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第67話 森での戦い

 森の中に逃げ込んだ私たちは、指示を仰ぐようにシルビア様を囲んでいた。

 シルビア様に誘導されて着いたのは先程授業を受けていた森の中の広場だった。


「ご主人様、ど、ど、ど、どうしましょう⁉」


 青ざめたダークちゃんは、焦りを隠せないみたいだった。


 屋敷が燃えてしまって呆然としているフィーちゃんの手を、「ろしーたがいるから、だいじょーぶだぞ!」と言ってロシータちゃんが握りしめている。


 フィーちゃんの気持ちが痛いほど伝わってきて、私の胸にも動揺が広がっていく。


 今朝までみんなと過ごした、安心できる私達の住処……

 大好きなあの場所が、炎に包まれているなんて……


「落ち着けダーク。敵は二人、こっちは五人だ。冷静に戦えば、勝てる」


 異空間収納を展開したシルビア様は、私から引き受けたお婆さんをその中に入り込ませた。

 物を瞬時に出し入れする時とは違って、透明で歪んだ空間がゆっくりと広がり、お婆さんを優しく飲み込んでいくのが見える。


 この中、生きている人も入れるんだ……

 守りたいものは全て入れてしまえるのね……

 そういえば、診療所の中には精霊の木が残ったままだ。


「シルビア様! 精霊の木……精霊の赤ちゃんたちは?」

「彼らは腐っても妖精だ。精霊の木には手を出さないと思う。念のため、診療所だけには防御の魔術がかけてあるから、心配いらないよ」


 ホッとした私達に奮起を促すように、シルビア様の語気が強くなる。


「私達の居場所を取り戻すためにも戦うんだ」

「でででも、ご主人様は今、魔法を使えませんし……あんな強力な魔法を使う奴らに、一体、どうやって……」


 ダークちゃんの弱弱しい声に、私たちは無言になる。

 彼らから逃げるのだけでも大変そうなのに、どうすれば勝てるんだろう……


「勝算は、あるよ」


 私の心を読んだ様に言い切ったシルビア様が、異空間収納から見慣れない魔道具を取り出す。


「シルビア様……それは?」


 白金色に光る魔道具は、子どもの体になったシルビア様の手にはとても大きく、ずっしりと重そうだった。


「これはね、魔道銃という武器だよ。異世界にある銃というものを、真銀と珍しい金属を混ぜて、自分なりに作ってみたんだ」


 シルビア様が腰につけた瓶から、深緑色の魔法石を慎重に取り出して魔道銃にセットする。


「魔道銃の弾は魔法石だ。この銃で撃てば遠くからでも、その魔法石の属性の攻撃ができるんだ」


 シルビア様の説明にダークちゃんは落ち着きを取り戻し、顔を輝かせる。


「武器をご自分でっ……⁉ す、すごいです! ご主人様!」

「ダ―ク、フィ―、ロシータ、魔法石を出せるかい? できるだけ多く。体内の魔力を固めるイメージをするんだ」

「は、はい……」


 フィ―ちゃん、ロシータちゃん、ダークちゃんの手のひらにそれぞれの色の魔法石が複数個現れる。

 フィ―ちゃんは黄緑色、ロシータちゃんは赤色、ダークちゃんは紫色だった。


「みんな、上出来だ。これらを森の中にばらまいて、こちらの気配を拡散するんだ。ばらまいたものを戦いの最中に使うのもいいだろう。フィーの魔法石はまかずに、全てロシータに持たせてくれ」

