第78話 診療所での生活
巨木となった精霊の木の前で、シルビア様の指導のもとに皆が作ったゴーレムが整列する。
土をこねて、そこに魔法石を入れてできたゴーレムちゃん達は、それぞれの製作者にそっくりだった。
蜥蜴のような動きをするロシータゴーレムがチェリーゴーレムの上に乗ると、精霊の木の周囲を駆け回って遊び始める。
その後ろをフィーちゃんが作ったゴーレムがフワフワと浮かびながら追いかけていった。
ダークちゃんの作ったゴーレムは、本人と同じく可愛い逆向きの角が二つついている。
「新しい家の設計図だ」
シルビア様がシルビアゴーレムに異空間収納から取り出した羊皮紙を渡す。
「上下水道は転移魔法で繋げるから心配ない。中は魔法で拡張させて、部屋も増幅魔法で増やすから、君たちはできるだけ小さめで丈夫な家を作っておくれ」
シルビアゴーレムはふむふむと設計図を眺め、シルビア様に向かって大きく頷いた。
ダークゴーレムを引き連れて精霊の木の前に行くと、フィ―ゴーレムに指示を出し周囲を駆け回っていたチェリーゴーレムとロシータゴーレムを回収する。
精霊の木の根元に、ゴーレムちゃんたちが一同に集まり、そしてみんなで精霊の木に何やら魔法をかけ始めた。
「な、何をしてるんですか?」
「ああ、強化の魔法だよ。家を載せるから、枝が痛まない様にと考えたんじゃないかな?」
精霊の木の強化を終えると、ゴーレムちゃん達は建設に取り掛かる。
それがとんでもない速さで行われているので、私は見ていて舌を巻いた。
フィーゴーレムが風魔法を使って森の奥の木を切り倒して、屋敷前の広場に運ぶ。
ロシータゴーレムが適当な大きさにそれを切って、ダークゴーレムが浮遊の魔法で精霊の木の上まで運ぶ。
精霊の木の上で待機していたシルビアゴーレムが運ばれた木々を乾燥させ設計図の通りに組み立てていく。
掘り返した土の中で、チェリーゴーレムがお昼寝を始めた。
たまにロシータゴーレムが木の大きさを切り間違えている他は、順調に行っているようだった。
「後は頼んだよ」
シルビア様の声に、ゴーレムちゃん達が一斉に頷いた。
***
皆で診療所の中に入ると、流石に中が狭く感じる。
待合室の他には病室が二つと診察室しかなくて、この人数では寝るのも大変だと思う。
「ちょっと、診療所を改装しようか。ユミィが作ってくれた待合室はそのままにしたいから、別に部屋を作ろうね」
シルビア様が手を叩くと、さっきまで何も無い木の壁だった所に部屋が出現する。
何が起こったのかわからなくて、私はゴシゴシと目をこすってしまう。
ダークちゃんが恐る恐る木の扉を開くと、寝台の置かれた病室と全く同じ部屋が隣に出現していた。
「ご主人様……すごい……」
新しい部屋を覗き込んだ私達は、あまりの事に唖然としてしまう。
ポカンとして部屋の中を見回していると、シルビア様が穏やかに説明してくれた。
「増幅と拡張の魔法で部屋を増やしたんだ。水場やキッチンもいるよね?」
「は……はいっ!」
「助かります、シルビアさん……」
私とフィ―ちゃんが返事をすると、次々と新しい部屋が作られ、窓辺には対面型のキッチンが出来上がっていく。
シルビア様の魔法は凄いものなのに、目の前でポンポン見せられて自分の中で感覚が麻痺していくのがわかった。
これが普通の魔法だと思っては駄目……駄目なのよ、ユミィ……
そのことを再確認したくて、私はダークちゃんに耳打ちする。
「ねぇ、ダークちゃん……これはすごい魔法なのよね?」
「あっ、当たり前だろ、馬鹿ウサギ! 空間を一瞬で広げたんだぞ! 見ていて分からないのか?」
……ダークちゃん……見ていてもわからないから聞いてるのよ……
私は無言でダークちゃんの脇腹をくすぐる。
ふっふっふ。
弟と喧嘩していた時は、よくこうしたものだわ……うふふっ。
「ふっ、はははっ!! やっ、やめろ、馬鹿ウサギ! やめっ! 馬鹿っ!」
邪悪な笑みでダークちゃんをこらしめていると、近寄って来たフィ―ちゃんが参戦する。
「ダークさんにはわかっても、私とユミィさんにはわからないんですよ。え~いっ!」
