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16話『田舎のカイナのシュロープ商会』


 カイナという町の景観は、ヨーロッパの田舎に近かった。

 町のそこかしこで木々が生えており、手入れされた水路が至るところに伸びている。自然と調和した、のびのびとした雰囲気のある町だ。建物の殆どは背が低い煉瓦造りのもので、地面は石畳で舗装されていた。


「思ったより、賑わっているな」


「そうね。ここは住みやすい町だから、プレイヤーも結構な数が滞在しているわ」


 この世界はゲームではない。だから現地人も当然いる。

 プレイヤーも多く滞在しているとのことだが、所詮は総数三百人。やはりこの町の賑わいを生み出しているのは、現地人たちだろう。小さな露店が並ぶ通りでは、老若男女が思い思いに過ごしている姿を見ることができ、平和の空気を肌で感じ取ることができた。


「あっちが宿屋、こっちが服屋。で、そこにあるのが大衆食堂だったかしら。私も一時期はここで過ごしていたけど、すぐにナミートに向かっちゃったからうろ覚えね」


「なんで移動したんだ?」


「まあそれは……色々よ」


 祐穂はお茶を濁す。


「そんなことより、ついて来て。見せたいものがあるの」


「見せたいもの?」


 尋ねる節也に、祐穂は真剣な表情で告げた。


「アンタの妹……メイちゃんの手掛かりよ」




 ◆




 メイの手掛かりを見せると言った祐穂は、節也たちを大きな建物へ案内した。


「ここは……?」


「百貨店よ」


 建物の中に入ると、複数の店が賑わっていた。

 飲食店や書店、金具などが売っており、地球に存在する百貨店と中身は大して変わらないように思える。


「それで、手掛かりっていうのは何なんだ?」


「焦らないで。用があるのは、ここの二階にある武器屋よ」


 そう言って祐穂は二階へ上がる階段の方へ向かう。節也もついて行った。

 キョロキョロと視線を動かしていると、店の宣伝に使われている掲示板を見つけた。そのフレームに、大きく文字が刻まれている。


「シュロープ商会?」


「この百貨店を経営している商会のことね。シュロープ商会は、揺り籠の島クレイドル・アイランドで最大手の商業組織よ。カイナだけじゃなく、各町に似たような店があるわ」


 祐穂の説明に、節也は「へぇ」と相槌を打つ。


「というか……普通に読めるんだな、文字。これ日本語じゃないだろ?」


「プレイヤーになると同時に自動翻訳で理解できるようになるらしいわよ。逆にプレイヤーの資格を失うと、読めなくなるみたい」


 便利なものだ。しかしわざわざ異世界を舞台にしたバトルロイヤルをするのだから、そのくらいのサポートはあって当然である。


 その時、周囲からのヒソヒソとした話し声が聞こえた。


「おい、あの女……」


「……蒼の狂戦士(バーサーカー)だ」


「ナミートにいるって話じゃなかったか? どうしてカイナに……」


 百貨店にいる人々が、祐穂に視線を注ぎながら何か話している。


「おい、祐穂。なんか凄い目立ってるぞ」


「……気にしないでいいわよ」


 祐穂は複雑な表情で言った。

 どうやら本人にとってもあまり気分がいいものではないらしい。実際、送られる視線は尊敬や羨望の眼差しというよりも、畏怖や疑いばかりだ。


 一体、祐穂が何をやらかしたのか。……この女なら何をやらかしていてもおかしくない。


 そんな風に戦々恐々としていると、ふと奥の方にある大きな扉が開いた。辺りの人々が注目する中、扉の向こうから五人の屈強な男性と、彼らに護られるように佇む一人の女性が現れた。


「……要人っぽいのが現れたな」


「ぽい、ではなく要人そのものよ」


 祐穂が僅かに声量を落として言う。


「彼女はシュロープ商会の跡取り娘よ。その立場ゆえに、現地人だけじゃなくプレイヤーたちの間でもツテを作りたがっている人が多いわ。彼女を味方につけることができたら、ゲームを有利に進めることができるから」


「……成る程。まあ、後ろ盾があれば色々と動きやすいというのは分かるな」


 商会という性質上、協力を取り付ければ様々な物資の問題が解決しそうだ。とは言え初心者である節也には、まだその有り難みがピンとこない。


 奥の部屋は会議室だったのだろう。扉が閉められる直前、円卓のようなものが見えた。


「失礼」


 どこからか一人の男が現れ、中心にいる女性に何かを耳打ちする。

 部屋から出てきた六人は足を止め、険しい顔つきで話し始めた。


「積荷の回収……冒険者が負傷……」


「高ランクのモンスターが……回収……難航して……」


 徐々に彼らは焦燥を隠しきれなくなる。


「騒がしくなってきたな」


「ええ。何か問題でもあったのかしら」


 不安が蔓延し、店内が物々しい空気に包まれた。

 そんな中、ここぞとばかりに自分を売り込む輩も現れる。


「あ、あの! 何かお困りでしたら、俺が力になりますよ!」


「いや! ここは俺の方が!」


 買い物していた二人の男性が、それぞれ跡取り娘の方へ近づいた。

 だが二人とも、護衛と思しき男たちに止められる。


「部外者は下がれ。これは我々の問題だ」


 様子からしてデリケートな問題だ。そう簡単に部外者が雇われることはないだろう。

 名乗り出た二人の男は、それでも暫く食い下がろうとした。


「巻き込まれる前に移動しましょうか」


「……そうだな」


 今は商会の大物よりも、妹の手掛かりだ。

 祐穂の案内に従って二階へ向かおうとした、その時――。


「――セツヤさん?」


 背後から声がかかる。

 一瞬、騒々しかった店内が静まり返った。痛いほどの沈黙を感じながら、節也は声がした方へ振り向く。その先にいたのは――商会の跡取り娘だった。


 男たちに囲まれているせいで、今までその姿がよく見えなかったが……節也は彼女のことを知っていた。


「エルフィン、さん……?」



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