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第90話 空のお散歩 

 街の門を抜け外に出た道すがら、帰路につく冒険者達に混じって、花を持った子ども達が私達の横を通り抜けた。

 それぞれに違う色の花を手に持ち、街へと戻っていくようだ。

「喜んでくれるかなー」「誰にあげるの?」と話している様子から、誰かへのプレゼントだと伺える。


「今日は、何かあるんですかね?」


 ダークちゃんが不思議そうにシルビア様に尋ねた。


「ああ、今日は花祭りだからね。大切な人に花を贈る日だよ」

「大切な人に……」


 ダークちゃんは振り返り、花を持つ子どもたちをじっと見つめている。


 花祭り……そうか、すっかり忘れていたけど今日は花祭りだったんだ。

 そういえば街の中でも花を売っている露店がいくつかあるのを見かけたわね。

 花祭りは家族や友人、恋人、誰に花を贈ってもいいお祭りなのよね。


 ダークちゃんも、誰か花をあげたい相手がいるのかな?

 魔界のお友達とかだったら、たまに会いたくなる時もあるよね。


 私も毎年ご近所のお婆ちゃんやルネに山で摘んできたお花をあげている。

 そういえば、ルネからも毎年必ず青い花をもらっていたけれど……ルネ、元気にしてるかなぁ。


 石畳が砂利道になって、のどかな畑の風景に変わっていき、街道には小さな青い花が咲いていた。

 あんなに楽しかった街が遠ざかっていくと、名残惜しい気持ちがこみ上げてくる。

 ふと視線を感じシルビア様を見上げると、私の気持ちを汲んでくれたように優しく微笑みかけられた。


「まだ時間があるから、少し散歩してから帰ろうか」

「やったぞー! ろしーた、おさんぽだいすきー!」


 シルビア様の提案にロシータちゃんの歓声が上がる。

 街の門を出てすぐに帰るのかと思っていたので、私もとても嬉しかった。やったわ!

 顔が緩むのを止められないので、シルビア様に思いっきり微笑みかけると、何故か痛いくらいに手を握り返された。どうしたんだろう?


「ろしーた、かちゅーしゃ、つけるんだ! ちぇりーにも、つけてやるぞ!」

「ままー、ありぁとー」


 ロシータちゃんはカフェで買ってもらった猫耳のカチューシャをつけ、チェリーちゃんにはリボンを結んで満足そうに笑った。

 その様子を見て、曲がったカチューシャとほどけそうなリボンをさり気なく直すフィーちゃんは流石だなと思う。

 嬉しそうなロシータちゃんを見て、ダークちゃんもチョーカーをつけようとしていた。


「ダークちゃん、つけるのを手伝うよ。歩きながらだと、上手くできないでしょ?」

「いっ、いい。自分でできる!」


 と言っても、ダークちゃんの指先はチョーカーを上手く留められないみたいだ。

 留め金同士を引っかけることができず、何度も指が滑ってしまっているわね。ふむ。


 フィーちゃんに目を向けると、髪を結ってくれた時のように、うずうずと指を動かしている。

 私と目が合うと、フィーちゃんは心得たと言うようにしっかりと頷いた。


「「えいっ! 捕まえたーっっっ!!」」

「ひいっ⁉」


 私が後ろからダークちゃんの肩を掴んで動きを止める隙に、フィーちゃんが素早くダークちゃんのチョーカーを留めた。やったね!


「なっ、なにするんだっ!」

「だってー。この方がはやいんだもーん」

「ですねー」


 あわあわと驚くダークちゃんが微笑ましいわ。私達の連携には(かな)うまい、ダークちゃんよ。


「……なんだよ、ジロジロ見るな、ウサ犬!」

「チョーカー、よく似合っているよ。ダークちゃん!」

「なっ……! じ、自分で選んだんだから、あっ、当たり前だろっ……!」


 照れたのかダークちゃんはそっぽを向いてしまった。素直じゃないなぁ。


「……ユミィ、私は?」

「え? 何がですか??」


 問いかけるシルビア様は真剣な表情をしている。


「私の事は捕まえないのっ?」


 シルビア様の声には、なんとなく拗ねたような響きがあった。


「えっ……つ、捕まりたいんですかっ?」

「……うん。……ユミィになら、捕まりたいな……」


 シルビア様が恥ずかしそうに頷くと、綺麗な黒髪が風にたなびいた。

 いつの間にか接着の魔法は解け手は離され、シルビア様が私から距離を取っている。


 シルビア様……実は、おいかけっこ大好き……なのかしら? 