「ひっ、ひゃああああああぁっっ!」
いきなり角を撫で上げられた事で、ダークちゃんの声が裏返って震える。
「あっ! だーくいいなー! ろしーたも、ゆみーと、いっしょにあそびたーい!」
「きゅー♪」
ロシータちゃんとチェリーちゃんも一緒にダークちゃんをツンツンしている間に、シルビア様は診療所の改装を終えた様だった。
「……お風呂なんかの水場は各部屋の隣に作ったよ。カレンデュラ達にも教えてあげてね」
「ろしーたが、おしえてあーげるっぞー!」
風のように病室の前まで移動したロシータちゃんが、両手で力いっぱいドアを叩き始める。
「かれんー! かれんー! ろしーた、きたぞ――! あけろ――――!!」
「うるっさいわね! 黙りなさいよ、トカゲ! …………はっ……? なっ、何……これ……?」
以前は病室から出るとすぐに待合室があったけれど、今は病室を出ると長い廊下が広がっているのよね。
空間自体が変化してしまったことに、カレンデュラさんは怒りも忘れて固まってしまう。
病室の隣に突如出現した広間と各々の個室、水場。
それらはあたかも以前からその場にあったかのように、不自然な所など一切なく収まっていた。
「シルビア様が診療所の中を改装してくれたんです。広間と皆のお部屋を作って、水場も新しく作ってくださいました」
私が水場やお部屋を手で指し示すと、尻尾も矢印のように同じ方向を向いてしまう。
「えっ? だ、だって……何も音がしなかったわよ?」
部屋数が増え、すっかり様変わりした診療所の中をカレンデュラさんが戸惑い顔でキョロキョロと見回していた。
さっき私達もこんな顔をしていたな……
病室から出ていきなり空間が変わっていたらビックリするわよね……
「……あっという間にできてしまったので、私も何が何だかよくわからなくて」
無駄に働き者な尻尾を押さえながら、説明を求められても説明できない事が歯がゆかった。
「かれん、ろしーたとあそぼー!」
「い、いやよっ!」
ロシータちゃんがカレンデュラさんに飛びつこうとすると、病室に戻ったカレンデュラさんが扉を閉め切ってしまう。
カレンデュラさん達は次から次へと想定外の事が起こって、まだ色々と受け入れられないんじゃないのかな……後で食事を持って行ってあげようっと。
***
シルビア様が作ってくれた診療所で夕食と片付けを終えると、皆慌ただしく寝支度を始めた。
ロシータちゃんのポケットで寝ようとしたチェリーちゃんを、ロシータちゃんが抱き上げる。
「ちぇりー、おふろはいるぞー!」
「きゅいきゅい! ままぁ~……や~の~」
人化したチェリーちゃんは一生懸命手足をバタつかせ抵抗していた。
「なんだー? ちぇりーは、おふろきらいかー?」
「ぁちゅぃ、ぁちゅぃ、や~ん」
涙目のチェリーちゃんはイヤイヤと言うように首を振る。
「ふふっ。じゃあ、今日はお湯をぬるくしましょうね。一緒に入りましょう」
フィ―ちゃんがチェリーちゃんを宥めて、お風呂に入れるのを手伝ってくれる。
「だーくも、いっしょに、はいるぞー!」
ロシータちゃんがダークちゃんに呼びかけると、ダークちゃんの顔が真っ赤になっていく。
「だっ、誰が一緒に入るかっ⁉ 風呂は一人で入るものだろう⁉」
そういえば、ダークちゃんは今、女の子の体になっているけど、もとは男の子だったのよね。
中身は今もずっと変わらずに、男の子なのかもしれないな。
そう考えると、皆でお風呂に入るのは抵抗があるのかもしれないわね。
ダークちゃんに言われて、ロシータちゃんとフィ―ちゃんが顔を見合わせる。
「えー! やだやだやだやだー! ろしーた、みんなとがいい――! みんないっしょは、たのしいんだぞ――――!」
「それはお前だけだ! 半妖精だって嫌に決まってるだろ!」
ダークちゃんの言葉に、フィーちゃんは不思議そうな顔をする。
「私ですか? 私は構いませんけれど……」
「えっっ⁉」
フィ―ちゃんの言葉にダークちゃんが硬直する。
「やったー! だーくー! わがまま、だめだぞー! “たすーけつ”ってやつだぞ!」