「で、でも、それじゃあ、ロシータさんがっ……!」


 フィ―ちゃんが焦りだす。

 フィ―ちゃんを追って来た妖精たちは、フィ―ちゃんの魔法石にフィ―ちゃんの気配を感じて、真っ先にロシータちゃんを標的にするかもしれない。


「大丈夫。ロシータは強いよ。多分、今の我々の中で一番強いのはロシータだ」

「おねーさん、だからな! えっへん!」


 ロシータちゃんが誇らし気に胸を張る。


「きゅー……ままぁ……」


 いつの間にか人化して目を覚ましていたチェリーちゃんが、ロシータちゃんの頭の上から心配そうにその顔を覗き込んでいる。

 チェリーちゃんも、幼いなりに不穏な空気を察しているのかもしれない。


「おぉっ⁉ ちぇりーが、しゃべったぞ! ちぇりー、ままって、どーゆーことだ⁇」

「……ロシータの魔力で召喚された子だ。きっと、君のことを、こちらの世界の母親だと思っているんだろう」


 シルビア様がロシータちゃんに諭しながら、チェリーちゃんの頭を優しく撫でた。

 チェリーちゃんは「離れたくない」という思いを体現するかのように、小さな両腕を精一杯広げて、ロシータちゃんの頭に抱きついた。


「……じゃあ、ろしーたが……、ちぇりーの、ままうえ……⁉」


 目と口を大きく開いたまま、ロシータちゃんはシルビア様の言葉を噛み締めるように理解していく。


「ちぇりー! ちぇりーが、ろしーたのこと、ままっていったんだな⁉ だいじょうぶだぞ、ちぇりー! ままがまもってやるからなぁ!!」


 ロシータちゃんが嬉しそうにチェリーちゃんを抱きしめた。


「ロシータ、チェリーも避難させておくんだ。これから戦力を二分する。ロシータとダークが組み、私とユミィとフィ―が組んで行動する」

「ええっ⁉ ボ、ボクがトカゲとぉっ⁉」


 あたふたしているダークちゃんをよそに、シルビア様がロシータちゃんに両手を差し出す。

 頷いたロシータちゃんは、チェリーちゃんの額にキスをした。



「ちぇりー、またなー」

「きゅー……ままぁ……、やーのぉ……」


 シルビア様に託そうとするロシータちゃんの腕の中で、チェリーちゃんがもがくように手足をジタバタさせ始めた。


「……悪いね」


 シルビア様がチェリーちゃんに腰ベルトに下げた小瓶の匂いを嗅がせると、チェリーちゃんの瞳はとろんとして、再びすやすやと眠ってしまう。

 シルビア様の異空間収納に吸い込まれていくチェリーちゃんを見送り、ロシータちゃんが少し寂し気な表情になる。


「しるびー。ろしーた、なんでもやる! さくせん、おしえて!」


 チェリーちゃんとの別れが、ロシータちゃんに戦う決意をさせたようだ。

 ロシータちゃんを見ていた私も、気を引き締めようと拳を強く握る。


「ロシータとダークは、カレンデュラの相手を頼む。立場上、おそらく彼の方が先に動くだろう。そこを上手く誘導して戦闘に持ち込むんだ。ダークはロシータの戦い方をよく見ておきなさい。隙が出来たら、頃合いを見てロシータを支援してほしい」

「そっ、そんなっ……ボ、ボ、ボク、できな――」

「できるよ。君になら、できる」


 シルビア様の瞳に強い金色の光が浮かぶ。

 ダークちゃんが、その瞳の色に勇気を与えられたように頷いた。


「カレンデュラの戦力はそれほどではないから、ロシータに任せて大丈夫だろう。……問題はブルーベルのほうだ」


 先程の授業で使った、宙に浮いたままの魔法石をシルビア様が回収する。

 その中から火の魔法石だけを取り出し、深緑色の魔法石を装填したように魔道銃に押し込めた。


「彼は、強い。だから、短時間で決着が着かない場合は即時撤退するしかない。属性は身体的特徴として表出しやすいから、髪色から察するに彼は水属性だと考えられる。長引けば、迷いの森の周囲にある、結界に守られていない街の人々を人質に取るだろう。洪水で街を押し流されたくなければいう事をきけ……とか言ってね……私ならそうする」

「そんなっ……! そ、そんな人にどうやって勝てば……!」

「大丈夫だよ、ユミィ」


 シルビア様の小さな手が、私の握りしめた手にそっと置かれる。

 不思議と、その手の温かさは私の心を落ち着かせてくれた。


「しるびー、“ときまほう”のまほうせき、ちょーだい!」


 ロシータちゃんの指摘に思い出す。

 そうだ、それがあれば……!


「残念ながら……。さっきは基本の属性しか出さなかったから、今は無いんだ。だけど、いくつか魔法石を渡しておくよ」


 シルビア様は回収した魔法石を、フィーちゃんとダークちゃんに託す。

 フィ―ちゃんには雷と土と木、そして無の魔法石を、ダークちゃんには金と水と光の魔法石を渡した。


「ご、ご主人様、ご主人様が、体内に魔素を取り込みながら戦う事は……」


 ダークちゃんの不安気な声に、シルビア様が首を振る。


「それはできない。彼らは、魔素を魔力に変換する時間はくれないだろう。強い相手ほど、体内に残る魔力で戦わなければいけないんだ。今の私が魔素や精霊力を使っても、彼らには敵わない」


 シルビア様が皆に向き直った。


「条件だけみれば、私たちの方が圧倒的に不利だ。だけど、さっき言った通り、勝算がないわけではないんだ。みんな、私を信じてくれないか?」


 みんなが迷いなく、シルビア様を見つめて頷いた。

 それを見て、シルビア様は少し安堵したようだった。

 シルビア様が側に生えていた薄桃色の花を手折(たお)る。


「これは、時計花といってね。花びら一枚引き抜けば、一分後に周囲に甘い魔力の匂いが充満するんだ。もうすぐ彼らが言っていた十分が経過する。それが戦いの始まりだ。こちらは戦闘開始から五分で決着をつけなければ、勝利するのは厳しいだろう」


