺たちはただ野球を通してつながっているだけだ。名取がどんなものが好きなのか、俺には全く分からない。いっそのこと、本人に聞いてみるのもありか?


 「話変わるんだけどさ」

 「なに」


 名取は続きを促した。


 「ここ一ヶ月名取には手伝ってもらってるし、その、何かお礼がしたいなと思って。名取は今、欲しいものとかある?」

 「……ぱっと思いつかない」


 顔をしかめる彼女を見て、どうしようかと俺も眉をひそめる。でも、少し考えて気づいた。思いつかないなら実際に、デパートにでも行って一緒に探してくればいいのでは?と。学校の最寄りから2つ離れた駅に大きめのデパートがあるし、あそこならおそらくヤマ高生に遭遇する確率も低い。我ながら名案だと思う。


 「じゃあ今度の土曜日、俺が病院行った後で待ち合わせてさ、一緒にデパート行かないか?それで名取に実際に色々見てもらって、欲しいなと思ったのを俺がプレゼントするよ」

 「……いいの?けっこう手間だけど」


眉根を寄せる名取に、俺は手を振ってみせた。


 「いいよいいよ。むしろそれくらいしないと、俺の気が済まないから。そもそも全然手間じゃないし」

 「……なら、お言葉に甘えさせてもらおう」


 遠慮がちにそう言ってくれた彼女に、俺はホッと安堵のため息をついた。よく考えると、そもそもここで名取に断られたら俺の案が崩れるところだったからな。


 「甘えついでで、もう一ついい?」


 いつもの真顔を崩さずに尋ねる名取。俺は正直びっくりした。名取が自発的に俺に頼み事をしてくることなんて、今までなかったからな。


 「もう、いいよ。なんでも。ハンバーガー100個欲しいとかでもいいし」


 俺が冗談ぽい感じで言うと、名取が「じゃあそうする」と返してきた。まじで?と思って彼女の顔を凝視すると、真顔のまま「冗談だよ」と言う。いや、分かりづらいわ!


 「もう一つっていうのは、病院について行ってもいいかなってこと」

 「え、それだけ?……別にいいけど、全然面白いことないぞ」


 俺は首を傾げた。なんというか、わざわざ「もう一ついい?」なんて聞くようなことじゃない気がする。


 「別にいいの。面白さは求めてないから。ただ甲斐がどんな病院に通ってるのかなって興味あるだけ」


 名取は何気ない様子で言ったけど、俺にはその言葉がとても嬉しく感じられた。俺が名取を知りたいって思っているのと同じように、彼女も俺のことをもっと知りたいって思ってくれているのかな?とか、考えるつもりがなくても考えてしまう。


 相手のことを知りたいと思うこの感情の正体を、俺は自覚しつつあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