「やっ、やめろっ!」
ロシータちゃんがダークちゃんに飛びつこうとすると、その手は振り払われ、ダークちゃんはシルビア様の後ろに隠れてしまう。
シルビア様が呆れた顔で溜息を吐いた。
「ロシータ、嫌がる者に強制してはいけないよ。それは“悪い子”のすることだよ」
「そ、そうだぞ! 声が大きい奴はそうやって、いつも弱者の声をかき消すんだ――!」
強力な味方を得たダークちゃんは、少し強気になったみたいだ。
「ろしーた、わるいこじゃないぞ……ぶーっ。じゃあ、また、あしたはいろーねー! ゆみぃは――?」
ロシータちゃんが私をお風呂に誘ってくれるけど、明日の為に診療所のキッチンをもう少し片付けておきたかった。
「ごめんね。まだ片付けがあるから……」
「ええええ~~~~ゆみぃも~~~~?? ……じゃ、ゆみぃも、あしただぞ……ぜったいな……」
これまでロシータちゃんはお風呂に入らずに寝てしまう事があったけど、チェリーちゃんの面倒をみるようになって皆でお風呂に入る楽しさに気づいたみたいだった。
諦めたロシータちゃんがフィ―ちゃんと手を繋いで浴室に向かうと、ゆっくりとシルビア様が私を振り返った。
長いまつ毛をしばたたかせ、なんだか、おねだりする時の顔をしているような――
「ユミィは、私と一緒に入るよね?」
ん?
「は、ははははは、入りませんよっ!」
「え? どうして? 何故、私と一緒に入らないの?」
ええええ⁉ なんで、どうして、いきなり、こんな話に、なるのっ⁉
急な提案に私はアワアワしながら否定する。
シルビア様は心の底から不思議だと言うような顔をしている。
シルビア様は気づいてないみたいだけど、森での戦いを終えてから、シルビア様が私に対する距離感がなんだかおかしい気がするのよね……
私とシルビア様の間合いがジリジリと詰まってくる。
必死の思いでシルビア様の後ろに回り込むと、私はダークちゃんの肩を掴んでその背後に隠れた。
「こ、個別に入りたい場合もあるんです! ね! ダークちゃん!」
シルビア様がゆっくりと振り返り、私達へと近づいてくる。
途端に、空気が重くなった様に感じた。
「……そうなの……? ダーク……?」
シルビア様がダークちゃんの顔を直視する。
その瞳が一瞬黄金色に光ると、ダークちゃんの膝がガクガクと震え出した。
「ひっ! ……い、いや……その……あの……」
「(頑張れ! ダークちゃん!)」
後ろから小声で応援する。
「……ボ、ボクは……どちらでもいいかと……」
「(ダークちゃ――ん!!)」
私の応援むなしく、シルビア様の圧に押されたダークちゃんはあっさりと寝返った。
ニコニコしたシルビア様が、ダークちゃんの後ろに隠れていた私の腕を素早く掴んだ。
「……だってさ、ユミィ。……さ、一緒に入ろっか♪」
わわわわわ!
シ、シルビア様、さっき自分で『嫌がる者に強制してはいけない』って言ってなかったっけ??
こ、これは強制じゃないのかしらっ……⁉
……だ、駄目だわっ!
このままでは、なし崩し的にシルビア様の独壇場になってしまう。
「だ、駄目ですっ! シルビア様……! ギュー! か、お風呂か……どっちかなんですよ!」
自分でも何を言っているのかわからない。
だけど、私の言葉でシルビア様の手が緩んだ。
「ぎゅーって、だっこのこと……?? ……どっちか……なのっ?」
シルビア様が幼子が何かを我慢する様にキュッと口を結んで、切なそうに私を見る。
私はこの表情に途轍もなく弱い……
……でも、今は心を鬼にしなくちゃ……
そうしないと、私の頭はきっと爆発してしまうから……
「そ、そうです! どっちかなんですよ!」
シルビア様は首を傾げたり腕を組んだりして散々悩んだ挙句に――
「……そうか……仕方ない……お風呂はまた今度一緒に入ろう……」
と、名残惜しそうに言った。
私がホッとしたのも束の間、
「でも、後でギューは、いっぱい、してね!」
シルビア様は最大級の笑顔で言う。
その眩しい笑顔に、私はもう断る術を知らなかった。