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第68話 森での戦い2

 ああ……息って、どうやって吸えばいいんだっけ……? 

 落ち着け……落ち着くのよ、ユミィ……


 目を閉じて、深呼吸を繰り返す。 


 シルビア様と私は、森の広場の北側の茂みに身を隠していた。


 フィ―ちゃんも私達と同じように、広場南側の奥に(ひそ)んでいる。

 敵が来ると同時に姿を現す予定だ。


 シルビア様が広場全体に配置したロシータちゃんとダークちゃんの魔法石は、私達の気配を巧妙に隠してくれていた。


「――時間だね」 


 そう告げると、シルビア様が時計花から五枚の花びらを引き抜いた。

 妖精達に与えられた十分が経過してしまった。

 今から五分間で決着が着かなければ、私達には逃げる選択肢しか無くなる。 


(もしかしたら……逃げる事さえ、できないかもしれない……)


 最悪な展開が頭の中で描かれて、心臓が早鐘のように鳴り出す。

 緊張で強張る私の背を、シルビア様の小さな手が、安心させるように撫でてくれる。


「ユミィ、これを飲み込んで」


 シルビア様が腰の瓶から取り出したのは、透明な魔法石だった。


「身体強化の魔法石だよ。一つしかなかったから、ユミィに使ってほしい。短時間だけど、ユミィの本当の力を引き出してくれる」

「私の本当の力……?」

白狼(フェンリル)本来の力だよ。今はまだ魔法は使えないけれど、戦う力や駆ける力なんかのね。ユミィは誰よりも速く走れるよ……風のようにね」

「シルビア様……」


 こんな時でも励ましてくれるシルビア様に泣きそうになる。

 シルビア様だって不安なはずなのに……


「私に、任せてください! 私がシルビア様をお守りします!」


 シルビア様はきょとんとして笑った。


「うん。ありがとう、ユミィ」


 飴玉のような魔法石を口にすると、あっという間に溶けて吸収されていくみたいだった。

 体が熱くなって、全身に力がみなぎる。

 今なら重い物を軽々と持ち上げることも、どこまででも走っていくことも、できるような気がした。


「……ユミィ、近くの木に身を寄せて。気配が紛れるから」

「は、はい……」


 シルビア様は私の前にしゃがんで敵を待つ。

 今のシルビア様には重い魔道銃を持つのがやっとのようで、私は後ろから両腕で包み込むようにシルビア様を支える。

 お互いの鼓動が聞こえる。


 こんな時なのに、シルビア様に触れられて嬉しいと思ってる私がいる……

 シルビア様の魔法石のお陰で、身体の指先まで感覚が研ぎ澄まされる感じがした。


「撃つ瞬間、合図はできない。敵に気づかれてしまうからね。私が構えると同時に手首を力いっぱい握ってくれ」

「はい!」


 今の私なら、シルビア様を支えられるはず……!


