04話『招待が届いています』
目の前にいる人物は、間違いなく妹を刺した通り魔だった。
今までずっと探していた相手だ。それがどうして、こんな何の変哲もない日々の中で再会するのか。
「なんで、お前がここに……」
冷や汗を垂らしながら、後退る。
通り魔はゆらりと身体を揺らしながら節也に近づき、その懐から刃物を出した。
「――死ね」
飛び出た刃物が、夕焼けの陽光を反射する。
節也は間一髪で半身を翻し、その一撃を避けた。
「な、何を……ッ!?」
「ちっ」
通り魔が舌打ちする。
今、この男は間違いなく、自分を刺すつもりだった。
――殺される!
瞬間、頭を恐怖が埋め尽くした。
「う、うわああぁあぁぁあぁぁぁ――ッ!?」
頭を真っ白に染めた節也は、無我夢中で通り魔から逃げる。
何故、俺が狙われている? あの通り魔は何者なんだ? 分からない、分からない、分からない――。
「くそ……っ!!」
路地裏に入り、廃ビルの中に避難した辺りで少しずつ冷静な思考が戻ってきた。
あの通り魔が持っていた武器を思い出す。
忘れるわけがない。あれこそが、ずっと探し求めていた手掛かりだ。
あの男は間違いなく一年前にメイを刺した人物だ。
「――ッ!?」
いつの間にか回り込まれていたのか、廊下の角を曲がると同時に通り魔と遭遇する。
刃物の先端が鼻先に掠った。節也は慌てて踵を返し、目の前にあった階段を上る。
「すばしっこいな」
通り魔の冷静な呟きが、節也に一層恐怖を与えた。
屋上の扉を開き、外に出る。一陣の風に吹かれながら、節也は追ってきた通り魔を睨んだ。
「お前は何者だ……なんで俺を狙う!?」
通り魔は答えない。
「一年前にメイを刺したのもお前だな……? メイを何処にやった!?」
その問いに、通り魔は顔を上げた。
「それは、こちらが訊きたいくらいだ」
どういう意味だ――。
もう、何もかもが分からない。頭を掻き毟りたい衝動に駆られた。だが目の前から迫り来る恐怖が、それを許さない。
「……終わりだな」
いつの間にか、節也は屋上の端まで追い詰められていた。
一年前の真相を知りたい。妹の行方を少しでも聞き出したい。そんな意志が沸々と胸中で燃え上がっていたが、身体が死の恐怖に負けていた。舌が回らない。
「妹と違って、お前はプレイヤーではない。今度こそ確実に仕留められそうだ」
さっきから、この男は何を言っているんだ。
その疑問が氷解されるよりも早く、通り魔は節也の胸を強く押した。
「――ぁ」
「じゃあな」
錆びた柵が折れる音と共に、節也は宙へ放り出された。
少し遅れてから、自分が突き落とされたことを理解する。足元にはもう地面なんて存在せず、全身を風が包んでいた。
――終わった。
後少しで、自分は死ぬ。
まだメイを見つけていないのに。何もかもが道半ばなのに。
メイが消えた理由も、あの通り魔の正体も、突き止めようとしていた謎に何一つ辿り着けずに死んでしまう。
無念のあまり、視界が涙に潤んだ直後――。
【"空"を司る天使ルゥから、Wonderful Jokerへの招待が届いています】
「なんだよ、これ……?」
意味が分からない。
死んでいない? それは助かるが……一体何が起きている?
「時間が、止まっている……?」
辺りを見回せば、そう表現するしかない光景が広がっていた。
ビルから落下していた自分の身体は静止しており、周囲の景色も止まっている。空の雲は動いておらず、地面を歩く人々の姿も停止していた。
【招待を受けますか?】
【YES】 【NO】
瞳に映る文言が切り替わる。
同時に、視界の片隅で真っ白な少女が動いた。
「ふわぁ……ギリギリ、セーフ」
その少女は眠たそうに欠伸をしていた。
真っ白な肌。真っ白な髪。真っ白な服。そして――真っ白な羽。
宙に座っているように見えるその少女は、この世界で唯一、静止していない存在だった。
「お、お前が、これをしているのか?」
「ん。……お空は、私のテリトリーだから」
何を言っているのか全く分からない。
「招待……受けて」
少女がのんびりとした口調で言う。
「招待って、言われても……」
「受けなきゃ……死ぬけど」
少女が眼下に広がる光景を一瞥した。
再び時が動き出せば、節也は頭から地面に落下するだろう。この現象を目の前の少女が引き起こしているのだとすれば、少女は節也の命を握っていることになる。
「……貴方には、まだ、やるべきことがある筈」
困惑のあまり沈黙する節也に、少女は言った。
――そうだ。
少女の言葉に、節也は使命を思い出す。
確かに、節也にはやらなくてはならないことがあった。
――俺は、妹を探さなくちゃいけない。
一年前。行方不明になった家族のことを想起する。
たった一人の家族だった。彼女が消えた謎を、節也はどうしても追わねばならなかった。
眼前に浮かぶ文言を改めて見る。
招待を受けるか否か。節也は覚悟を決めて、答えた。
「――【YES】」
瞬間、ぶわりと視界が広がる。
正面にあったビルの側面や、直上にある空、直下にある地面、全てが新しい何かに生まれ変わる。まるで自分を中心に、世界が再構築されていくような不思議な光景だった。
【ようこそ! Wonderful Jokerへ!】
【あなたは307人目のプレイヤーです!】
瞳に新しい文字が浮かぶ。
「ふわぁ……これから、よろしく」
世界が再構築される中、少女だけは依然としてその姿を保っていた。
少女が眠たそうに瞼を擦る。その間にも、節也の瞳には新しい文言が記されていた。
【Wonderful Jokerは、人間と天使がタッグを組んで戦う、異世界バトルロイヤル・ゲームです!】
【これから貴方を異世界へ転移します!】
【優勝者は、どんな願いでも叶えられます!】
プロローグ終了