２９話『開花』
プレイヤーを目視した直後、傍にいる装甲虫の動きが激しくなった。
明らかに誰かが指揮している動きだ。後退すると、左右から取り囲むように装甲虫たちが迫る。
節也は接近してきた装甲虫を薙ぎ倒してから、プレイヤーの方へ向かった。
だが、装甲虫がそのプレイヤーの前に立ちはだかる。
「装甲虫が、プレイヤーを守ってる……？」
頭上から迫る尾を避けた節也は、目の前の光景に眉根を潜めた。
「祐穂！ 多分、こいつがモンスターを操作している！」
「そうみたいね！」
恐らく、モンスターを操作する類いのスキルだ。そんなスキルあるとは思わなかったが、現に装甲虫たちはこのプレイヤーを守ろうと動いている。
「節也！ 私が直接叩くから、援護お願い！」
「了解！」
白刃に光が灯る。
第一のスキル《飛翔する閃薙》を発動し、目の前にいる装甲虫を一掃した。
「――《流波の笹》ッ！」
祐穂が移動用のスキルを発動し、装甲虫の亡骸を跳び越えてプレイヤーに迫る。
だがプレイヤーはすぐに岩陰に隠れた。祐穂はすぐに後を追うが――。
「うっ！？」
岩陰から大量の装甲虫が飛び出て、祐穂は急停止した。
祐穂はすぐに上昇し、第一のスキル《押し寄せる波》で装甲虫たちを纏めて吹き飛ばす。
再び祐穂はプレイヤーを追ったが……その姿は、遥か遠くにあった。
「逃が、すかッ！ ――《水渦禍の穿槍》ッ！！」
ギリギリ射程圏内。祐穂が放った水の槍は、プレイヤーの肩に命中した。
だが、プレイヤーは足を止めない。良く見れば肩には刺さっておらず、灰色の外套一枚を貫いただけだった。
風が吹き抜け、砂煙と共にプレイヤーの外套がふわりと持ち上げられる。
切り裂かれた外套の隙間から――灰色の掌の模様が見えた。
――アイアン・デザイア。
節也の妹、メイを襲った通り魔の手掛かり。
その模様を見た瞬間――節也は顔色を変える。
「……ごめん。逃がしたわ」
祐穂が悔しげに言う。
しかし節也は、
「いや――逃がさない」
強い覚悟を秘めた瞳で、節也は言う。
逃がさない。――逃がすわけにはいかない。
奴は妹の……メイの行方を知るための、手掛かりだ。
右手に握る一振りの刃に、白い光が灯る。
「ルゥ、一つ目のスキルって何連続まで使える？」
『……節也の体力が、持つ限り』
「じゃあ三回使うぞ」
こちらに背を向けて逃走するプレイヤーの姿を、眦鋭く睨む。
「――《飛翔する閃薙》ッ！！」
立て続けに三つ、斬撃が放たれる。
最初の二撃で足場を切り崩し、プレイヤーが横転した。
瞬時に三つ目の斬撃がプレイヤーへと迫る。
その斬撃は恐ろしいほど繊細だった。プレイヤーの右足のみを切断する軌道で、処置さえ間違えなければ即死には至らない。捕まえて尋問したい節也にとっては絶妙な一撃となった。
「ッ！？」
プレイヤーが間一髪で斬撃を避ける。
だが、横転したプレイヤーが体勢を立て直すよりも早く、節也は肉薄した。
「――逃がしてたまるか」
◇
節也が怒濤の三連撃を放ち、あっという間にプレイヤーに肉薄した。
その光景を目の当たりにした祐穂は、目を見開いたまま硬直する。
『ユーホ、よく見ておけよ』
「……言われなくても、見てるわよ」
祐穂とサージェイン。二人の目の前で、節也は戦っていた。
刀を振るう節也からは、かつてないほどの気迫を感じる。ずっと探し求めていた妹の手掛かりが目の前にあるのだ。その豹変した様子も無理はない。
節也の動きは、その気迫に呼応するかのように鋭くなっていた。
切上げからの振り下ろし。更に横薙ぎの一閃を放った直後に身体を一回転させ、再び横薙ぎを放つと見せかけて切上げを繰り出す。
『あれが、才能ってやつだ』
サージェインが呟く。
とても素人の動きとは思えなかった。節也はきっと今、無我夢中で戦っている。だから自覚していないのだろうが――節也は早々に、ルゥという武器を使いこなしつつあった。
いくら強力な天使と契約しても、使いこなせなければ無意味に等しい。それは八大令天の使い手である祐穂だからこそ実感している事実だ。だから節也が独り立ちできるのは、ルゥをある程度使いこなせるようになってから……最低でも数ヶ月はかかると思っていた。
しかし、改めて観察してみたところ、どうやらそこまで時間は掛からないようだ。
節也は既に、ルゥを使いこなしている。
それは紛れもなく才能だった。
節也には、天使を使いこなす才能がある。
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