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第91話 懐かしい匂い

 浮遊の魔法で空を歩いた私達は、雲や風の美しさを存分に楽しみ、はしゃぎながら迷いの森へと戻った。

 夢のような時間を過ごした余韻が残っている。


 森へと戻ると、夕闇が迫ってきていた。

 転移魔法で突然姿を現した私達に向かって、精霊の木の上に母屋を建設中だったゴーレムちゃん達が手を振ってくれる。


 精霊の木の上にはシルビア様の図面通りの木の家が、ほぼ完成していた。


「すごいっ! もう、ほとんど出来てるっ!」

「おうちだっ! おうちだっ!」

「きゅいきゅい!」


 ダークちゃんとロシータちゃんが興奮して精霊の木に駆け寄って走り回る。

 人化したチェリーちゃんも、ロシータちゃんの頭の上で飛び跳ねて喜んでいる。

 精霊の木から浮遊の魔法を使って降りてきたシルビアゴーレムが、真っ先に私に抱き付いた。

 シルビアゴーレムが私の頬に頬をスリスリすると、なんだか嬉しくなってしまう。


 シルビアゴーレムと頬をくっつけたまま、ゴーレムちゃんの頭を撫でる。


「ただいま。私達のいない間に、頑張ってくれてありがとう」

「……ゴーレムも一日働いてくれたからね、ここは堪えるさ……」


 シルビア様がもの言いたげにこちらを見ているような……気のせいかな?


「……それはそうと、頑張ってくれたね。お疲れ様」


 シルビア様が手から魔法石を出して、ゴーレムちゃんの口にヒョイと入れる。

 シルビアゴーレムが美味しそうに魔法石を舐め、嬉しそうに笑っている。


 フィーちゃんもシルビア様に倣って、ゴーレム達に一粒ずつ魔法石をあげていく。

 フィーゴーレムがゴーレム達を一列に並ぶよう誘導し、ダークゴーレム達はツンとしながら魔法石を受け取ると満面の笑みで食んでいた。


 ロシータゴーレムが列に並ぶダークゴーレムの順番を抜かし、ダークゴーレムからゴーレムの言葉で責められ、泣きだした。

 チェリーゴーレムがロシータゴーレムの顔をペロリと舐めて、自分の背中に乗せる。

 泣き止んだロシータゴーレムはフィーちゃんから魔法石を受け取ったフィーゴーレムに「あ~ん」をしてもらっている。


 ゴーレムちゃんって、本当に、本人の性格と同じなのね……


 チラリと私の肩に載っているシルビアゴーレムを見ると、視線に気づいたシルビアゴーレムが私の頬にチュッと口付けた。

「もー、くすぐったいよ」と言っても止めず、何度も口付けてくるシルビアゴーレムにクスクスと笑いが込み上げてくる。赤ちゃんみたいね。


「甘えん坊さんだなぁ」

「……魔法石が足りないと動けなくなるよ。君も並びなさい」


 シルビア様がニコッと笑いながら、シルビアゴーレムを私の肩から摘まみ上げ、ゴーレムちゃん達の中に押し戻した。


「お帰りなさい。思ったより早かったわね」


 声をかけてくれたのは、診療所の窓から身をのり出したカレンデュラさんだった。

 出がけに着ていた青いドレスではなくシンプルな白いシャツと青い脚衣を身につけているのが、ちょっと残念。


「ただいま、カレンデュラ。何か変わった事はあったかい?」

「さっき、森で倒れてた獣人を保護したわよ。今、診療所で眠ってるわ。アンタに伝言鳥を飛ばしたけど、行き違いになったみたいね」

「そうだったのか、ありがとう。すぐに診察しよう」


 カレンデュラさんはしっかりと森の番人の仕事をしてくれているのね。

 留守の時に、誰かがいてくれると本当に助かるわ。


 シルビア様の後に続いて診療所の中に入ると、何故か、自分でも驚くほどホッとしている事に気づいた。

 とても安らぐ匂いがするような……やっと家に帰ってきた時のような……


「こっちよ」


 改装した診療所は今や複数の病室があり、案内してもらえるのを嬉しく思う。

 病室に案内してくれるカレンデュラさんは、心なしかなんとなく浮足立っているように見えた。


「アンタみたいに分からないけど、目立った傷は無いと思うわ。綺麗な顔も無事だったし」


 綺麗な顔……どんな獣人さんなんだろう。女の子の獣人さんかな?

