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二回戦③

 8回裏のヤマ高の攻撃は1番からだったが、2球で凡退。特にチャンスでもないのに、回頭からチャンステーマの『狙い撃ち』を演奏していた応援スタンドからはため息が漏れる。


 でも、みんなまだ諦めちゃいない。特に、試合に出てるやつ、つまり「東院との差」を一番肌で感じているやつらがまだ諦めていないんだ。だったら試合に出ていない俺が、諦めないわけにはいかない。


 「まず出よう!出たらなんかあるかもしれないぞ!」


 俺は、いつも以上に声を張り上げて打席に立つ2番の中野を応援した。守備が上手くて、頼りになるセカンド。俺が投げていた時、あいつのファインプレイに何度助けられたことか。決してバッティングが良いわけではない。でも、ここぞというときの中野はなんだかんだでやってくれるはず。


 でも、その中野も2球で、つまり最短で追い込まれた。3球目はストレートになんとか当ててファール。その次の4球目だった、「何か」が起こったのは。


 相手投手工藤の投じたボールが真っ直ぐに、それはもう綺麗に中野の腰のあたりにヒットしたのだ。みんな一瞬惚けたせいでベンチに空白地帯が生じたが、誰かの「コールド!コールド早く!」という声で皆現実に引き戻された。


 肝心の中野は、よろめきながらもなんとか立ち上がった。そして、突然大声で「よっしゃあ!」と叫ぶ。ベンチで見ていたやつも、ネクストにいる島崎も皆目が点になった。なにせ普段はどちらかというとクールなやつで、感情をあまり表に出さないタイプだから。


 軽く尻餅をついた場所をはたいてから淡々と一塁に向かって走り出した中野を見ていると、なぜか胸に熱いものが込み上げてきた。気がつくと俺は「ナイスガッツ!よくやった!」と声に出していたし、ベンチにいた他のやつも皆、中野に思い思いの声をかけている。


 これはこちらに来るかもしれない。流れが。


 工藤はこのデッドボールに少なからず動揺していたようで、続く3番の島崎には一球もストライクが入らなかった。これで1アウト1・2塁。工藤にはこれまでほぼ完璧に抑えられていたからものすごくデカいやつに見えていたけど(まあ実際にデカいのは確かで、やつのタッパは190センチ近くある)、今はむしろその身長ほど大きく見えない。


 ただ、東院の監督も試合の流れが相手に移りそうなのを感じとったのか、この場面でタイムを取ってきた。


 「交代かな?」


 呟く敬太に「誰が?」と聞くと、


 「そりゃお前、この場面じゃピッチャー以外ないだろ」


 と呆れられた。ふむ、ピッチャーねえ。


 「って、誰が出てくるんだ?まさか、うち相手にエース登場ってことはないだろう」

 「そうか?冷静に考えようぜ」


 敬太は聞き分けのない子供を諭す大人のように、ゆっくりとした口調で説明しだした。


 「今ピンチを招いた工藤というピッチャーは、東院の何番手なの?」

 「2番手だな」


 世間では工藤と青島のダブルエースというのが今年の東院の評判だが、ベンチ入り時に与えられる背番号に1番は一つしかない。その一番をつけているのが左のエース青島で10番が工藤ということは、工藤は実質的には2番手投手ということだ。


 「でしょ?で、こんな終盤の大事な場面を任せるとなると、当然今まで投げてた工藤より良い投手を、って誰が監督でも考える。そうすると、東院に俺たちの知らない秘密兵器がいるとかそういう特殊な事情がない限りは……」

 「エースが、つまり青島が出てくるってことか」


 後を引き継いで言った俺に、敬太はそういうこと、と下手なウインクを送ってくる。正直ちょっと寒気がしたが、ここで何か言ったら負けなので敢えて触れないでおく。


 俺らが話しているうちにも東院ベンチは動いていたようで、向こうの監督がグラウンドに出てきて主審の方に向かった。主審は東院の監督の言葉に頷くとこちらのベンチにやって来て投手の交代を告げ、小走りでホームベース後方に戻る。主審の告げた交代選手の名前は、敬太の言うとおりエースの青島だった。


