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第81話 お着替え

 朝食の片付けを終えると、私はシルビア様に連れられ何故かカレンデュラさんとブルーベルさんがいる病室を訪れていた。

 ノックもせずにシルビア様が戸を開けると、ベッドに起き上がったブルーベルさんがカレンデュラさんにスープを飲ませてもらっている所だった。

 顔を赤らめたカレンデュラさんがブルーベルさんから離れる。


「ち、ちょっと、ノックぐらいしなさいよ!」

「ああ……大切な時間を邪魔してすまない。実はカレンデュラに手伝ってもらいたい事があるんだ」


 シルビア様の言葉に、カレンデュラさんの表情が変わる。


「……それ、任務……ってこと?」

「うん。とても大切な任務だ。君の力が必要なんだ」


 スープをトレイに戻したカレンデュラさんは、立ち上がって部屋を出ようとする。


「カレン」


 ブルーベルさんがカレンデュラさんを呼び止める声には、心配そうな響きがあった。


「ルー様、大丈夫ですわ。戻って来たら、うんと甘やかしてくださいませ♡」


 カレンデュラさんはブルーベルさんを振り返って笑った。

 廊下に出たカレンデュラさんが指を鳴らすと、精霊力で織られたエプロンは消え、以前と同じ軍服姿に変わっていた。

 病室を出た私達は広間へと向かう。


「……それで、任務って何よ? 誰を殺せばいいわけ?」


 カレンデュラさんの表情は軍人そのものの冷ややかなものに変わっている。


 きっと、妖精国では沢山の任務をこなしてきたのね……そのどれもが大変なものだったんだろうな……


「えっ? 誰が人殺しをしろと言ったんだい? 私は君の力をそんなつまらない事に費やすつもりはないよ」

「はぁっ? じゃあ、一体何を――」


 シルビア様のキョトンとした表情にカレンデュラさんが面食らっていると、広間から飛び出してきたロシータちゃんがカレンデュラさんに飛びついた。


「お――っ! かれん! ごはん、おいしかったぞ! さすが、ろしーたの、こぶんだ!」

「きゅ――♪」


 ロシータちゃんは大きな木にでもよじ登るようにカレンデュラさんに纏わりついていた。

 人化したチェリーちゃんもロシータちゃんの頭にしがみついたまま、ロシータちゃんを真似てカレンデュラさんによじ登ろうとしている。


「べ、別に、大したことしてないわよっ! っていうか、降りなさいよ、アンタたちっ!」


 カレンデュラさんがロシータちゃんとチェリーちゃんを引き剥がそうとするけれど、驚異的な力で引っ付いている二人を引き剥がせないみたいだった。

 諦めたカレンデュラさんがシルビア様に向かって眉根を寄せる。


「……早く、用件を言いなさいよっ。殺しの任務じゃないってんなら、私の力が何に必要なのよ⁉」


 カレンデュラさんの顔の両脇から、ロシータちゃんとチェリーちゃんが顔を出してシルビア様を覗き込んでいる。


「おめかしだ」

「ハァッ??」

「今日、皆で街に行くからね」

「……それが、アタシに何の関係があるっていうのよ?」

「君は、精霊力で可愛い服を作るのが得意だろう? 私の代わりに、皆をおめかしさせてくれ。それがここでの任務だよ」


 予想していたものと全く違う答えが返って来たのか、カレンデュラさんが絶句する。

 広間から出てきたフィ―ちゃんも話を聞いていたようで、私たちを見て微笑んだ。


「シルビアさん、私たち皆に、ですか?」

「もちろん、ここにいるみんなにさっ」


 頷いたシルビア様を見て、カレンデュラさんが目を瞠っている。

 フィ―ちゃんの背後から出てきたダークちゃんが、カレンデュラさんに小声で話しかける。 


「(カレンデュラ、ボクのはシンプルなのにしてくれ)」

「あっ、だーく、じぶんだけさきにたのんでる! ろしーたも! ろしーたもぉっ!」


 皆に囲まれたカレンデュラさんは我に返ってから、口を引き結ぶ。

 その顔が一瞬、何故か泣きそうな表情に見えた。


「おめかし……そんなのが任務だっていうの……?」

「もちろんだとも。最も優先すべき重要任務ともいえる」

「……任務なんて……誰かを殺めたり(さら)ったりするのが当たり前でしょ……こんな任務……ばっかみたい……」


 カレンデュラさん……妖精国での任務って余程過酷だったのね。

 だけど、シルビア様は誰かに汚い仕事を押し付けるくらいなら、自分の手を汚すことを選ぶと思う。

 シルビア様はもしかして私達の知らないところで、私たちの為にその手を汚しているのかもしれないけれど、もしそうだとしたら、私はその手を絶対に離したくないわ……


 思わずシルビア様と繋いでいた手に力を込めると、シルビア様は不思議そうな顔をして、だけど優しく手を握り返してくれた。

 そんな平和そうな私達を見て、表情を切り替えたカレンデュラさんがため息を吐いた。

 その顔は、今までよりもずっと明るく見えた。 


「いいわよ。やってやるわよ……アンタ達、覚悟しなさいよ!」



 ***



「う~~ん……ここをこうして……やっぱり、こっちかしら?」


 広間に入ったカレンデュラさんは、私達に順番に精霊力で織った衣装を着せていく。


「アンタには緑色が似合うんじゃな~い? フリル追加しましょ♪」


 カレンデュラさんがロシータちゃんに向かって人差し指をクルクルと動かすと、ロシータちゃんの着ていたエプロンドレスが緑色に変化する。

 袖が長くなったり、短くなったり、フリルやリボンがついたり消えたりを繰り返す。


「かれん、はやくー!」

