第59話 星空の祝杯
食卓の上に広げられた料理の香りが、私の食欲を刺激する。
香草とお芋のチ―ズ焼きや、魔力菜に載せられた岩クラゲのソテ―。
素揚げした魔猪肉の甘酢和えに、海藻とゆで卵と宝石蟹の蟹みそを和えたサラダ。
発酵させてないフィーちゃん手作りの焼きたてのパンは、とても美味しそうだ。
トマトと魚介のス―プの香りが辺りに漂って、すごくお腹が空いてくる。
「シルビアさん、これで全部です」
「ありがとう。今日は保存箱の料理を全部使って、皆の歓迎会をしようと思ったんだ」
皆が席に着くと、シルビア様が異空間から優美な硝子細工のゴブレットを人数分出してくれる。
いつも思うけれど、この異空間は本当に不思議だ。
何も無いところから急に物質が出現するのは、まるで手品のようだった。
銀の深い入れ物に魔法で氷を入れたシルビア様は、そこに琥珀色の液体の入った瓶を出現させる。
「エルラ―ダ産のワインだよ。今日は皆の歓迎会だ。大人たちで飲もう」
「エルラーダ産のっ⁉」
「え、あ、はい……」
エルラーダって、地名……よね?
フィ―ちゃんは知ってるみたいだけど、有名なワインの産地なのかな?
成人してるのに何も知らなくて、少し恥ずかしくなってしまい聞き逃してしまう。
「エルラーダはルビスティア王国の南にある、水はけのいい土地でね、ワイン作りが盛んなんだ。この国の質のいいワインは、ほとんどエルラーダ産だね」
シルビア様が説明してくれると、フィーちゃんが小声で「と~~っても、高価だけど、信じられないほど美味しいらしいですよ……」と耳打ちしてくれて、私の尻尾は驚きでピンと伸びてしまう。
シルビア様が一つのゴブレットに触れると、瓶の中のワインの嵩が減って、ゴブレットに移動する。
ゴブレットに並々と満たされた琥珀色のワインは、魔法の灯りを宝石のように映していた。
「わー! きれいー! しるびー、おくれー!」
「生意気な。子どもは葡萄ジュースだ」
ロシータちゃんが「こどもじゃないもん!」と言って抗議する。
私と一緒にゴクリと喉を鳴らしていたフィ―ちゃんが、顔を赤らめながら皆のゴブレットを並べてくれた。
私もフィ―ちゃんと一緒にゴブレットを並べようと立ち上がると、シルビア様がようやく手を離してくれる。
シルビア様の魔法によって、大人たちのゴブレットには琥珀色のワインがいつの間にか注がれていた。
「あ、あの、フィ―ちゃん、ごめんね。私、何も準備しなくて……」
フィ―ちゃんは優しく笑って、私の手に手を重ねる。
「ユミィさん、いつもありがとうございます。私、いつもユミィさんに頼り切ってばかりで……だから、ユミィさんにゆっくり休んでほしかったんです。料理だって、今日は私が調理したのはパンとお肉だけで、他は保存箱にあったものです。だから何も気にしないでください」
「フィ―ちゃん……こちらこそ、ありがとう」
フィ―ちゃんの手の温もりはとても優しかった。
胸の中に温かいものが湧き上がってくる。
シルビア様が私の手と重なっているフィ―ちゃんの手を取ってゴブレットを握らせる。
「さぁ……早くいただこう。ユミィは成人してるからお酒は飲めるよね?」
「は、はい。飲んだことないですが……」
「私も……」
私とフィ―ちゃんは顔を見合わせてキョトンとした後笑い合う。
この国では獣人は十五歳で成人したとみなされる。
人間の成人は十七歳だ。
「私、十五歳ですけど……半妖精だから、何歳になったら成人なんでしょうね?」
フィ―ちゃんがふと疑問を口にする。
「妖精も獣人と同じく十五歳が成人の年齢だと思うよ。だけど、君はまだこっちの方がいいかな……」
シルビア様が葡萄のジュ―スの入った大瓶を異空間から取り出す。
ポンっとコルク蓋を開けると芳醇な香りがした。
「ろし―たも、せいじんしてるぞ! にひゃくさいだぞ! おさけ、のめるんだぞ―!」
ロシ―タちゃんが目を輝かせて言った。
ロシ―タちゃんの隣でダ―クちゃんが目を瞠る。
「う、嘘だっ? どう見ても、十歳以下……五歳くらいにしか見えないじゃないかっ……!」
「ほんと、だぞ――! ろし―た、みんなよりおねえさんだぞ! だ―くはなんさい?」
「……ボクは十三歳だ……言っておくが、魔族は十三歳が成人の年なんだからな!」
「え―! もっとちいさいとおもったぞ!」
「失礼な! ち……ちなみに、ご、ご主人様は……?」
ロシ―タちゃんの見た目と中身が違う事で、シルビア様もそうなんじゃないかと思ったのかな?
