成人式
1月の透き通るような青空の中、横浜アリーナで成人式が行われた。
俺は1浪の末慶葉大学に合格したため、大学1年での参加。同じく1浪してした敬太と会場に来た。敬太とは浪人時代も同じ予備校に通っていたので、付き合いが途絶えなかった。
式の日がやってくる前から、俺の心の中にはずっとある人のことが引っかかっていた。その人とは高校での卒業式以来、会えていない。ラインのアカウントも持ってるのに、連絡すらとっていなかった。いや、とれなかったと言った方が正しいか。
会場に着くと、中学時代の友人と再会して話し込みはじめた敬太とはいったん別れた。うろうろと辺りを見回しながら歩いていると、久しく会っていないやつの顔を見つける。野球部時代よく伝令を任されていた元山だ。
モトは、これまたヤマ高野球部OBの桜井と話していた。俺が近づくとモトが気づいてこちらに手を振ってきた。
「久しぶりだな、甲斐。慶葉行ってんだって?やるじゃないか、この」
肘をがんがんぶつけてくるモトに、俺は懐かしいものを感じた。1年以上ぶりに会うから実はちょっと緊張していたのだが、この分だとノリが全然違うみたいなことにはならなそうだ。
「お前こそ、真っ金金に髪染めやがって」
「悪いか?どうせならお前も染めちゃえよ、甲斐」
俺が軽口を叩くと、モトはニヤッとしてそんなことを言ってくる。でも実際、モトは外見だけ見ると高校時代と全然違う。髪もそうだけど、服装もなんというか「パリピ」っぽくなった。中身はそんなに変わってないみたいだけど。
「久しぶり、甲斐」
「桜井もな。元気してた?」
「まあまあ。飯も食えてるし」
「なんで飯が基準なんだよ」
一方の桜井は、外見から何から高校時代とほとんど変わっていなかった。独特の緩い雰囲気も、隙あらば飯の話を始める根性も健在だ。
3人でしばらく旧交を温めるかのように話していると、そろそろ話題も尽きかけようかという頃になって、「そういえば、甲斐って3年の時名取と同じクラスだったよな」とモトが言い出した。
「そうだけど」
モトの出したその名前に、慎重に俺は答えた。努めて感情を出さないように。俺と名取の関係を知っているのは、野球部では敬太だけのはずだ。別に後ろめたいとかではないのだけれど、なんとなく隠しておきたい。
「あいつ最近、大変らしいぜ。ほら、今日も見かけないだろ」
「……どういうこと」
声を発するとき、いつもより喉が震えるのを俺は感じた。桜井は鈍感だから大丈夫だとして、モトにはばれたかもしれない。
「なんかあいつの母さん?がちょっと前に亡くなっちゃったらしくて、それで来れないんだとさ。甲斐は同じクラスだったし、もしかして会ったりしてるのかなって思って聞いてみただけ」
「モトはそれ、どこで聞いたの?」
「俺はほら、一応あいつと同じ大学だから。学部は天と地の差があるけどな」
自虐っぽいことを言ってけらけらと笑うモト。が、今の俺にとって目の前にいる彼のことはどうでもよかった。そんなのよりも、彼女のことだ。
「その話、もう少し詳しく教えてくれないか」
気づくと俺は、モトの両肩をがしっと掴んでいた。
「ちょ、ちょっと、甲斐。モトがびっくりしてるよ」
桜井が止めに入ってくれたおかげで、ようやく俺は自分が興奮していることに気づいた。モトの表情をよく見ると、その目はおびえを孕んでいる。完全にやってしまった。
「わりい」
ぼそっと呟くと、モトの肩から手を離す。完全に情緒不安定だと思われたな、これは。
「いや、別にいいんだけどさ」
モトは動揺を隠さなかったが、それでも不器用に微笑みかけてくれた。俺を気遣ってのことだろう。
「俺も全部知ってるわけじゃないし、そもそも俺が聞いた話が正しいとは限らないぞ。本人から聞いたわけじゃないから。それでもいいか?」
「もちろん。頼む」
少し落ち着いたところで、確認をとってくるモトに俺は頷いてみせた。彼女についてのことならば、どんな情報でもいいから今は欲しい。
モトはやれやれと首を振ると、彼の知っている名取に関するあらゆることを話してくれた。
名取は高校卒業後、モトと同じ小浜市立大学、通称ハマイチに進学した。名取が医学部で、モトは国際商学部。大学に入って最初の1年、モトが彼女の名前を聞くことは無かった。医学部とモトのいる学部ではほとんど接点がないうえ、自分から目立つようなことはしないであろう名取の性格を考えると、自然な話だ。
彼が名取の噂を耳にするようになったのは、つい最近のこと。と言っても、モトが最初に聞いた噂では、名取という名前までは出ていなかったそうな。肝心の噂の中身は、次のようなものだ。
医学部に在学中のとある女子学生の母親が亡くなり、元々父親のいなかった彼女は天涯孤独になった。彼女の母親はそれほどお金を残さなかったので、学費に困っている。
それを見かねた彼女の叔父が、自分の病院の後を継ぐことを条件に彼女の学費を工面することを約束する。おかげで女子学生は、無事大学に通い続けることができた。
モトはこれを聞いたとき、そういえばヤマ高からハマイチの医学部に進学した女子がいたな、と思い出した。まさか彼女ではないと思うが、万が一ということもある。そう考えて医学部にいる数少ない知り合いに当たりをつけてみたところ、ビンゴだったそうだ。
「俺が聞いたのはこれで全部だよ。参考になった?」
「ああ。ありがとな」
モトに感謝をしながらも、俺は頭の中で既に別のことを考えていた。彼女の叔父で医業を営んでいる人物といえば、思い当たるのは一人しかいない。彼に、連絡をとらなければ。
気が急いていた俺がその場を立ち去ろうとすると、2方向から同時に服の端をがしっと掴まれた。そんなことをするのは、当然モトと桜井しかいない。二人は目をらんらんと光らせながら、俺をじっと見つめていた。
「いやいやいや、おかしいでしょ。こっちが色々と話してあげたんだから、俺らの方も甲斐の事情を聞きたいんだけど」
「そうそう。何もないのに名取の話がそんなに気になるって、どう考えてもおかしいし」
俺は心の中で盛大にため息をついた。どうもこれは、逃げられそうにない。




