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第71話 森での戦い5

 ブルーベルとシルフィードが対峙する静かな広場に、突然、不自然な音が響いた。


 パリン――


 ブルーベルの右手につけたオレンジ色の腕輪が、高い音を立て割れる。

 割れた腕輪はブルーベルの手から零れ落ちると、地面に落ちて溶けるようになくなった。


 お互いの持てる最高の精霊力を付与し、カレンデュラと交換しあった腕輪が――


「カレンデュラの気配が……消えた……?」


 シルフィードと対峙していたブルーベルが、苦痛を感じたように表情を歪めた。


「シルフィード様……あなたのご友人は、一体何をしたのですか?」


 ブルーベルの氷のような視線を、シルフィードは真っ直ぐに受け止める。


「……わかりません……でも、私は皆さんを信じています。みんな、私を守ろうと全力で貴方達と戦おうとしてくれています。だから、私は逃げも隠れもしません」


 森の木々がシルフィードの精霊力に反応してざわめく。

 シルフィードの体内の魔力と精霊力が高まっていくのをブルーベルは感じた。


「ご立派なことですね。ですが、私のカレンを手にかけたこと……(ゆる)すことはできません」


 ブルーベルが右手を振り上げる。

 突如現れた巨大な水球が、シルフィードの結界を包み込んだ。


「人間は、どのくらい呼吸せずに生きていられるかご存じですか?」


 シルフィードが表情を曇らせる。

 結界を覆った水球は、じわじわと内部に染み込んでいき、その度に息苦しさが増していく。


「よくできた結界ですが、まだまだ未熟なようですね。ところどころに荒がある。この水は結界を包みながら侵食し、内部の酸素を奪い取ります。どうです? 段々と呼吸するのが苦しくなってきたでしょう?」


 シルフィードはブルーベルを睨みながら、胸の前で祈るように手を組んだ。

 シルフィードの結界の周辺から風が巻き上がり、ブルーベルの水の膜を弾こうとする。


「ははっ……無駄ですよ。半妖精の精霊力で、本物の妖精に勝てるとお思いですか?」


 ブルーベルは足元の魔法石をゴミのように蹴散らした。


「これで“減退”の魔法陣を作っていた様ですが、貴女様の精霊力では私に傷一つ、つけることなどできな――」


 ブルーベルの足元から風が舞い上がり、つむじ風となって魔法石をまき上げていく。

 高速の風の中で、一際強い魔力を帯びた黄色の魔法石が、触れたブルーベルの結界を激しく帯電させた。


「ぐっ……!」


 ブルーベルが思わず足を踏ん張る。その威力は予想していたものよりも遥かに大きい。

 シルフィードとは違う魔力に包まれた魔法石は、術者の魔力が規格外だということを示していた。


「時魔法師の魔法石か……? そうか……カレンデュラはコイツに……」


 ブルーベルが笑い声を上げた。


「いいでしょう、シルフィード様。お仲間と一緒に殺して差し上げます。……大丈夫ですよ、

 後ほど光魔法で蘇生させますから。傷も癒して差し上げましょう、死なない程度のところまでね」


 ブルーベルが広げた右手を握りしめると、結界を飲み込む水の力が強まる。

 シルフィードが苦し気に顔を歪めた。


「もう、その結界の中の空気も持たないでしょう。だけど赦しを請うたとて無駄ですよ。私のカレンを傷つけたのですから、苦しんで死んでください」


 つむじ風がブルーベルの結界を取り巻くが、強化した結界には効果がない。


「……っぁあ……っ!」


 苦し気だったシルフィードは意識を失ったように倒れ込む。

 目を伏せ横たわるシルフィードの結界は消滅していた。


「……他愛もない」


 ブルーベルは展開していた水魔法を解除し、倒れたシルフィードに近づいた。


 シルフィードの頭を足で押し仰向けにすると、蒼白な顔は血の気を失っているようだ。


「死にましたか? 生きていても殺しますが」


 ブルーベルがシルフィードに右手を向ける。

 一瞬、あどけなさが残る少女の髪が煌めいた。


 ゆっくりとシルフィードは目を開け――


 静かに微笑んだ。


「何を――」


 言いかけたブルーベルの頭上に、浮遊魔法で浮き上がっていた無色の魔法石が落ちてくる。

 その途端、ブルーベルの周りの結界が弾けた。


「無属性――無効化の魔法石かっ!」


 足元の土が割れ、はい出た木の蔦がブルーベルの足に絡みつく。


 ブルーベルが振り払うよりも速く、森の中に巨大な銃声が鳴り響いた。


 ***


 そよ風に揺れる木々の間を、幼い精霊達が忙しそうに飛び交っている。

 ロシータとカレンデュラの戦いで森に燃え広がった火を、そこに住まう幼い精霊たちが、力を最大限に働かせ鎮火していた。


「なぁ、だーく……。こいつ、しんじゃう?」


 戦いを終えたロシータがダークに尋ねる。

 二人の前には黒焦げになり、ピクリとも動かないカレンデュラがいた。


「……まぁ、このまま放っておけば死ぬだろうよ。……というか、お前……強いな……」


 先程のロシータとカレンデュラの戦いを影から見ていたダークは、その凄まじさに震撼した。

 命を奪う事に何の躊躇いもないカレンデュラの炎と、更にそれを上回るロシータの炎とスピード……


(ボクだったら、あんな風に戦えない……)


(ご主人様が戦いをよく見ておけと言ったのも頷ける……)


