第8話 檻の中で2
捕まってからだいぶ時間が経った気がする。
水も与えられないまま、今はもう夕刻くらいの時間なんじゃないかな……
周囲の獣人たちはみんな無言で、赤い髪の女の子は眠っていた。
いつになったらここから出られるんだろう……
そう思っていると、3人の男たちが檻の中に入ってきた。
「俺たち鑑定士様が、これからお前らの種族を鑑定してやろう」
「〈商品リスト〉を作ってやる」
「隠し事する奴は痛い目に遭うぜ」
小ずるそうで冷酷な目をした男たちは近くにいた獣人の頭に手をかざしていく。
鑑定士たちは灰色のローブを誇示するみたいにわたしたちを見下していた。
淀んだ魔力がその手から出て吐きそうになる。
「お前、いくつだ?」
扉近くにいたわたしも話しかけられたけど、喉が潰れているので声を出すことができない。
すぐに答えないから、男に頬を張られ足蹴にされる。
唇の端が切れて、口の中に血の味が広がった。
痛い……理由も聞かずにいきなり殴るなんて……!
男たちに屈するのは絶対に嫌だけど、これ以上殴られるのも耐えられなかった。
仕方なく、指で10と5を示すと、別の男がわたしの頭に手をかざした。
「なっ……! おっ、お前……フェンリルかっ……⁉」
男の呟きに、もう二人の男たちも振り返った。
「フェンリルだって⁉ 本当か?」
「俺にも鑑定させろ!」
3人の男達に代わる代わる鑑定され、その淀んだ魔力に眩暈がしてくる。
どうしよう……白狼ってことがバレちゃった……
生まれてからずっと隠してきた事が、こんなにあっさりわかってしまうなんて。
「コイツは高く売れるぞ! 今日のオ―クション最高の目玉品になる!」
「ゴルズに手数料は払ったのか? アイツに知られるとややこしくなるぞ!」
「大丈夫だ。代金はもう払い済みだし、アイツが取り戻してぇって言っても、目ん玉飛び出る額払えんのか? って言ってやればいいさ」
悪人には悪人たちの騙し合いがあるらしく、男たちが笑い合っている。
売られた先から運よく逃げられても、獣人を狩る事に長けたゴルズが追って来る可能性もあるのね……
そう考えると体の芯から冷えていくような気がした。
わたしたちは……逃げられないのね……
わたしの鑑定を終えた男たちは赤い髪の女の子の鑑定に移ったようだった。
髪の毛を掴まれているけど、隷属の首輪のせいか力を出せないみたいだ。
あまりにもぞんざいな扱いに、男達への怒りがこみ上げてくる。
女の子は眠そうにしながら目を開けると、男たちの問いに「じゅっさい……?」と答えた。
10歳よりも幼く見える女の子に胸が締め付けられる。
ここは子どもがいていい場所じゃないのに……
女の子の鑑定は「魔物」と「獣人」の間で揺れているようだった。
最後の一人が「不明」と呟いて鑑定が終わる。
この三人ではこの子の種族を特定できないみたいだった。
全員の鑑定を終えた男たちはわたしたちに真っ白な絹のロ―ブを投げつけた。
心配そうに見守るわたしに女の子はにっこりと頷いてくれる。
その様子が「大丈夫だよ」と言ってるみたいで、どうしようもなく辛い。
「着替えろ! 高く売れるように身綺麗にしてやる」
闇オ―クションの関係者たちはみんな隷属の首輪をする獣人を操れるみたいだった。
ノロノロと着替えを始めた獣人たちは悲しそうな顔をしながら絹のローブに着替える。
わたしと赤髪の女の子は、隅のほうで肌を見せないように着替えたけど、どんどん自分が卑屈になっている気がする。
獣人たちが着替え終えると、鑑定士たちは檻の中に手を向けて浄化魔法をかけた。
濁った不快な魔力が体に冷水を浴びせられたようにまとわりつく。
体はほんの少しだけ綺麗になったみたいだけど、ちっともサッパリしない。
男たちは仕事を終えて満足して帰っていった。
わたしたち、どうなるのかな……
よくてメイドか、奴隷……?
それとも……
よくない考えが頭をよぎる。
時々、山で聞いた噂のこと。
どこかの山では人間の玩具にされた獣人の死体が焼かれた後、谷間に放り込まれるらしい……
もしかして……わたしたちも……?
怖い……
恐怖と怒りで体が震える。
最低な人間たち。
最悪な環境。
最高に運の悪い獣人たち。
だけど、わたしはそんな人間たちに怯えることしかできない。
くやしい……
震える手を、赤髪の女の子が握ってくれる。
その瞳は紅玉のようで、手から伝わる温もりがわたしの心を不思議と和ませてくれた。
女の子に向かって無理して笑顔を作ると、震えが少しずつおさまってくる。
こんなに小さな子が頑張ってるんだもの、わたしがしっかりしなくてどうするの……
丁度この子くらいの頃、両親を亡くして弟と二人きりで生きてこなくてはならなかった。
わたしはあの頃よりずっと心が強くなってるはず……
女の子の手を強く握り返した。