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第76話 新しい住処2

 お日様がてっぺんに昇った頃には、シルビア様から浄化魔法を教わった皆によって、屋敷の焼け跡はすっかり綺麗になっていた。

 浄化魔法を習うのと一緒に消失の魔法も習った皆は、残っていた焼け焦げた木や鉄屑を次々と消失させていった。


「わ~、すごい! どんどんきえるぞ――!」

「こっちに向けるな! トカゲ!」

「ちゃんと前を向いて唱えなさいよっ!」


 カレンデュラさんも時々ブルーベルさんのいる診療所の方を気にしながらも黙々と手伝ってくれて、あっという間に焼け跡は綺麗な更地になった。


 みんなを手伝いたいけど、魔法がまだ使えない私は手持ち無沙汰だった。

 焼けた木切れを一カ所に集めていると、ふいに透明な光に包まれる。

 キラキラと雪のように私に降り注いだ光は、こちらに指を向けているシルビア様の浄化魔法だった。

 炭で真っ黒になってしまった私の手と靴が、洗いたてのように綺麗になっていく。


「シルビア様……! ありがとうございます」

「ふふっ、お疲れ様。ユミィ、今度はこっちを頼めるかい?」

「あ、は……はい!」


 微笑んで皆のところに戻るシルビア様は、私が炭と奮闘する様子を見てくれていたのかもしれない。

 シルビア様が円卓と椅子、ティーセットを出してくれたので、皆が頑張ってくれている間にそれらを整え、お茶の準備に取り掛かった。

 準備といってもシルビア様が出してくれたものを並べていくだけだから、ほとんどすることはないけれど、じっと座っている事が性に合わないのよね。

 シルビア様もまだ皆に魔法の手ほどきをしているし、私がクルクルと動き回って、準備を終えられたら最高だわ。

 そう思っていると、並べようとして取ったスプーンが手から滑り落ちていく。


 あ、あれ?

 いけない、いけない……手から力が抜けてしまったのかな……


 シルビア様がティーセットを二組出してくれたので、片方をクッキーやマフィンの載ったお皿と一緒にトレイに準備をした。


「これ、どうぞ」


 そばで作業していたカレンデュラさんに声をかけるけど、ぷいと横を向かれてしまう。


 あれ? 聞こえなかったのかな?

 でも、この辺りはあらかた綺麗になってきたから、留まってくれているということは……


「シルビア様が用意してくれたので。ブルーベルさんと一緒にどうぞ」 


 カレンデュラさんはとても驚いた顔で私を振り返ると、目を逸らしながらもトレイを受け取ってくれた。


「………………ありがと………………」


 颯爽と診療時の中に入って行くカレンデュラさんの横顔が、少し赤くなっている様な気がした。


 声をかける時はドキドキしたけど、そんなに緊張する必要はなかったのかも。

 お礼を言ってもらえた事が嬉しくて、ホッと胸をなでおろす。

 戦いが終わって仲間になれたから、早く馴染めるといいな。

 フィ―ちゃんも妖精の国の事を色々と聞きたいと思うし、こうやって毎日すこしずつ話しかけていけば、いつの間にか慣れてくれたりして。

 妖精国のことや、その周辺の人間国の事、まだ知らない事をカレンデュラさんたちから聞いてみたいのよね。

 きっと彼らにも何か事情があったのかもしれないから。


 そんな事を考えていると、あっという間にお茶の支度が整ってくる。


 ポットは冷めないようにカバーをかけ、取り皿を人数分に並べて、お菓子をどこからでも手が届くように大皿を何枚も使って配置する。

 みんな色々な種類が食べられるますようにっと……


「みんな、お疲れ様! お茶が入ったよ。休憩にしよう!」


 作業を終わらせた皆に声をかけると、ロシータちゃんがこちらに一直線に駆けて来た。


「わーい! ゆみぃ、すきすき~~~~~~!!!」

「トカゲ、押すんじゃない!」

「ろしーた、いっちばーん! ちぇりーが、にばーん! だーくにかったー!」

「うっ……うそだっ……! 今のは不正だぞっ! 狡い手を使うな!」

「ずる……? ――ろしーた、ずるっこじゃ、な~~い!」


 ロシータちゃんとダークちゃんがギャアギャア言い争いながら席に着くと、振動でカップとお皿がカチャカチャと揺れる。


「ふたりともやめなさ~い!」

「トカゲ、うるさいぞ!」

「だーくが、ろしーたに、ずるっていった!」


 睨み合う二人の周囲の空気が変化している。

 ダークちゃんの足元の影は濃さを増し、ロシータちゃんの伸ばした舌先がチリチリと燃えだした。


「もう……! 喧嘩する子は、おやつ無しだよ」


 定番の言葉をかけると、ロシータちゃんとダークちゃんの動きがピタッと止まる。


 あれ……?