 思案するダークをよそに、ロシータがダークの服の中に手を入れ、ゴソゴソと手探りする。


「わっ! なっ、何だっ⁉ 何やってるんだっ、トカゲッ!!」


 ただでさえロシータは一糸まとわぬ姿なのに、近づいて触られまくるのではたまらない。

 ダークは真っ赤になりながら抵抗した。


「やっ……! やめ……ろっ!」

「んー……ないなー……」


 ダークがロシータを振り払い、自身の黒い外套(マント)を脱いでロシータに押し付ける。


「……こっ、これを着てろっ! いっ、一体、何を探してるんだっ⁉」

「ひかりの、まほーせき。しるびーに、だーく、もらったやつ! こいつに、つかおー!」


 ダークの外套(マント)を羽織ったロシータは、黒焦げになったカレンデュラを指さす。


「ばっ! 馬鹿かっ! お前、今コイツと戦ったばかりだろう? 光魔法で回復させてどうする⁉」


 問いかけるダークにロシータは誇らしげに言う。


「こぶん、にする。かれんでゅら、ろしーたにまけた。だから、ろしーたのこぶん、だ」

「駄目に決まってるだろう⁉ 何考えてるんだ! こいつはボクたちを殺そうとしたんだぞ⁉」

「こいつ、おしごとだって、いってたぞ。だから、わるいこ、じゃない」

「……トカゲ、お前……」


 ダークは、たどたどしさとは裏腹に、ロシータの言葉がただの思いつきや気まぐれではないと気がついた。


「こいつ、ろしーたの、こぶん。だから、ろしーた、こいつたすけるんだぞ!」


 紅色の目に強い光を宿らせたロシータの勢いはダークを圧倒する。


 ダークは疲れた様に溜息を吐いた。


「……わかった……ボクだけじゃコイツに勝てなかったしな……ただし――」


 ダークは自分の首輪を外してカレンデュラに装着する。


「なんだぁー、これ?」

「隷属の首輪だよ。ご主人様の眷属になったから、ボクと……契約主との契約は解消されたけど……多分、まだ使える……」


 カレンデュラにつけた首輪が黒く光り出す。

 ダークが首輪に右手を向ける。


「我が名はダーク。闇の力をもって、我ここにカレンデュラと主従の契約をす」


 カレンデュラの身体が闇の色に光る。


「あっ、だーく、えいしょう、しないんじゃなかったかー?」


 ダークが顔を赤くしてロシータを睨みつけた。


「うるさい! まだそんなに上手くできないんだよ! ほらっ!」


 ダークがロシータに光の魔法石を放り投げた。


「やったー! だーく、やさしいな!」

「ふんっ!」


 ロシータがカレンデュラの真上で光の魔法石を指で砕く。

 魔法石から出た光は拡散し、キラキラとカレンデュラに降り注いだ。


 真っ黒に焼け焦げたカレンデュラの身体に瑞々しさが戻って来る。

 炭化した肌はもとの皮膚に再生し、波打つオレンジの髪も後ろに流れた。


 カレンデュラは見る間に回復し、目を開く。


「……アタシ……負けた……のね……」


 ふらつきながら身を起こしたカレンデュラが首元に手を添える。

 首輪が何を示すのかを悟り、諦めたように自嘲した。


「ああ。お前も強かったけど、トカ……ボクたちの方が一枚上手だったな」

「かれんでゅらー! おまえ、きょうから、ろしーたの、こぶんだぞー!」


 ロシータがピョンとカレンデュラの膝の上に乗ると、カレンデュラが顔を(しか)める。


「ち、ちょっと、やめてよ! アンタその外套(マント)の下、素っ裸じゃないのっ!」

「かれんでゅらが、しるびーのおよーふく、ぼーぼーにしたんだぞー!」

「もうっ! 仕方ないわね!」


 カレンデュラがロシータに指を向けると、途端にロシータは愛らしいエプロンドレスを纏った姿になる。

 赤いワンピースの上に周りを花柄で縁どった真っ白いエプロンは、ロシータの髪色に良く似合っている。


「おおっ! かれんでゅら! すごい!」

「精霊力で作った服よ。こんなの大したことないわよ。アンタも精霊の端くれなら作れるはずよ」


 面倒臭そうに、だけど満更でもなさげにカレンデュラが言う。


「そうなのかー⁉ でも、ろしーた、できないぞー! ねーねー、ぽけっともつけてー。おっきーの!」

「もうっ! なんなのよ、アンタ!」


 さっきまで敵対していたのに、とことんペースを乱してくる相手にカレンデュラは困惑した。


「ろしーたは、かれんでゅらの、おやぶん、だぞ!」


 ぽけっとぽけっと、とカレンデュラに縋り付くロシータをカレンデュラは困り果てたように見る。


「カレンデュラ、諦めろ。そして、うるさいからポケット作ってやってくれ」

「なんなのよ、一体……。おままごとに付き合わせないでよねぇ……」


 ダークに逆らえないカレンデュラがロシータの服に指を向けると、胸部分に大きなポケットがついた。


「やったー! ここに、ちぇりー、いれるぞー!! かれんでゅら、すごーい!」

「……やってられないわ――」


 カレンデュラは受け入れられない状況に疲れを覚え、額に手を当てる。


 その瞬間、森中を轟かす銃声が響いた。


 嫌な予感がしてカレンデュラは駆け出す。

 ロシータとダークも急いで後に続いた。


 ルー様――


 彼に何かあったなら、もう生きてはいけない。



 カレンデュラは背から展開させた薄紅色の羽を宙へと羽ばたかせる。

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