06話『ゲーム・スタート』
9/26 18:50 タイトルを変更しました。
視界が真っ白に染まった直後、目の前の景色が切り替わる。
節也はいつの間にか、青々とした草原の中心にいた。
「ここが……異世界?」
青い空。白い雲。無限に広がる草原。
草原は所々に木が生えており、大小様々な岩も鎮座している。舗装された道はないが、人や車が通った後にできる砂利道のようなものが幾つか見えた。地球にもこのような場所はありそうだが、こうして瞬間移動している時点で自分が非日常に一歩踏み入れたことを実感する。
そもそも節也がいた地球の日本では、今は夕方だった筈だ。しかし、眼前に広がる景色は昼間のものに見える。時間の流れが違うのだろうか。
「ん?」
服を引っ張られるような感触がしたので、振り返る。
真っ白な少女が、こちらを見つめていた。
「状況は……理解できた?」
「……ああ」
羽を生やしたその少女の問いかけに、節也は頷く。
「要するに俺は、天使と人間がタッグを組んで戦う異世界バトルロイヤルとやらに、巻き込まれたということだな」
「……ん」
少女は首を縦に振った。
巻き込まれたというのは、もう違うかもしれない。招待を受けるか否かを訊かれた時、節也は自らの意思で受けることを選択したのだ。節也は自分の意思でこの戦いに参加している。
「思ったより……冷静?」
少女が意外そうな様子で言った。
節也は苦笑する。
「冷静ではない。これでも混乱している。ただ……他に優先するべきことがあるだけだ」
無意識に真剣な表情を浮かべて、節也は言った。
――この世界にメイがいる。
神の言葉を思い出す。
漸くメイの手掛かりを見つけた。それだけで頭の混乱は急速に冷めていく。
(この世界は……ゲームを参考にして創られた)
神は確かにそう言っていた。
(なら……通り魔が持っていたあの武器も、あるんじゃないか?)
祐穂も言っていたが、ゲームに存在する武器をわざわざ現実で再現する意味なんてない。しかし、その武器が実在しているなら話は別だ。あの通り魔もプレイヤーの一人で、この世界の武器を地球に持ち帰ったのかもしれない。
「っと、悪い。考え込んでいた」
妹の行方は気になるが、だからといって目の前にいる少女をいつまでも無視して思考に没頭できるほど、節也は鈍感ではない。
「お前が、俺のパートナーになるんだよな?」
「ん。よろよろ~……」
少女は気の抜けた声で肯定する。
限りなく不安だ。
「お前って、その……強いのか?」
「……さぁ。あんまり……忙しいのは好きじゃない」
どちらかと言えば消極的な答えを返される。
「趣味は……ひなたぼっこ」
いちいち気の抜けることを言う少女だ。
どうやら戦闘には大して興味がないらしい。バトルロイヤルに参加する以上、パートナーの戦意が低いことは不利なように思えた。
「名前は、ルゥでいいんだよな?」
「ん。……そういう貴方は、セツヤでいい?」
「ああ」
頷いて、節也はすぐに別の質問を繰り出す。
「ルゥ。最初にこれだけは訊きたいんだが……どうして俺を、パートナーに選んだんだ?」
節也がそう尋ねると、ルゥは少し間を空けてから答えた。
「……フィーリング」
「はい?」
「……勘ともいう」
フィーリングの意味が分からなかったわけではない。
「ていうか、思い出したぞ。お前、学校で俺のことを見ていただろ」
「……バレた?」
今日の一限目、節也が睡魔と争っている最中に見た少女のことを思い出す。
よくよく思い出してみれば、あの時に見た顔は、まさにルゥそのものだ。
「実は、今日だけじゃなくて……結構、前から見てた」
「そうなのか。……全然気づかなかった」
「……まぁ、てきとーに選んだわけじゃないから、安心して。……ふわぁ」
とてもじゃないが信用できない。欠伸するルゥを節也は複雑な顔で見る。
結局、ルゥが節也を選んだ理由はいまいちはっきりとしなった。
「セツヤ……これから、どうする?」
「どうって、言われてもな」
今後の方針について節也は考える。
もしこの世界が自分にとって馴染み深いゲームの世界だとすれば、基本的な指針もゲームと同じように考えればいい。
自分たちは新しいオンラインゲームにログインしたばかりのプレイヤーだ。
そんなプレイヤーが、これからしなくてはならないことは――。
「取り敢えず、町を探してみるか」
まずは拠点になりそうな町を探す。
情報収集にも自分以外の他人と会いたい。とにかく、この何もない草原にずっといるわけにもいかないだろう。
「ん?」
その時、どこからか何かの走る音が聞こえ、節也は振り向いた。
「あれは……馬車か?」