 私の迷いのない返事を聞いて、シルビア様は微笑む。


「ありがとう。ユミィ……呼吸を合わせてごらん。君と私の鼓動が重なった時、気配は消えるだろう」


 泣いているようなその笑みを見て、この人の中に溶けてしまいたいと思った。



 ***



 激しく燃える屋敷の炎から火の粉が飛び散り、診療所の上にいるカレンデュラとブルーベルの周囲を舞い上がっている。


「あらあら、十分経っちゃいましたね」


 後方の火事など気にも留めず、花びらを取った時計花をカレンデュラが投げ捨てる。


 二人が迎えに来た妖精国の姫は、ついに姿を現さなかった。


 時間が来たことを知らせる甘い魔力の香りが辺りに漂い、一瞬風が舞って花びらがカレンデュラの髪を飾った。

 自分とお揃いの身体強化の腕輪をつけたブルーベルの右手がその花びらを取ってくれる。

 頬を赤くしたカレンデュラは熱っぽくブルーベルを見つめた。


 流れるような美しい水色の髪はブルーベルの端正な顔を彩り、いつもカレンデュラの目を釘付けにする。

 ブルーベルとお揃いなら、この味気ない深緑色の軍服も着るのが楽しく思う。


「約束通り、小娘ちゃんたちを始末しちゃいましょ。姫様には気の毒だけど」

「ああ。だが、シルフィード様もこれで心置きなく妖精国へと向かえるだろう。親しい者など必要ない」

「それもそうですわね♡ あ、帰ったらルー様とデートがしたいですわ♡」

「また貴様はくだらん戯言を……!」


 カレンデュラの言葉を聞いたブルーベルが、彫刻の様な顔の眉をひそめる。


「……仕事中だぞ……」

「ごめんなさーい」


 ブルーベルは立ち上がろうとするカレンデュラに手を貸す。

 カレンデュラの方がブルーベルよりもがっしりして体格がいい。

 だけど、ブルーベルはいつもこうしてカレンデュラに手を差し伸べてくれる。

 だから、つい仕事中でもその辺りに腰掛けてしまう。

 ブルーベルが手を貸してくれる事をいつも期待して……


 起き上がったカレンデュラにブルーベルが背を向けて言った。


「……前に訪れた、ラクロ渓谷にでも行ってみるか」


 清澄な水が流れるラクロ渓谷は自然力(マナ)に溢れていて、月の輝く晩にその地を訪れた妖精は、月光から自然力(マナ)を取り込んで自身の精霊力を高めることができた。

 以前、ブルーベルが戦場で精霊力を失ったカレンデュラを連れて行ってくれた場所だ。

 あの時は精霊力を取り込むのが精一杯で、渓谷の美しさをじっくりと見ることはできなかった。


 また訪れたいと言ったカレンデュラの言葉を、ブルーベルは覚えていてくれたのだ。

 思いがけない言葉に、今すぐ後ろから抱きつきたいのを必死の思いで抑え込む。


「約束、ですよ!」


 浮足立つ心を誤魔化すように強く返した言葉は、喜色が(にじ)んでいた。

 カレンデュラはオレンジ色の髪を躍らせて、診療所の屋根から飛び降りる。


「そうと決まれば――さっさと片付けさせてもらうわっ♡」


 地に降り立ったカレンデュラは、その場でゆっくりと目を閉じた。

 そして、姿の見えないシルフィードたちの魔力を探ろうと、神経を研ぎ澄ませる。

 森の出入り口から南に向かって、少女たちの気配はかなり散らばっていた。


(もしかして、魔法石でもばらまいたのかしら……?)


 カレンデュラは、分散された魔力の一つ一つはとても小さいことに気が付いた。


(なかなか賢いじゃない……だ・け・ど)


 カレンデュラの背に生えた羽が、光を(まと)い始める。

 自身の精霊力が具現化したそれは、周囲の自然力(マナ)を取り込み、精霊力へと変換させる。

 自身の体内で増幅した精霊力を、カレンデュラは意識として森に張り巡らせた。


(手のかかるオヒメサマねぇ……――あら、そこね♡)


 無視できないほどの大きな気配を二つ、捉えることができた。

 そのどちらからも、強い風の精霊力が感じられる。

 他の者たちは意図的に気配を消しているのかもしれない。

 カレンデュラは少し身を構えた。


(まぁ、いいわ)


 主に二つの地点から、シルフィードの気配を感じた。


 森の南へと向かう一本道を直進した先と、一本道の途中から右折し、西へと向かった先だ。

 西側のシルフィードの気配の方が小さいが、直進した先の気配が作られたものだという可能性もある。

 戦力を二分する事になるが、森の南にある気配はブルーベルに任せ、カレンデュラは分岐点で西へと向かう道を選択する。


(アタシ達は強いから、負けるはず無いわ)


『皆殺しにする』とブルーベルが言ったのは、別に誇張でも何でもない。

 人間の国との戦いで、戦場では常に最前線に自分達はいる。


「私が邪魔者を排除しますわ、ルー様♡」


 カレンデュラは颯爽と森を駆け抜けた。


 ***


 カレンデュラに続き、ブルーベルも診療所の屋根から地面へと降り立った。

 精霊力で織られた軍服と精霊力の固まった羽は、ブルーベルたちに現実感の無い身軽さを与えている。

 足音一つ立てずに着地し改めて森を見回すと、森中にいる多くの幼い精霊達が息を(ひそ)めているのが感じられた。

 自然力(マナ)の溢れる森に住む精霊達は、ブルーベルとカレンデュラが森に足を踏み入れるまでは、まるでこの地が(いこ)いの場であるように、楽し気に森中を飛び交っていた。