 ……う~~ん、それなら本気を出さなくっちゃ! 負けませんよっ、シルビア様!


 私の獣人の本能が疼く。獲物を追う体勢になると、ワクワクが込み上げてきた。


「……では……いきますよー、え~~いっ!!」


 一足飛びに詰めた距離は、あっという間に縮んで。

 私はシルビア様の両肩を挟み込むように捕らえていた。……ほっ、細いっ!


 シルビア様の華奢さに驚いていると、彼女が微動だにせずに固まっていることに気づいた……あれ……? 


 覗き込んだ顔は両手で覆われ隠されているけど、耳まで真っ赤になっている……?


 シ、シルビア様……もしかして……恥ずかしい、とか……?


 えっ……わ、私も恥ずかしいんですが……


 なんとなく両手を離せないでいると、小さな声で「……つかまっちゃったー」と聞こえてきた。


 鈴を鳴らしたような声には、何故だか嬉しそうな響きがあった。


「おっ! なんだ、なんだ? とろっこ、ごっこ? かー?」


 ロシータちゃんが私の肩に手をかける。


「これ、トロッコごっこっていうんだっけ?」

「そーだぞー! ろしーた、だいすきー!」

「ふふっ。懐かしいですね。街の子どもたちとよく遊びました」


 フィーちゃんがダークちゃんの両手を取り、ロシータちゃんの両肩に置く。


「えっ? えっ? あっ? おいっ! ……やっ、やめ……っ!」

「うふふ。お借りしますね」


 ダークちゃんの後ろに回ったフィーちゃんがその両肩に手を置いて、私達は一列になって歩き出す。


「しゅっぱつ、だぞー!」

「きゅー♪」


 ロシータちゃんの声で、顔を上げた先頭のシルビア様が歩き出した。


 まだ耳が赤いけど、復活してくれて嬉しい。そうじゃないと、私はずっとドキドキしてしまう。


 シルビア様、私、(チェリーちゃん)、ロシータちゃん、ダークちゃん、フィーちゃんがトロッコの様に連なる。


「わっ、わっ、転ぶっ!」


 ダークちゃんがバランスを崩して石に(つまず)いた。


 その瞬間、私達の足は地面から離れ、軽やかに宙に浮かんでいく。


「えっ、えっ、なっ、何っ……⁉」


 いつの間にか、私達は階段を上る様に空中を歩きはじめていた。


「……浮遊の魔法を使ったんだ。この方が、楽しいでしょ?」


 シルビア様が振り返り、はにかんだように美しく笑った。

 浮遊の魔法と同時に結界魔法も使ってくれているのか、初夏の強い日差しや風からも守られている感じがする。


「すごいぞー! たのしいなー!」

「きゅい!」


 ロシータちゃんとチェリーちゃんのはしゃぎ声が聞こえてくるけど、私は怖くて下を見る事ができない。


 じ……じじ、地面が……遠いっ……!


