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第77話 ティル・ナ・ノーグ

 穏やかなお茶の時間が終わると、シルビア様が一瞬で片付けをしてくれる。

 あっという間に異空間に消えていく円卓と入れ替わるように、診療所の中にあった精霊の木が私たちの前に現れた。


「この木を、跡地に植えるよ……さて。チェリーの力をかりたいな」

「ちぇりーの? でも、ちぇりー、ねてるぞー」


 すると、ロシータちゃんのポケットで寝ていたチェリーちゃんが「きゅー」と鳴いて顔を出した。

 獣化して全身がモフモフの毛皮で覆われているチェリーちゃんは、寝起きの熱でホッコリして更に温かそうだった。


「ちぇりー、おきたのかー? やれるか? いやなら、ろしーたがやってやるぞ」

「きゅぃきゅぃ♪」

「しるびー、ちぇりー、できるってー!」


 ロシータちゃんにはチェリーちゃんの言葉がわかるのね……すごいわ、私にはまだよくわからないな。


 ロシータちゃんがチェリーちゃんを抱き上げ地面に下ろすと、モコモコの毛皮を揺らしたチェリーちゃんが、よちよち歩きでシルビア様の足元へとたどり着く。


「だめだったら、いうんだぞー」


 お姉さんの顔をしたロシータちゃんが、少し心配そうにチェリーちゃんを見守っていた。

 シルビア様がしゃがみ込んで、チェリーちゃんの頭をそっと撫でた。


「屋敷の跡地を掘り返したいんだ。やってくれるかい?」

「きゅい!」


 チェリーちゃんが屋敷の跡地の中央まで移動し、桃色のポワっとした尻尾を左右に大きく揺らす。

 その途端、地の底から地鳴りのような大きな音が響いてきた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 ん? なんか……揺れてる?

 私の気のせいかな……?


 森の木々が大きく枝葉を揺らすのを見て、実際に地面が揺れているのだとわかる。


「なっ……なにっ、何が起きてるの……⁉」


 チェリーちゃんの周囲の土がボコボコと音を立て、大規模に掘り返したように盛り上がっていく。

 チェリーちゃんと診療所付近にいる私達の足元は不思議と平らなままだった。


「シ、シルビアさん、これは?」

「ごごご、ご主人様っ……⁉」


 フィ―ちゃんがシルビア様に尋ねる横で、揺れに耐えられないダークちゃんがフィ―ちゃんの手を握っていた。


「チェリーは土の精霊だから、土を操れるんだよ。今はその力で、跡地の地面を耕してくれているんだ」

「へ、へー……」

「チェリーがその気になれば、山一つぶんくらいの土を操るのは容易だろうね」


 知らなかった……

 チェリーちゃんがダークちゃんよりも強いって、こういう力を持っているってことだったのね……

 そ、そんなことよりも、もう立っていられないかも~~~~!


「どうしたの、ユミィ?」


 揺れに耐えられない私は、足が震える怖さで思わずシルビア様の手を握ってしまう。

 シルビア様は一瞬驚いた顔をしたけど、私の手を強く握り返してくれた。

 なんだか、その端正な顔がどこか楽し気に見えた。


「す、すみません。揺れが怖くて、つい……」

「それって、私の手を繋ぐと安心するってこと……?」

「そっ……そうかな……? ……そう、ですね……」


 大人なのにシルビア様に頼ってしまって、私は急に気恥ずかしくなった。


「そう……それは、愉快だね」

「なっ、何が起こってるのよっ⁉」


 シルビア様が楽し気に笑う声が、診療所の魔力窓から顔を出したカレンデュラさんによってかき消される。カレンデュラさんの後ろで、ブルーベルさんが怪訝な顔でこちらを見ていた。