シルビア様はふっと笑う。
「私は十七歳だよ……まあ、この時魔法で守られている森にいれば、年なんてとらないから数えても意味はないんだけどね……」
シルビア様が言うとダ―クちゃんはほっとした顔になり、賞賛の目でシルビア様を見た。
「さ、流石ご主人様です! ボ、ボク、一生ついていきます!」
「……大げさだね」
「しるび―、ろし―たも、おさけ―!」
「ロシ―タは駄目だよ。君は酒癖が悪そうな気がする……」
「なんだと―!」
子どもたちのゴブレットにも、あっという間に紫色の葡萄ジュースが魔法で注がれた。
ロシ―タちゃんがシルビア様のゴブレットを奪おうと伸ばした舌をかわして、シルビア様がゴブレットを掲げる。
「みんな、迷いの森にようこそ。君たちは私の家族だ」
その言葉を聞いた時、何故かドキっとした。
「おぅ! かぞく―!」
その一言を聞いて機嫌を直したロシ―タちゃんが、ゴブレットを高く掲げる。
ロシ―タちゃんの頭の上にいるチェリ―ちゃんがロシ―タちゃんのゴブレットの葡萄ジュ―スをペロペロ舐めた。
「ご、ご主人様! 光栄です‼」
ダ―クちゃんが感極まった目でシルビア様を見てゴブレットを掲げた。
「家族……いい響きですね」
フィ―ちゃんは恥ずかしそうにおずおずとゴブレットを差し出す。
「シルビア様……」
私もゴブレットを持ち上げる。
シルビア様の漆黒の瞳が私の紫の瞳を見つめている。
その瞳を見た瞬間、遠い昔の約束が果たされたような気持ちになった。
胸の中が愛しさと安心感でいっぱいになっていく。
「乾杯!」
星空の下、シルビア様の声とともにグラスが合わさる音が響く。
初めて飲んだワインはすごく良い香りがして、私は夢心地になる。
「ふふふっ! ユミィさん……ひっ……く……この葡萄ジュース、とっても美味しいですね!」
フィ―ちゃんが頬を赤らめてにこーっと微笑みかけてくる。
心なしか目がとろんとしている様に見える。
いつもより上機嫌のフィ―ちゃんに嬉しくなるけど……何か変じゃない?
「シ……シルビア様……もしかして、フィ―ちゃんにワインを……」
「そんなはずは………………あ…………」
シルビア様が見つめるフィ―ちゃんのゴブレットの中身は琥珀色をしていた。
「……大丈夫……フィーは成人しているから……」
「は……はぁ……」
本当に大丈夫かな?
フィ―ちゃんはとても楽しそうにしているけど、後でお水を持ってきてあげよう。
「ねぇ、ユミィ」
お酒を一口飲んでほんのり顔が赤くなったシルビア様が、甘えるような声を出す。
「はいはい」
私は笑って取り分けたばかりの料理をフォークに刺す。
シルビア様は大きく口を開けて、パクっと魔猪肉を味わった。
その顔がとても幸せそうで、私も顔がほころんでしまう。
瞬く星が、賑やかな食卓を見守っていた。