 「ほらな。俺の予想通りだっただろ?」


 俺の隣で得意げな顔をしているだろう敬太の方を、俺はなるべく見ないようにした。




 「びっくりする程速くはないな。というか球速だけなら、さっきまで投げてたやつの方が速いんじゃないか?」


 青島の投球練習を見ながら呟く俺に、


 「やつの武器は球速じゃないからな。実際、工藤がマックス149キロで青島はマックス141キロらしいぜ」


 と答えてくれたのは、もちろん隣にいる敬太。


 「詳しいな、敬太は」

 「野球坊主の先月号に載ってたんだよ、二人の特集が」


 そういや、敬太はそういうタイプだった。こいつは自分が高校野球の選手でありながら高校野球のファンをやっているやつで、他校の有望選手事情にやたらと詳しいのだ。あと、確変でシード取った高校なんかにも詳しい。


 「じゃあ参考までに伺いますが、青島の武器は?」

 「カーブとスライダー。左バッターでは攻略困難で、チェンジアップを持ってないから今のところ右打者を多少苦にしてるそうだ。だから」


 そこまで言うと、敬太は俺の肩を力一杯叩いてきた。急に何するんだよ、と敬太を睨みつける俺に、


 「頼むぞ、正人。この回必ず、お前の出番がくるよ」

 「よくそうやって言い切れるよな。これで俺の出番なかったらどうするんだよ?」

 「そのときは頭丸める」

 「ああ、まあそれなら……って騙されるわけねえだろ!お前すでにほぼ丸坊主じゃねえか!」

 「いいねえ、今のノリツッコミ。すごく気持ちよかった、ボケた側としては」

 「……ったく、敬太と話してると調子狂うわ」

 「からかい甲斐があるからな、正人は」

 「甲斐だけに、か?」

 「「……」」


 急に会話に加わるなり寒いギャグを飛ばす監督に、俺と敬太は無言で応じた。



 青島の投球練習が終わり、4番の谷口が打席に入る。谷口は初回にヤマ高にとって貴重なタイムリーヒットを放っており、うちでは一番期待できるバッターだ。それは間違いんだが……。


 結果を言うと、あっという間に三振してベンチに帰って来た。鳥居が「どうだ?」と聞くと首を振って、


 「変化球がえぐい。左じゃきついかもしれん」


 ボソボソと答えた。その答えを聞くと鳥居が一瞬こちらを見てから監督の方を振り向き、


 「監督。津野のところで代打いきましょう」

 「え?津野にか?しかしなあ……」


 顎を撫でながら渋い顔をする監督。それもそのはず、敬太は外野手でありながら、ヤマ高の貴重な控え投手でもあるのだ。もしも神山のスタミナが切れたとき、敬太がいなければうちにはまともな控え投手がいなくなる。


 それでも鳥居は、自分の考えを曲げなかった。


 「ここまできたら、覚悟しましょうよ。左バッターの津野から右の代打に代えて、少しでも逆転の確率を上げる。うちはどう考えても自力じゃ負けるんですから、賭けに出ないとこのままずるずるいって終わるだけです」

 「……お前の言うことにも一理はあるが、神山はどうなんだ?6回あたりから捕まり始めているようにも見えたが」


 監督が神山に水を向けると、神山は微笑した。


 「あと1イニングなら死ぬ気で投げ抜きますよ。延長とかやられたらたまったもんじゃないですけどね。なにしろ打線のプレッシャーが凄まじいんで」


 監督は神山の言葉を聞いて、「そうか……」と何やら考え込んでいたが、しばらくして「よし!」と言うと俺の方を振り向いた。


 「分かった。俺も腹を括ろう。甲斐、代打だ。準備は出来てるな?」


 話の流れで代打があるとしたら俺だろうなと思っていた俺は、一つ深呼吸してからはい、と大声で返事した。


 「それと、神山」

 「はい、なんでしょう」


 言葉を続ける監督に、微妙に気の抜けた返事をする神山。


 「この試合は、もう任せた。ただ、死ぬ気で投げるのは禁止だ」

 「……難しい注文ですね、それは」


 苦笑した神山は、自分の脇に置いていたグラブをはめると中に入っていたボールをポーンと軽く放り上げた。

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