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誤解?

 古文の篠崎が源氏物語について滔々と語る言葉が、左耳から入って反対側の耳から滑らかに抜け出ていく。今は二限の授業中だけど、俺はとても授業に集中していられる状態では無かった。なにせ昨日の昼休みにあんなことがあった後だ。一日経つと、あれは夢だったのではないかという気さえしはじめる。


 授業中、名取の背中を俺は眺めていた。俺の席は一番廊下側の後方で、名取は窓側から二列目の一番前の席だから、ここからだと左を向けば彼女の背中を視界に入れることが出来るのだ。もちろん、ただ左を向いているだけだと怪しまれるので、右手で頬杖をついていかにもぼうっとしてるだけですという雰囲気を醸し出そうとしている。授業態度にうるさい先生ならこれでも注意されるだろうけど、篠崎は自分の授業が邪魔されなければ何もしないタイプだから全く問題ない。


 彼女は一体何のつもりで写真を撮り、急に逃げ出したのか。名取の背中に答えが書いてあるはずもないのに、つい見つめてしまう。


 結局その日の古文の授業は何も頭に入らなかった。最低限ノートは取ってあるから大丈夫なはずだけど、周りが徐々に受験モードに切り替わっていく中で俺だけ授業中にボーッとしていると、何となく自分が置いてかれていくような感じがして良い気持ちがしない。


 古文の後の休み時間に、敬太がこちらの席にやってきた。面白いことでも考えているのか、顔をニヤつかせている。こういうときのやつは大体くだらない下ネタを持ってくるか、それと同レベルの冗談を持ってくるかのどちらかだ。


 「古文聞いてた?」

 「ちょっとは」

 「お、良いね。最近俺も真面目に聞いてるんだけどさ、光源氏って良いよなあ。ハーレムじゃん、あれ。俺も一日でいいからああいう生活送ってみたいよ」

 「そうだな」


 俺の返事に気持ちがこもってないのを感じ取ったのか、敬太はわずかに顔を引き締める。


 「何だ、お前あんまりそっちの話は興味ないんだっけ」

 「そういうわけじゃないけど。今そんな気分じゃないだけ」

 「元気ないなあ。なんかあったの」


 敬太は俺の顔を、訝しげに覗き込んでくる。こいつは人の感情のちょっとした動きに聡いから、大したことでなくても何かあるとすぐにばれてしまう。現に今もばれている。


 俺は無言で敬太の眼を見つめた。果たしてこの男に、昨日の事件を打ち明けてよいものかどうか。敬太に言えば相談に乗ってくれるだろうし、何かしらのことが分かるかもしれない。ただ……。


 少しの間考えた末、俺は彼に昨日の出来事を伝えないことにした。敬太は良いやつだけど、俺が話したことを他の人に伝えないとも限らない。そうすると、名取のクラス内での立場が危うくなる可能性がある。確かに彼女の昨日の行為は褒められたものではないけど、悪気があってやったことなのかは本人に聞いてみないと分からないからな。


 というかそもそも、名取のことを俺はあまり知らない。彼女について、敬太は何か知らないだろうか。


 「名取のことがちょっと気になって」

 「名取?どうして」

 「どうしてって……」


 しまった。確かに理由もなしに絡んだことのない人のことを聞いても、怪しまれるだけだ。そんな初歩的なことを、俺はなぜ忘れていたのだろう。


 「理由なんてないよ。なんとなく気になっただけ」

 「何だそれ……。ん?あ、そういうこと」


 苦し紛れの俺の返答に最初は不思議そうな顔をしていたものの、急に何か得心がいったのかそうかそうかと独り頷く敬太。「お前の気持ちはよーく分かった」と言って俺の肩を叩いてくるが、俺には敬太が何をどう分かったのかがさっぱり分からない。


 「まあ変わったやつだな。よくよく見るとけっこうキレイというか、カワイイけど」

 「変わってる?例えばどんなところが」


 敬太の言葉の前半は、俺の興味を十分に引きつけるものだった。何せ昨日の名取の行動はまさしく「変わって」いたからだ。後半については同意はできるけど、今はどうでもよい。


 「なんでかは知らないけど、写真部でもないのにカメラを持ち歩いているらしいぜ」

 「なんでって、そりゃ写真を撮るためじゃないか?」


 カメラと聞いてすぐさま昨日の光景を思い出した俺は、思わずそう声をあげていた。敬太は訝しげな顔でこちらを少し見たが、そこまで不自然な様子だとは思わなかったのか、話を続けた。


 「確かに、正人の言う通りだな。カメラは写真を撮るためにある。これは分かりきったことだ」

 「あと、うちの高校にはそもそも写真部なんて無かったはず」

 「そうだっけ?じゃあ写真部でもないのにカメラを持ち歩いているってのは、そこまで不自然でもないか。そもそも写真部がなければ、いくら写真が好きでも写真部に入りようが無いからな。自分で部を立ち上げない限りは」

 「そういうタイプでは無いのか」

 「そういうタイプって?」

 「つまり、自分で部を立ち上げるようなタイプでは無いってことか」

 「どう見てもそういう感じでは無いだろ」


 どこをどう見たら「そういう感じでは無い」と分かるのかむしろ俺には分からなかったが、敬太の目に彼女はそう映るらしい。


 「まあ何にせよ、聞きたいことがあるなら本人に聞くんだな。応援はしてるよ」

 「ありがとう」


 チャイムが鳴ったのをきっかけに、敬太はまた俺の肩を叩くと自分の席へ戻って行った。何か誤解されているような気がするけど、まあ良いか。

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