「シシシ、シルビア様っ……! こっ、こここ、怖いっ……ですっ!!」

「ふふっ。ユミィは怖がりだなぁ。それじゃあ、お手をどうぞ」


 シルビア様が手を差し出してくれると、私はその腕にしがみついた。

「皆に魔法がかかっているから、手を話しても大丈夫だよ」とシルビア様が言ってくれるけど、そんなことは考えられないほど、膝が震えてしまう。


「ボボボボボ、ボク、浮遊の魔法に……なっ、慣れてないんだっ!」


 私と同じ状態になっているダークちゃんが、ガタガタ震えながらロシータちゃんの両肩に掴まっている。


「たのしいぞ~~♪ だーく、も~~~~っと、うえに、いこ~!」

「やっ、やぁっ、やだぁっ! やぁっ、やめっ~~~~!」


 ロシータちゃんがダークちゃんを引っ張って、更に上へと駆け上がっていく。

 ロシータちゃん達を追いかけていると、あれよあれよという間に、私たちは大きな塔のてっぺんの高さくらいにまで浮かび上がってしまった。

 好奇心旺盛なロシータちゃんは途中でダークちゃんの手を離し、チェリーちゃんと一緒にもっと高い空の上まで遊びに行ってしまう。

 残されたダークちゃんが空中を泳ぐように手足をバタつかせると、フィーちゃんがダークちゃんに手を差し伸べてくれた。


「力を抜いてください。大丈夫ですよ、ダークさん」

「……ボ、ボクはっ……ご主人様に教われば、すぐにできるんだからなっ! いっ、いっ、今だけっ……手をかりてやるっ……!」


 涙目になったダークちゃんがフィーちゃんの腕にしがみついた。

 フィーちゃんは既に浮遊の魔法を会得したように、全く恐れずに空中の見えない道を歩いていく。


 フィーちゃん、すごすぎるわ……いつの間に会得したんだろう?

 衣のように風を纏うフィーちゃんは、さながら天使様のように見えるわ。


「にゃんにゃんにゃにゃ♪ にゃんにゃんにゃにゃ♪」

「きゅきゅきゅきゅぃ♪ きゅきゅきゅきゅぃ♪」


 ロシータちゃんとチェリーちゃんは全く怖がる様子を見せず、舞い降りてきたかと思うと空中をクルクルと回転しながら鳥を追いかけ始めた。すごい……


 先ほどよりずっと高い場所まできたのがわかって、私は怖くて固く目を閉ざしてしまう。


「ユミィ、見てごらん」

「え……」


 シルビア様の声に恐々と目を開けると、遥か彼方まで続く緑の山並みが広がっていた。

 真っ白な花が山へ至る平野いっぱいに群生し、雪の絨毯のように地上に敷き詰められている。


 世界は空の青と地の緑と優しい白に彩られ、さっきまでいたルヴァインの街が遥か遠くに見えた。


「うわあっ!」


 すごい……こんな広大な景色見たことないわ……


 ただただ呆気に取られ雄大な景色を見つめていると、自分はとてもちっぽけな存在だと感じた。


 私の悩みや苦しみが、取るに足らないことのように思えてくる。


「シ……シルビア様っ……すっ……すごいですっ……!」

「気に入ったかい?」


 シルビア様の問いかけに、私は何度も頷いた。温かいもので胸がいっぱいになっていく。

 シルビア様に出会うまで毎日時間に追われて、目の前のことしか考えられなかった。


 蒼い風が初夏の熱を含んで、遊ぼうとでも言うかのように私の全身を撫でていく。


 世界って、こんなに悠然として美しいのね……


「はいっ……! ……世界って、こんなに広いんだなって、私、知らなかった……。最初は怖かったけど、空に上ってしまうと……私は、なんて小さな事で悩んでたんだろうって思います」

「ふふっ。気に入ってもらえてよかった。私も、それを思い出したくて、時々空を散歩するんだ」

「シルビア様……」


 一瞬、シルビア様の瞳が少しだけ陰ったような気がする。

 もしかすると、シルビア様には私が思い描けないほどの悩みがあるのかもしれない……


「……シルビア様……私、シルビア様ともっと沢山、色んな世界を見てみたいです! これからも、一緒に、ずっと……!」


 私がそう言うと、シルビア様は目を見開いた。


「……ユミィと、色んな世界を見る……?」

「はいっ!」

「ずっと、一緒に……?」

「はいっ……!」


 シルビア様の漆黒の瞳が、キラキラと輝いていく。

 あどけない表情を見せたシルビア様が、穏やかに笑った。


「それは楽しそうだ」


 シルビア様は私の手を取り、空中でクルクルとダンスを踊った。

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