 種族によって食べ物の好みが全く違うから、病人食も違ってくる。できれば今、顔を確認できると有難いんだけど……


 病室に近づいていくと、懐かしい匂いがどんどん強くなっていく感じがした。


 この匂い――


 シルビア様の後に続いて、フィーちゃんと一緒に病室の中に入ると、匂いの原因が分かった。


 病室のベッドに寝かされている獣人は固く目を閉ざし、ほのかな灯りの中でもわかるほど、目の下の濃い隈が疲労の色を現していた。


 見違えるはずもない銀髪の精悍な顔。



「ルネっ……!」



 やつれた顔をして眠っていたのは、私の弟だった。




 ***




 病室の魔道ランプが、居住者の体調を気づかうように柔らかな弱い光になって室内を優しく照らしていた。


「疲れただろう? 少し休憩するといいよ」


 薄暗い病室にそっと入ってきたシルビア様が、ベッド横の椅子に座ってルネの手を握りしめていた私の肩に触れる。

 その手の温かさに、自分の身体が冷え切っていることに気づいた。


「……シルビア様……でも……」

「大丈夫だよ、ユミィ。ルネ君は少し消耗しているだけだから」


 柔らかく微笑んだシルビア様は窓際にある小さな陶磁器の香炉にお香を足してくれる。

 患者さんの体力と魔力を回復させてくれるお香は、柑橘のさわやかな香りがして。

 優しく広がった香りがじんわりと私の疲れも癒してくれた。



 街から戻った後、病室に入ってすぐにルネを診てくれたシルビア様は、「過労」だと診断を下した。


『ルネ君は、迷いの森の中でさ迷っていたのだと思う……ユミィに会う為に……』


 ルネに浄化魔法と回復魔法を施してくれるシルビア様の声には、申し訳なさそうな響きがあった。


 私は告げられたことに胸が苦しくなって、眠っているルネに駆け寄り何度も「ごめんなさい」と呟いた。そんなことを言っても遅いのに。



 天体を表した部屋の時計が、ゆるやかに時を刻む音が聞こえてくる。

 あれから何時間も経つのに、ルネは一向に目覚める気配が無い。


 病室の椅子の上に置かれたルネの上着を先程広げてみると、所々ボロボロになって汚れていた。

 ルネがこんなになるまで私を探してくれたんだと思うと罪悪感で胸がキューッと締め付けられた。

 畳まれた上着に気づいたシルビア様が手を載せると、上着は浄化され新品同様のように綺麗な状態へと戻っていた。


「これくらいしかできなくて、すまない」

「そんな……シルビア様。充分すぎます」

「何かあったら、すぐに呼んでね」

「はい……ありがとうございます」


 部屋を出ていく間際に、シルビア様が私の背中をそっと撫でてくれた。

 私とルネを二人きりにしてくれることに、優しさを感じる。


 静かな寝息を立てて眠り続けているルネはきっと、私を心配して探しに来てくれたんだ。

 

 もっと頻繁に連絡すればよかったのに……家に帰って顔を見せればよかった……


 後悔が襲ってきて、ポロリと涙が零れる。




 ***




 ルネが目覚めないことを確認し、病室を出て炊事場へと向かう。


 ルネは心配だけど、私の仕事はどんな時でもキッチリやらなくちゃいけない……と思っていたのに。


 布巾を取った私の手は、いつの間にか傍にいたフィーちゃんに握られていた。


「ユミィさんは、ルネさんの傍にいてください」


 そう言ったフィーちゃんが指を鳴らすと、私達のおめかしした服は、普段の着慣れたワンピースへと早変わりしていた。


「帰ってから、ちょっと練習してみたんですよ」

「すごいよ、フィーちゃん!」


 悪戯っぽく笑うフィーちゃんが眩しい。


 一緒に浄化魔法もかけてくれたようで、キラキラした清浄な光に包まれる。

 浄化魔法の清らかな光は、私の体の汚れと一緒に疲れも取り除いてくれた。


「フィーちゃん……ありがとう……」

「いいえ。私、ユミィさんのお役に立ちたくて……。ユミィさん、何か食べたいものはありますか?」

「……何か、温かいものが食べたいかな……お野菜たっぷりの」

「わかりました。ユミィさんはルネさんに付き添ってあげてください」

「ありがとう、フィーちゃん」


 フィーちゃんに甘えて病室へと戻ると、シルビアゴーレムが椅子に座っていた。

 興味深そうにルネを見ていたシルビアゴーレムは、私に気づくと真っ直ぐに駆け寄ってくる。


「ルネの様子を見てくれていたの? ありがとう」


 サイドボードに水差しの載ったトレイを置いて、シルビアゴーレムを抱っこして椅子に腰掛けた。

 私の肩によじ上ったシルビアゴーレムが、元気づけるように頭を撫でてくれるのが嬉しい。


 その感触がとても心地よくて、帰ってから沢山気を張っていたんだなと分かった。


 思えば、まだひと月足らずだけど、こんなに長い間ルネと離れて生活した事はなかったな。


 当たり前にあると思っていたルネの匂いは、久しぶりに嗅ぐとこんなに安心する匂いだったんだ。

 一緒にいる時間が長かったから、ルネの匂いがわからなかったのね。

 私が安心できるように、ルネはどんなに遅くなっても帰ってきてくれたのに……


 冒険者をしているルネは私よりも早くに起きて仕事へ行って、夜遅くに帰ってくることもあった。


 休日も鍛錬やらなにやらで忙しいルネの寝顔を、こんなにじっくり見ることなんて、ずっと無かったな……


「早く目を開けて……」


 ルネのサラサラとした銀髪を撫でると、魔道ランプの光を反射してキラキラと輝く。


「……ユミィ……」


 私と同じ、紫色の瞳がゆっくりと見開いた。

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