第6話 奴隷商人の罠 ☆
「い……いや……! うっっ!」
右足を絞めつける重い鉄製の罠。
驚いて身動きすると、あっという間に右足は血に染まっていく。
「いっ……痛ぁ――!」
この罠……動けば動くほど足に食い込んできてる……
焦ってはだめだ……落ち着いて……落ち着いて罠を開かなくっちゃ……
しゃがんで一生懸命両手に力を入れるけど、罠は取れる気配がない。
「なんでっ……こんな罠がっ……!」
呟いた声は自分が思う以上に苦し気な響きをしていた。
罠を仕掛けるのは、十中八九、人間の狩人だと思うけど……
「わたしなんか捕まえても、何もならないのにっ……!」
地面に固定されている罠を無理矢理引き抜く。
信じがたい痛みが走ったけど、どうにかこうにか地面から引き抜くことはできた。とても痛かったけど……
だけど、足からはどうやっても外すことができなくて……
「っ……どうしたら外れるの……?」
右足から出続ける血がドクドクと止まらなくて痛々しい。
こうなったら、最後の手段を使うしかないわね……
「心配かけちゃうけど……ルネに助けを求めよう……」
『ユミィ、何やってんだよ……』とか言われちゃうんだろうな。
『だから言っただろ』とか、『当分家から出るなよ』とかも……
情けないけど背に腹はかえられない。
「ルネ、たすけ――」
途端に、叫ぶ声はかき消されてしまう。
鈍い光を放った罠に、わたしの力が吸い取られていく様な感じがした。
これ……魔道具なのっ……⁉
「……大声を消す魔法がかけてある……の?」
捕らえた獲物が助けを呼べないように。
思うように罠を外せないのも、動きを封じる魔法がかけてあるからだとしたら……?
わたしの住むルビスティア王国では魔道具は魔法師や魔道具師といった専門職が作る高価なものだった。
だから魔道具を使うのは、貴族や王族といった特権階級に限られる。
一般庶民は高価な魔道具なんて普通は使わないけど、例外はあった。
その可能性に思い至って、背中を冷や汗が伝う。
恐怖で体が震える。
高価な魔道具を使って、残忍に獲物を捕らえるのは――
「おおっ! 何か捕らえたな! 獣人か?」
草を分け入る音がして、現れたのは狡猾そうな顔をした人間の男だった。
中年の男は、子ドラゴンの皮のケープを纏い、ターバンをしている。
その身に着けているもののどれもが、密漁の臭いがした。
奴隷商人――
わたしたち獣人にとって、恐怖そのものの存在。
ある日突然どこからともなくやってきて、獣人たちをさらっては売り飛ばすことを生業にする者たち。
男は魔法で動けないわたしに近づくと、顎をつかんで鞄から取り出した水薬を飲ませはじめた。
「いやっ! やめてっ!」
「獣人は鳴くとうるさいからな。しばらく声をつぶさせてもらうよ」
口に無理やり押し込まれた瓶から水薬が流れ、喉が痛いほど焼けていくのがわかった。
痛みと苦しさで涙を流すわたしを見て男は口を歪めて笑うと、取り出した鉄の首輪を手早くつける。
隷属の首輪――!
身に着けると思考が阻害され、着けた者の言うがままにされてしまう怖ろしい魔道具。
奴隷商人が使う道具の中で一番気をつけなければいけないものだと伝え聞いていたのに、あっさりと首にはまっていく。
やめてっ……!
そう思うのに、自分の意志では逃げ出すことができなくて。
嫌悪感と恐怖を浮かべるわたしを見て満足したのか、男は足の罠を外して「歩け」と命令した。
わたしは足を引きずりながら、曇り空が広がる山道を奴隷商人の後に続いて下りていく。
山道を下りて竜鳥車の荷車に乗せられ、奴隷商人の拠点とみられる古い屋敷へとたどり着いた。
「早く歩け!」と命令され、痛む足を引きずりながらなんとか屋敷の中へと入る。
……せめて、怪我を治してよ……
そう叫びたいけど、焼けただれた喉からは声を出すことができない。
引っかいたり、噛みついたりして抵抗したいのに、隷属の首輪が全ての力を奪っているようで何もする事ができなかった。
首輪をつけるなら、喉を焼く必要なんてなかったのにっ……
これでは逃げられたって助けを呼ぶことなんてできない。
なんで……どうしてこんなことになっちゃったんだろう……?
くやしい……嫌だっ……誰かっ……!
わたしの叫びは声にすることもできずに、零れ落ちる涙になって消えていった。
奴隷商人の拠点は、昔貴族が住んでいたであろう古い屋敷だった。
その大広間には屋敷に似つかわしくない鉄製の巨大な檻があって、見た瞬間に獲物を入れておくものだと理解する。
檻の中にはわたしと同じ隷属の首輪をつけた獣人たちが沢山押し込められていた。
ざっと見た感じで30人はいるかもしれない。
閉じ込められる恐怖で身を震わせると、それに気づいた奴隷商人に鼻で笑われ頬を張られる。
あっというまに檻に押し込められ、扉が閉まる音が響いた。