「迷いの森、か……」


 妖精国からの使命を受け、シルフィードの故郷の村から彼女の魔力行使跡を辿った。

 行きついた森に足を踏み入れた途端、自分達の手に負えない魔術がかけられていると気づく。


 引き返して収集した情報から、森に住まう時魔法師がかけた魔術ということがわかった。

 相当な手練れであろう時魔法師が、シルフィードと懇意になり、彼女の引き渡しを拒否したら厄介だと思ったが……

 蓋を開けてみれば時魔法師の姿は無く、森に居たのは、人間の子と獣人たちに魔力の低い魔族だけだった。


 戦闘にはならないと思ったが、まさかシルフィード本人が手向かうとは……


「愚かな……」


 シルフィードが使った魔力の行使跡から見て、魔法や精霊力が使えるようになったのは、ごく最近の事だろう。

 だからといって、相手の力量も測れないのでは、先が思いやられる。

 シルフィードが投降しないと決めた今、残された道は仲間達との死別しかない。


「まったく……人間というものは、諦めが悪い……」


 妖精国に幾度も戦争を仕掛けてくる人間たち。

 シルフィードが思うままにならないのは、その人間の血を引いているからか、それとも気まぐれな妖精王に似てしまったのか……


 ため息を吐き、森の中に意識を向けると、違和感に包まれる。


「気配が予想よりも分散している……?」


 風の気配は二つに分かれ、火と闇の気配が森中に広がり、ブルーベルの意識を集中させにくくしていた。


小癪(こしゃく)なことを」


 気配を隠そうと魔法石をまいたところで、こちらの優位に変わりは無い。


 分岐点で右に曲がったカレンデュラを見送り、自身は直進の道を辿(たど)った。

 しばらく直進すると、木々の無い開けた場所が見えてくる。


 広場を囲む雪柳の白い花が、ブルーベルを呼ぶ様に風に揺れている。


「これは……」


 広場には魔法石が無造作に落ちている。


(いや、違うな……)


 ブルーベルが注視すると、魔法石の置かれ方には法則があると気がついた。

 それはまるで、陣を描くように放射状の円形を描いている。


(減退の魔法陣か……)


 敵の魔力・精霊力を著しく下げる、戦場でよく使われる魔法陣だった。


 あまりにも稚拙な罠に、ブルーベルの口は弧を描いた。


(愚かな……)


 一笑すると、手早く自身に結界魔法をかけていく。

 相手が戦う姿勢を見せている以上、こちらにどれだけ勝算があっても、守りを(ないがし)ろにしない用心深さがブルーベルにはあった。


「シルフィード様、いらっしゃるのでしょう? お姿を現してください」


 ブルーベルの呼びかけに、広場の奥の木陰からシルフィードが姿を現した。


「素直に出てきて頂けて、安堵しております」

「……貴方には、私の小細工など無駄な事でしょう……」


 ターコイズグリーンの髪が風に流れて、瞳は怒りから湧き上がる生命力に溢れていた。

 身にまとった(くるぶし)まである白いワンピースは、シルフィードの精霊力が滲み、不思議な色合いに染まっている。


「私とともに妖精国へ参りましょう」

「……嫌です……貴方たちは私を利用しようとしているだけです」


 静かだが抑えきれない怒気が、シルフィードを包んでいる。

 ブルーベルは面倒そうな顔で腕を組み、人差し指でトントンと二の腕を叩いた。


「利用されることの何がいけないというのですか? 必要とされているということですよ。半妖精(ハーフエルフ)の貴女は、人間界では爪はじき者だ。先程のお仲間も、貴女を置いて既に逃げ出したのではありませんか? たとえ森に潜んでいるとしても、貴女方では軍人の我々に敵うはずはありません」


 ブルーベルの口調は子どもに諭すようだった。


「それは……やってみなければわからない事です……それに、人間界で駄目だったからといって、妖精界で受け入れてもらえるとは限りません」


 (かたく)ななシルフィードの様子に、ブルーベルは呆れた様に肩をすくめる。


「確かに半妖精(ハーフエルフ)は妖精国でも(さげす)まれる存在ですが、貴女が妖精国の姫として人間国に嫁げば、妖精国と人間国とのくだらない戦争は終結するのです。両国の架け橋となった貴女は、妖精国でも人間国でも英雄視される。これ以上ない(ほまれ)ではありませんか。貴女にも居場所ができるのですよ?」


 目の前の少女には妖精王の面影があり、人間の中でも容姿も品性も飛び抜けて優れている。

 そのような人物が狭い人間の社会の中でどう扱われてきたか、ブルーベルには手に取るようにわかった。


「居場所なら、もうあります」


 シルフィードの覇気はブルーベルの結界を震えさせる。


「それは仮初めだ。人間や獣人などの下等な生き物と妖精は相容れない。貴女は騙されているのですよ」

「何を大切に思うかは私の自由です。何を誇りに思うかも。私は人間の母を、私の中の半分の血を誇りに思います。貴方に決められる事ではありません!」

「それは詭弁(きべん)です」


 ブルーベルが目を眇めると、シルフィードの周囲に風が巻き起こった。


「いいえ……私は貴方達から、自由を勝ち取ってみせます!」

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