遠くを一台の馬車が走っている。
丁度、最寄りの町を探していたところだ。節也は大声を発した。
「すみませーん!」
なんとか気づいてもらおうと、手を振って呼びかけてみると、御者台に座る人物がこちらの存在に気づく。
「はーい!」
よく通る女性の声が聞こえた。
馬車が方向転換して節也たちの方へ近づく。距離が詰まることで、御者台に座る人物の輪郭がはっきりと見えるようになった。
馬車を運転する御者は、栗色の髪をした女性だった。彼女は不思議そうな目でこちらを見ている。
「どうかしました……って、あら? もしかしてプレイヤーの方ですか?」
プレイヤーというのは、恐らくWonderful Jokerの参加者を指す言葉なのだろう。
「ということは、貴方も……?」
「いえ、私はプレイヤーではありませんよ。一般人です」
ん? と節也は首を傾げる。
「プレイヤーって、その、分かるんですか?」
「はい。一般人と雰囲気が違いますからね」
なるほど。
どうやらこの異世界において、プレイヤーとは地球人または天使を指す言葉らしい。
仮にこの世界がゲームだとすれば、彼女はいわゆるNPCである。一般的なゲームにおいて、NPCがプレイヤーとそうでない者を区別することは稀だが、この世界はゲームに類似しているだけで本物の世界だ。つまり彼女はNPCではなく一人の人間である。
彼女がNPCではなく人間であるなら、プレイヤーという言葉を知っていてもおかしくない。
というより、この世界にNPCなんてものは存在しないのだろう。
「カイナにもプレイヤーは沢山いますよ」
「カイナ?」
「ここから一番近い町の名前です」
知らない町だ。
この世界はゲームを参考にして創ったとのことだが、節也が知らないゲームも素になった可能性がある。
「ここからそのカイナという町まで、どのくらいかかりますか?」
「そうですね……徒歩だと結構かかりますね。よろしければ乗せましょうか?」
「いいんですか?」
「はい。私、カイナでは商店をやっていまして。プレイヤーの皆さんには何かとお世話になっていますから」
なんていい人なんだ。
節也は感激しながらその厚意に甘えることにした。
「遅れましたが、私はエルフィンと言います」
「セツヤです。こっちはルゥと言います」
移動しながら、自己紹介を済ます。
「セツヤさんに、ルゥさんですか。……ルゥさんの方が天使ですね」
「天使のことも知っているんですね」
「はい。数年ほど前から、世界各地で見られるようになりましたから」
客商売で培ったのか、エルフィンは親しみやすい笑みを浮かべた。
「それにしても、ルゥさんは……随分とお美しいですね。天使は美男美女が多いと聞いていますが、私、こんなに綺麗な方は初めて見ました」
どこか見惚れた様子のエルフィンに、節也も内心で同意する。
色々あって気づかなかったが、確かにルゥの容姿は非常に整っていた。現実離れした美しさというか、精巧な人形の如き端整な目鼻立ちである。
「ふわぁ……ねむ」
ルゥは暢気に欠伸していた。
当の本人は外聞なんて全く気にしていないようだ。
「お二人は、プレイヤーになったばかりなんですか?」
「そうですけど……どうして分かったんですか?」
「先程から、あまりこの世界の常識に詳しくないご様子でしたから」
エルフィンが笑って言う。
その時――頭上から影が振ってきた。
「きゃあっ!?」
大きな音を立てて馬車が崩れる。
不意に訪れた衝撃に、エルフィンは悲鳴を上げた。
「エルフィンさん!」
荷台に乗っていた節也は、すぐに倒れたエルフィンのもとへ駆けつけた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。なんとか……」
幸いエルフィンは軽傷だった。しかし擦り傷から垂れる血が生々しく、衣服の一部が赤く染められる。
「なんだ、今のは……?」
荷台に乗っていた節也は、慌てて身を乗り出す。
前方の地面が大きく抉れていた。巻き起こった砂塵の中に、人影が佇んでいる。
「あれは……っ!? セツヤさん! お逃げください!!」
エルフィンが焦った様子で言った。
「あの男は、この辺りで指名手配されている危険人物の一人です! 彼らは貴方のような、プレイヤーになったばかりの人を狙っています!」
エルフィンの叫びを聞いて、節也は警戒心を露わにする。
「それって、いわゆる……」
節也はエルフィンの説明に心当たりがあった。
それは、つまり――初心者狩りだ。
「初心者だな。悪いが、ここで脱落してもらうぞ」
砂塵の中から現れた男は、節也を睨みながらそう言った。