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新たな事実

 これってもしかしてデートなのでは?と気づいたのは、名取と二人でデパートに行く約束の日の前日、夜のことだった。


 意識し始めると、途端に色々な考えが泡のように浮かんでは消える。向こうはデートだと思っているのだろうか、とか、仮にデートだったとしたら車道側を歩くだのなんだのと、色々守らなきゃいけないマナーがあるんじゃないか、とか。


 なんなら敬太に相談してみようかとも思ったけど、罪の意識が俺にそうすることを躊躇させた。そもそも二週に一度土曜日の練習を早退してること自体、部に対して申し訳ないと思ってるのに、今回は病院にも名取の付き添いで行くのだ。だからといって何かが変わるわけじゃないんだけど、それでも気分的には罪悪感マシマシだ。


 そんなこんなで眠りの浅い夜を過ごした俺は、翌日寝不足気味の状態で登校した。今は午後四時の少し手前で、ちょうど部活を早退してヤマ高の敷地から出たところだ。この位置だとグラウンドからはかなり距離があるけど、それでも野球部やサッカー部の部活動の掛け声がうっすら聞こえてくるので、そんな中病院に向かう自分の異物感をひしひしと感じる。


 校門の前だと同級生にバレる可能性があるので、学校を出て少し歩いたところにあるT字路の角の先で待ち合わせることにしていた。そこなら校門からは見えないし、ヤマ高生の大半が使う駅の方向とは反対なので、まずばれないだろう。


 T字路で曲がりかけると、律儀に角のところで耳にイヤホンを挿し、住宅地の外壁に寄りかかっている名取が見えた。俯いているため表情は見えない。まだこちらには気づいてないようだ。その姿を見ていたずら心を刺激された俺は、音を立てないようにして彼女の元に近づく。そーっと、そーっと……。


 「わっ!」


 十分接近したうえで俺が驚かすと、名取はゆっくりとイヤホンを外して顔を上げてから「びっくりしたー」と返してきた。いや、そのリアクションは全然びっくりしてないじゃん。


 「そんなことないよ。リアクションを取るが苦手なだけで、心の中ではびっくりしてたから」

 「ふーん。つまり俺の作戦は、成功したってことでよろしいと」

 「そういうこと」


 なんか納得いかねえなあ。まるで俺が聞き分けのない子供だと思われていて、「どうどう」となだめられているような、そんな感じ。まあ、いいんだけど。


 「じゃあ、行こうか。こっちだから」


 俺が指で行き先を指し示すと、名取はコクリとうなずいた。




 「甲斐さーん、甲斐正人さーん」


 二人で待合室にて俺の順番が来るのを待っていたところ、しばらくしてようやく名前を呼ばれた。部活の癖で「はい!」と大声で返事をしてしまい、隣の名取に「ちょっとうるさいかな」と文句を言われる。


 「ごめん」

 「いいから、行ってきなよ。待ってるから」


 「待ってるから」という言葉の響き、なんかいいよな。文句を言われてすん、と曲がりかけた気持ちがすぐに真っ直ぐになった。


 診察室に入ると挨拶も早々に、名取と一緒に来ていることを先生にいじられた。


 「例のこれ?」


 左手の小指を立てて俺に尋ねてくる先生に「この間話題にした子、という意味ではそうですけど」とわざとずれたことを答える。


 「そういうことじゃないよ。まあそれもそうなんだけど。ここまで一緒に来るってことはあの子は例の子で、君と付き合い始めたのかな、ていう意味で聞いたの」

 「そういう意味なら、違いますね。まだ付き合ってないんで」

 「まだ?」


 俺が作ってしまった隙を、先生は見逃さなかった。獲物を狙う肉食動物の如く、眼鏡の奥の目をキラリと光らせている。


 「まだってことは、今後付き合いたいなあって思ってることは認めるんだ?」

 「まあ、そうですね」


 俺は不承不承に肯定した。自分の中のそういう気持ちは、ついこの間に気づいたばかりだ。俺の正直な答えに、先生はうんうんとしきりに頷く。


 「いいね〜。ちなみに、彼女のどういうところが好きなの?」

 「どんなところ……。いや、よく分からないです」


 照れ臭かったので、俺は適当に答えた。まあ実際、どこが好きなのかと聞かれてもすぐには答えられないのが事実だ。名取の全体的な漠然とした「雰囲気」みたいなものを、俺は気に入っていたからだ。彼女のちょっと浮世離れした感じが俺の琴線に触れたのかもしれないし、単純に外見が好みだっただけかもしれないけど、とにかく一言で説明できるものではなかった。


 ただ、俺の答えは先生を満足させるものではなかったようだ。


 「よく分からないって、ほんとに好きなの?その子のこと」


 不満げな表情をする先生に「名取のことは好きですよ」とムキになって言い返す俺。やべえ、また先生に俺のことをからかう材料を与えちまった、と焦って先生の表情を観察すると、その顔は俺が想定していたのとは異なる変化を見せた。つまり、何故か先生は真顔になっていた。


 「名取?まさか、そんなはずは……。いやでも、名取なんて苗字そんなにいるとは思えないし……」


 先生は心持ちうつむいて何事かをぶつぶつと呟いた後で、急に顔をスッと上げると真顔のまま「ちょっとその、名取さんを呼んでくれないか?いやなに、気になることがあってね」と早口で喋った。


 「でも先生、後ろの患者さんに障るんじゃないですか」

 「そうかもしれないけど、どうしても今確認したいんだ。呼んでくれないか」


 いつになく真剣な表情をする先生の様子に、何かあると思った俺は大人しく診察室を一旦出て名取を呼んだ。


 「名取。先生が名取にも来て欲しいって」

 「なんで?私べつに、甲斐の保護者とかじゃないんだけど」

 「いいから。多分何か、事情があるんだと思う」


 名取は不思議そうにしていたけど、大人しく俺についてきてくれた。診察室に入ると、名取の姿を見た途端に「やっぱり……」と呟いて椅子から立ち上がる先生の姿があった。


 「さつきちゃんだろ!?久しぶりだなあ!まさかこんなに大きくなっているとは」


 大喜びで名取の手を取り上下にぶんぶん振る先生と、困惑の表情でされるがままにしている名取。なかなかカオスな構図だ。っと、冷静に観察している場合じゃなかったな。今先生を止められるのは俺しかいないのだから。


 「先生、事情は全然分からないですけど、とりあえずいったん落ち着いてくださいよ。名取も困ってます」

 「あ、そうか。いや、すまん。つい興奮してしまってね。しかしまさか、こんなところで本当に会えるとはね……。僕は今、ものすごく感動しているよ!」


 名取の手を離し椅子に座ったものの、相変わらず彼女に熱い視線を注ぐ先生のテンションは高い。一方の名取は「なんなの、この先生。なんとかしてよ」と言わんばかりの視線で俺の方をチラチラ見てくる。頼ってくれるのはありがたいけど、ごめん、俺もほとんど君と同じ心境なんだ。


 「あのー、先生?さっきも言ったんですが、事情がよく分からなくて……。先生と名取は、どのような御関係で?」

 「そうか、まだ君たちには言ってなかったね」


 先生はそこで一度言葉を切ると、爛々とさせた目で俺と名取をゆっくり見回した。その動作に、俺はどことなく不安な気持ちになる。何かとんでもないことを聞かされるんじゃないか、そういう予感を覚えたからかもしれない。


 後に続いた先生の言葉は、俺の予感を裏切るものではなかった。


 「僕の間違いじゃなければ、彼女はおそらく僕の姪だ」

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