「カレンって呼ばないでよ。おめかしには、時間がかかるもんなのよ」 

「はやくはやくー! もーやだー!」


 床に仰向けになって手足を動かすロシータちゃんにカレンデュラさんが手をかざすと、ロシータちゃんは濃い緑色のシンプルなワンピースに一瞬で着替えていた。

 胸の部分にはちゃんとチェリーちゃんが入る大きなポケットがついていて流石だと思う。


「よく似合っている。自分で見てみるといいよ」


 シルビア様が異空間収納からアンティークの姿見を取り出し、壁に設置してくれる。

 起き上がったロシータちゃんは、不思議そうに大きな鏡を覗き込んでいた。


「可愛いよ、ロシータちゃん!」

「えっ、ろしーた、かわいいの⁇」

「アタシが着せたんですもの、当たり前でしょ」


 カレンデュラさんがため息を吐いた。


「えへへー♪ ろしーた、すごーい! かれんのつくった、およーふく、すきー!」


 姿見の前でクルクルと何度も回ってはしゃぐロシータちゃんを、フィ―ちゃんが椅子に座らせる。


「髪型も可愛くしましょうね」


 フィ―ちゃんがロシータちゃんの髪を梳かして優しく結うと、ロシータちゃんはくすぐったそうに「きゃふ」と笑った。


「次は、アンタね」


 人差し指を動かしたカレンデュラさんに呼ばれて、私は鏡の前へと移動する。


「は、はい……よ、宜しくお願いします」

「何か、リクエストあるなら受け付けるわよ?」

「えっと……」


 ……と言われても、思い浮かばないなぁ……

 ……そういえば、昔、お呼ばれとかの特別な日に、お母さんが着ていた一張羅があったっけ……

 あれはたしか……


「あの……袖のところが、ふわふわな感じで……リボンがついていたら……嬉しい……です……」


 思い出の中のお母さんは、そんな感じのワンピースを着て笑ってたような気がするわ。


「こんな感じかしら?」


 私の簡素なワンピースは、一瞬でクリーム色のレースとリボンが沢山ついたお嬢様風のドレスに変わる。絹よりも滑らかな触り心地がする生地は、ほんのりと良い花の香りがした。

 肩の部分がパフスリーブになっていて、私が思い描いていたよりもずっとずっと可愛い服だわ。


「あっ……ありがとうございます!」


 カレンデュラさんは満足気に口の端を上げた。


 こういう服、憧れてはいたけれど、私なんかが着てもいいのかな……


「ユミィさん、これ、クローゼットにあったリボンなんですけど、ユミィさんに似合うってずっと思ってたんです……」

「フィ―ちゃん……ありがとう……」


 フィ―ちゃんがふんわりと膨らむように両耳に結ってくれたリボンを見ていると、嬉しさと恥ずかしさが入り混じった気持ちがこみ上げてくる。


「どうかな……?」

「まず、私ではなく、シルビアさんにご覧になってもらいましょう?」


 フィ―ちゃんが後ろから私の両肩に手を置き、シルビア様の方を向かせてくれると、目を逸らしたシルビア様は、突然立ち上がり、落ち着かない様子で部屋の中を歩きはじめた。


 な……何か変だったのかな?

 着慣れないから、もしかしたら違和感があるのかもしれないわね……


「だめですよ、目を逸らしたらとられちゃいますよ?」


 フィ―ちゃんが私を後ろから抱きしめると、焦った顔をしたシルビア様が私に駆け寄った。

 背中をフィーちゃんに押された私は、シルビア様とバッチリ目が合ってしまう。


「……と……とても似合っている……可愛いよ、ユミィ……」


 シルビア様が真っ赤になりながら、釘付けになった様に私を見つめている。

 その顔を見て、私の顔にも熱が集まってきた。


「……こんなに可愛いユミィが、街で人目に触れるなんて……辛い……お出かけはやめにしようかな……」

「もぅ……何言ってるんですかシルビア様」


 街に行ったら人目を集めるのは、確実にシルビア様の方だわ……


 フィーちゃんとロシータちゃんにも可愛いと言ってもらえたことが嬉しくて、尻尾がパタパタと動いてしまう。

 ロシータちゃんもフィ―ちゃんに結ってもらったポニーテールを揺らしながら、嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねていた。

 大きな緑色のレースリボンがロシータちゃんの紅い髪によく似合っている。


「かれんー! ちぇりーのふくも、やってー!」

「カレンって言わないでよ! イメージが固まった順番に服を着せてるから、もう少し待ってなさいよ」


 カレンデュラさんは眉間に皺を寄せ、「今年の流行色でいってみる……? ううん、あの小娘の肌は青みがあるから……」と何やら専門的な事を呟いている。

 でも苦悶してるわけではなく色々な案を真剣に考えてくれているようで、うきうきと楽しそうに選択してくれてるみたいだわ。


「あーもぅ、もっと時間かけたいのに……! どうして直前になってから言うのよ~っ。大体、可愛い服なんて、シルビアが置いてくれた異空間収納(クローゼット)に沢山あるじゃな――いっ!」

「クローゼットにある服より、カレンデュラが作ってくれた服の方が可愛いよ」


 カレンデュラさんの問いかけに、シルビア様が椅子に腰かけたまま答える。


「……審美眼は持っているみたいね。……そ、じゃあアンタは、全部アタシの趣味を着てもらうわよっ」


 照れたのか、顔を赤くしたカレンデュラさんがシルビア様に指を向けると、一瞬で、ピッチリとした黒い服に包まれた女剣士風のシルビア様が現れた。

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