 弟とお菓子を取り合った時に母さんに言われた言葉が、こんなに効果があるなんて驚きだわ……

 うふふ。私にも使える魔法があったのね。

 ちょっと嬉しくなってきちゃうわ。


「けんかしないぞ! ろしーた、だーくより、おねえさんだから!」

「……」


 ダークちゃんが、もの言いたげな目つきでロシータちゃんをねめつける。

 お菓子の手前、ダークちゃんは大人になる事を選んだみたいだね。

 こっそりと自分の方にお菓子のお皿を寄せているけど……


「ユミィさん、準備していただいてありがとうございます」


 すっかり浄化魔法の達人になったフィ―ちゃんが、子供たちの様子を見て手伝おうとしてくれる。


「お疲れ様。座って座って。はい、これフィーちゃんのぶん」


 カップを渡され私に無理矢理着席させられたフィーちゃんは、一瞬目を大きく開いたけど、照れたように笑ってくれた。


 フィーちゃんに渡したカップの他に、もう一つカップが残っているわね。


 あと残り一つのティーカップは……

 あれ? そういえばシルビア様は……?


 屋敷の跡地のほうに視線を向けても、そこには誰の姿も見えない。


 シルビア様が……いない……?


 不安と寂しさが心に浮かんで、シルビア様を探しに思わず足が動いた。

 駆け出そうとした私の両肩に、真っ白な手が置かれる。

 温かい闇の中にすっぽりと包まれたような感覚は、不思議と私に安心感を与えてくれる。

 この闇に飲み込まれるのは、ひどく心地良くて、ずっと包まれていたいような――


「ありがとう、ユミィ。さ、ユミィも座ろう」

「えっ? えええっ⁉ は……はい……」


 突然背後から現れるから、全く動向が読めなかったわ……

 そのお陰で、いつもドキドキしちゃうのよね……


 ……それが嫌ってわけじゃないんだけど……


 円卓に並んだ紅茶とお菓子、軽食を皆で囲んでいると、ただのどかな日常が続いていたみたいだった。


「新しい住処に、乾杯」


 シルビア様がソーサーを左手で持ち、右手にティーカップを掲げる。


「おー!」


 ロシータちゃんがソーサーごと持ち上げたカップからソーサーに紅茶が零れる。

 ロシータちゃんの胸ポケットにいたチェリーちゃんが顔を出し、ペロリとソーサーの紅茶を舐めた。


 フィ―ちゃんがダークちゃんに向けて「乾杯!」と言い、ダークちゃんが照れくさそうに頷く。


 私も「乾杯」と言って、紅茶を口にする。


 花の香りがする紅茶は、ホッとする優しい味がした。

 みんなが笑いながらお茶を飲み、クッキーを食べている姿を見ると、さっきまで命をかけて戦っていたなんて嘘の様に思えてくる。


 紅茶の温かさと、シルビア様の闇に抱かれた感覚が胸いっぱいに広がって、思わず涙が零れそうになった。


(……私……緊張してたのね……)


 ――怖かった。


 戦うなんて、初めてのことだったから……


「死」とか「殺す」なんて言葉を聞く度に、心臓がバクバクした。


 みんな無事でよかった――


 涙が流れないように目を閉じて紅茶を口にする。

 目を瞑ると、聞こえてくるみんなの声が胸の中に染みていく。

 慣れていた普段通りの日常が、とても愛しく感じる。


「ユミィ……あーん!」


 しみじみとしていると、シルビア様がケーキスタンドからクッキーを一枚取って私に差し出してくれる。


「いつも、してもらってるから、ね?」


 シルビア様は小さな女の子のように、はにかんだ笑顔でこちらを見つめていた。


「……」


 何も考えずに、反射的に口を開くとシルビア様が嬉しそうにクッキーを入れてくれる。


 甘い味が身体中にに広がっていって、その途端に我慢していた涙がポロっと零れた。


「ユ、ユミィ⁉ ど、ど、どうしたのっ?」


 オロオロとシルビア様が慌てだす。

 頬に手を添えて、ハンカチで必死に涙を拭ってくれるシルビア様に身を任せる。

 温かい気持ちになって自然と涙は止まっていた。


「いえ……目にゴミが入ってしまって……もう取れたから、大丈夫です」


 いつもの生活、普段の日常。

 それが尊いことだって気づくのは、失ってからなんだ。


 皆が笑い合ってるこの光景が、変わらなくてよかった――


 そのことに感謝していると、胸の中から温かさがどんどん広がっていくのがわかった。

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