「今から、精霊の木を植えるよ」


 シルビア様が二人に呼びかけると、チェリーちゃんが振る尻尾の動きが張り切ったように速くなった。


「ふん、ふん! ……きゅー。……ふん、ふん! ……きゅー。……」


 時折息を抜きながらチェリーちゃんはパッタパッタと尻尾を振り続け、ようやく地揺れが収まった時には、屋敷の跡地の土はフカフカになっていた。


 ロシータちゃんが跡地の真ん中にいたチェリーちゃんに大急ぎで駆け寄り抱きしめる。


「ちぇりー! よくやったなぁー!」

「ままぁ♪」

「えらいぞー。ちぇりーは、えらくて、いいこいいこ!」

「ちぇいー、えやーい♪」


 ロシータちゃんがチェリーちゃんを抱き上げて胸ポケットの中に入れる。

 チェリーちゃんは揺りかごにでも入れられたように「きゅー♪」と心地よさそうにひと鳴きした。


「チェリー、ありがとう」


 お礼を言ったシルビア様が、先ほどまでチェリーちゃんがいた屋敷の跡地の中央へ手をかざす。

 するとその場所に、転移魔法によって精霊の木が移植された。


「皆……魔法石を根元にまいてくれないか?」

「はい、わかりました」

「ボ、ボクのでよかったら」

「ろしーた、いっぱいだせるぞ!」


 精霊の木の根元に皆が魔法石をまいたのを見て、チェリーちゃんも口からピンク色の魔法石を「けふっ」と出してくれた。


「さ、やるよ。ユミィ」

「は、はい……?」


 シルビア様が先程よりも強く私の手を握った。

 私はよくわからないままに、シルビア様の端正な顔を見つめる。


 私達の周囲の空気が変わっていくのがわかった。

 風が止み、森のざわめきも、鳥のさえずりさえも聞こえなくなる。


 シルビア様が精霊の木に向かって手をかざす。


 薄紫の光が柔らかな若木を包み込んでいく。


 時魔法――


 歌劇場(オペラハウス)で、時間が止まった時のことを私は思い出していた。


 精霊の木は紫の光と地表の魔法石を吸収しながら、枝葉を広げ幹を伸ばしていく。

 いつの間にか集まってきた精霊ちゃんたちが、すごい速さで成長していく木の周囲を飛び交っている。

 精霊ちゃん達はそれぞれの属性の光を精霊の木の向かって放ち、その成長を助けていた。


「……綺麗……」


 見上げると首が痛いほどに成長した精霊の木が、目の前に(そび)え立っていた。


 幹と枝はパウダーブルーからペールラベンダーの間の色をしていて瑞々しく、葉は勿忘草の色から露草色、紺碧から蒼色へと、光に当たる度に常に複雑な青色を見せてくれる。

 葉と葉が風で擦れると、鈴を鳴らした様な美しい音が聞こえた。


「古代の妖精たちの国、常若の国(ティル・ナ・ノ―グ)は、この精霊の木そのものなんだ」


 シルビア様の説明に、枝から枝へ飛び移って遊ぶ妖精達の姿を思い描くことができた。

 きっとそこは楽園のような場所だったんじゃないのかな……


 圧倒される私と同じく、フィ―ちゃんとダークちゃんも頬を紅潮させて精霊の巨木に魅入っている。

 ロシータちゃんとチェリーちゃんは口をあんぐり開けて言葉が出ないようだった。

 診療所の窓からこちらを覗いていたカレンデュラさんとブルーベルさんも、目を大きく開いたまま動かない。


「ユミィ、力を貸してくれてありがとう」

「えっ……わっ、私、そんなすごいこと、していませんよ?」


 シルビア様は笑って首を振る。

 美しい黒髪が風に揺れてたなびいた。


「心を安定させないと、時魔法はうまく使う事が出来ないんだ」

「えっ」

「でも、ユミィが手を貸してくれたから、私は安心して使えたんだよ」

「……シルビア様……」


(シルビア様は、何もできない私に役割を与えてくれたのね……)


 その優しさにまた涙が出てきそうになる。


「うわーい!!! しるびー、ゆみー、すごーい!!!」

「ご主人様! 素晴らしいです!!!」


 ロシータちゃんはチェリーちゃんを頭に載せ、ダークちゃんと一緒に木の周りをぴょんぴょん走り始めた。


「シルビアさん、この木の上に家を作られるんですか?」


 頬を紅潮させたフィ―ちゃんが、驚きと喜びの混じった声でシルビア様に問いかけた。


「うん。と言っても、私たちが作るんじゃなくて、この子たちに作ってもらうんだけどね」


 シルビア様が地面に手を触れると、手のひらサイズのシルビア様にそっくりな土人形が土の中から姿を現した。


土人形(ゴーレム)だよ。これから皆でゴーレムを作って、その子たちに新しい家を作ってもらうんだ」


 シルビア様がニコッと笑うと、ゴーレムちゃんも同じ顔をして私の足にくっついた。

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