 五分――とても短い時間だ……。普段の平穏な日常ならば……。


「この時計花の甘い魔力の匂いが漂ったら、それが撤退の合図だ。みんな、私の異空間収納に隠れて、ユミィが私を背負って森の中の転移陣まで移動する。……いいね?」


 私たちは緊張した面持ちで頷いた。


 ***


 別の場所へと移動したロシータちゃんとダークちゃんからもらった魔法石を、シルビア様の指示に従い広場に配置する。


「フィー、ユミィ、よく聞いてほしい」


 私達は息を呑みながら、シルビア様の説明に耳を傾ける。


「ロシータとダークの魔法石で上手く誘導できれば、彼はここで立ち止まるはずだ。……そこで、フィ―にはあえて、(おとり)として正面から姿を現してほしい……」

「そんなっ……! それじゃあ、フィ―ちゃんが!」


 どうしようもない事態なのはわかるけれど、それではフィ―ちゃんを守れる人が誰もいない。


「そうだ。危険に晒すことになる……だけど、やってくれるかい?」


 ずっと思いつめたような硬い表情をしていたフィ―ちゃんが、真剣な顔で頷いた。


「はい。私、やります!」


 シルビア様がホッとしたような顔をする。


「ありがとう、フィ―」


 シルビア様が、先程見せてくれた魔道銃を再び手にした。


「ブルーベルが右手首につけていた腕輪から見て、彼は左利きだと推測できる。その場合、右斜め後方が彼の最も隙のある場所だと考えられるんだ。そこを狙えば、仕留められる確率が上がるはずだ」


 その手が一瞬躊躇するように、微かに震えたことに気づく。


「……この魔道銃は、普段の私――身体強化した大人の為に作られている。それ故、子供一人の力では、撃つ事が難しい。……だから、ユミィの力が必要になる」

「私、ですか?」


 今のシルビア様は、あどけなく可憐に見えるけれど、その表情は決意を秘めていた。


「身体強化の魔法石を使って、私の体を支えてもらいたい。そして……、一緒に銃を撃ってほしい」

「それって……」

「ブルーベルを共に仕留めてくれないだろうか……?」


 シルビア様の言葉を、ゆっくりと頭の中で反芻して、その言わんとしていることを悟った。


 この銃を撃てば、相手の命を奪うかもしれない。


(シルビア様は私の手が汚れる事を気にしてるのね……)


 私は誰かを殺めた事はない。

 だけど、もしそれが必然なんだとしたら、シルビア様の手だけ汚す事はしたくない。


「――ええ。私もシルビア様と一緒に、罪を背負います」


 戦い慣れているシルビア様は、沢山の命を救うだけではなく、殺める事もしてきたのだと、何となく感じる。

 一つの命の(ともしび)を消す度に、彼女の歩む道もまた、闇が深くなるのだろう。


 私を見上げるシルビア様の目が、深い暗闇の中で光を見出したかのように、驚きで見開かれる。

 唇は何か言いたげに震えるけれど、言葉が出ないようだった。


 本当の闇を知らない私は、シルビア様の気持ちを完全に理解することなんて、ましてやシルビア様の力になるなんて大それたことはできない。

 だけど、いつも変わらず空に浮かんでいる星のように、ずっと見守ることはできるはず。

 たとえそれが、気づかれる事のない、真昼の星だったとしても――


 先ほどシルビア様がしてくれたように、彼女の手に私の手を重ねる。

 重ねられた手を、シルビア様はじっと見つめていた。


「ごめんなさい、皆さん……私のせいで……」


 フィーちゃんはギリギリのところで、泣くのを堪えているようだった。

 私たちの重ねた手に、フィ―ちゃんの手も重なると、温もりが広がっていく気がした。


「フィーのせいではないよ。起こるべくして起こったことだ」

「私たちだって、フィ―ちゃんが行きたくない場所に行ってほしくない……!」


 シルビア様が両手で私たちの手を包み直す。


「私たちは潜伏(せんぷく)しブルーベルを狙撃する。……チャンスは一度きりだ」


 私達は確かめ合う様に、一人一人手の力を込めていく。


「フィーは魔法石を使って、ブルーベルの意識を逸らしてくれ。彼はきっと慎重だから自身を結界で守っているはずだ。フィーの風魔法と私の無属性の魔法石で結界を無効化し、土と木の魔法石で動きを止めるんだ」


 シルビア様の瞳に強い光が浮かんだ。


「――その間に、私とユミィが彼を仕留める」


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