第5話 ユミィの一日2
この辺りは来た事ないけど、色んな食材の匂いがするなぁ……
山の奥深く、少し開けた場所の木の根元に、お目当てのキノコと野イチゴがあった。
ルネには「あんまり遠くに行くなよ」って言われてるけど、足をのばしてみてよかった。
「沢山ある! うれしい!」
頑張ってキノコと野イチゴを籠いっぱい採る。
今日採ったものは街へ売りに行って、余ったものは夕飯のおかずにしようっと。
ルネは売りに行く必要はないって言うけど、わたしは自分で稼いだお金を少しずつ貯めていた。
わたしも15歳になるから、そろそろルネと離れて独り立ちしていい頃だと思う。その目標の為に、日々頑張っているのだ。
「そろそろ、お仕事も見つけたいな……」
山で採った物を街の商店に売る生活もいいけど、できることなら街で職を得て、色んな人と会う仕事がしたい。
だけど、無理なんだろうな……
何度か山のふもとのナリスの街で、商店の人に頼んだ事があった。
だけど返ってきた答えは、学歴もなくて魔法も使えない獣人が就ける仕事は力仕事か冒険者くらいしか無いというものだった。
わたしたちの住むルビスティア王国……というか、この世界全体で獣人は差別されているということを、職探ししてから嫌というほど思い知らされた。
獣人が多く住むナリスの街でさえ就職が厳しいのだから、他の街では更に就探しは難航しそう。世間って厳しいなぁ。
このままじゃ、社会に出ることすら難しいのかもしれない。
「でも、諦めたくないな……」
自分の力で生きていきたい。
力が強くて俊敏ならば、ルネのように冒険者がうってつけだと思う。
だけど非力なわたしは冒険者は向いていない。
ある程度の生活魔法が使えれば、貴族の屋敷なんかで雇ってもらえるかもしれないけど、わたしは怪我してから魔法が使えない。
だから、ルネは反対するけど、いつか誰かに付き添ってもらってギルドに登録しようと思う。
しばらくは採取専門にしてコツコツお金を貯めていきたいな。
何か少しでも、自分のできることをしてみたい。
お金が貯まったら、一人暮らしもしてみたいし。
子どもの頃から住んでいた山小屋を出るのは、ほんの少し寂しさを感じる。
だけど、獣人は15歳で成人を迎えるから丁度いい頃だと思うのよね。ちなみに人間の成人は17歳。獣人は人間より発達が速いらしい。
一人暮らしに慣れたら、そのまま街に住み着くのもいいかもしれない。
差別されてるとはいえ、わたしは人が好きだ。
今住んでいる山の獣人たちの集落は10世帯しかなくて人数も少ないから、他の人と会話したり、かかわったりするのが好きなわたしはそれがとても寂しかった。
そうやってできる事を増やして、いつか誰かいい人を見つけて家庭を持てたら――
……でも、誰を……?
急にはねた心臓の音に自分でも驚いてしまう。
え――?
将来一緒に居たい誰かを思うと、胸が痺れるように疼くのがわかった。
ぼんやりと頭に浮かぶのはいつか見た夢の光景で。
魔物に襲われる前の記憶は霧の中に閉ざされてしまっているのに……
怖い夢なんて、そのうち忘れると思っていたのに、わたしの中のなにかが、忘れる事を許さない。
今日見た夢も、いつもと変わりなかったと思うけど――
あの霧の中にいたのは誰なんだろう……?
夢の中では姿が見えなかった誰か。全く覚えてはいないけど……
小指に感じた温もりは、何かを約束したからなのかな……?
とても大切な事だと思うのに、思い出せないのがもどかしい。
思い返してみれば何か聞こえてきたような気もする。
あれは、わたしを呼ぶ声――――?
心より深いところ……まるで魂に呼びかけるような声。
「魂……」
野イチゴを採る手を止めて、ふと考え込む。
獣人には運命の番がいると聞いた事がある。
番とは一対の魂の様に引き合う相手で、出会った瞬間に心も体も相手から離れられなくなるらしい。
わたしの両親も番同士で、一目会った時からお互いに恋に落ちたって聞いたっけ……
「番か……羨ましいな……」
いつだか、わたしが運命の相手に会いたいなって呟いたらルネに鼻で笑われてからかわれた。
番とかどうでもいい、結婚なんて誰としたって同じだって言われたけど、なんだかそれでは夢が無さすぎるわよね。可愛くない。
今では、番同士で結婚しない獣人の方が多いし、実際に一生番に会えない獣人も多い。
だけど、結婚して子どもができてから相手に番が見つかったらとても悲惨なのだ。
番が見つかったら、獣人の本能に従ってただひたすら番を追いかけてしまうって聞くわ。
そして今まで一緒に生きてきた相手や子どもさえどうでもよくなって、簡単に捨ててしまうらしい……
街でもそういう話を聞いたことがる。
そうなった時、残された相手や子どもは悲しみに暮れるしかないのだけど……
そんなのは嫌だけど……もし、最初から番に巡り合えたなら、どうなるんだろう……?
獣人は番に会えずに適齢期が来たら、適当な相手と結婚するのがほとんどで。
だから、わたしにもご近所さんが結婚相手を紹介しようとするけど、「まだ早いです」って断ってる。だって――
「どこかに、いる気がするんだよね」
どこにいる誰なのかも、今はわからないけれど。
記憶の中で呼んでる誰かは、もしかしたら……?
わたしが忘れていることは、とても大切なことなんじゃないかな……?
絶対に忘れちゃいけない事――
霧の中にいた誰かを思い出そうとすると胸が締め付けられるように苦しい。
どうしてなの……?
あの声は、もしかしてわたしの――――
ガシャン!
ぼんやり歩いていると嫌な音と同時に鋭い痛みが襲ってくる。
足元を見ると、右足が鉄製のトラばさみに挟まれていた。
「……え?」
ぬ……抜けない……
どうしよう……