第58話 夜の庭で
夕日に染まった空がいつの間にか紺色から漆黒へと移り変わっている。
シルビア様と寄り添って見る星の瞬きは、ずっと見ていたいくらい綺麗な光景だった。
「ユミィの涙が夜空に広がったようだね。まるで金剛石みたいだ」
「……そっ、そんなことは……」
シルビア様の言葉に、先ほど涙を流していたのが急に恥ずかしくなって、顔が熱くなっていくのがわかる。
「私は夜が好きだ。昼間には見えなかったものが、夜になると姿を現すから」
「……シルビア様……」
何処となく寂しそうな横顔に、何故か胸が切なくなった。
(まるで……私の記憶みたいだわ……)
昔忘れてしまった大切なことを……私……きっと、夢の中では覚えてる……
そんな気がする……
明るい場所では見えないもの……星も……私の記憶も……
「ゆみぃ! しるび―! ごはんだぞ! ごは――ん!」
静寂を破るように、ロシ―タちゃんが肉料理の載った大皿を持って結界内に勢いよく入ってくる。
そのまま、あろうことかお皿は勢いよくシルビア様の頭の上に載った。
幸い中身は零れてないけど、絶妙なバランスでシルビア様の頭の上から落ちない。
後ろから慌ててついてきたダ―クちゃんが「ご主人様!」と言って青ざめる。
「……ロシ―タ……」
「おぅ! すまん、しるび―! でも、おちないのすご―ぃ! あのねー、きょうはおそとでたべませんか、ってふぃ―がいったんだぞ!」
私に抱き上げられたロシータちゃんは、素直にシルビア様の頭の上から大皿を取る。
「すご―ぃの! じゃないだろ、トカゲ! ご主人様になんてことするんだ!」
ダ―クちゃんがロシータちゃんに向かって怒ると、ロシータちゃんが「おこるの、やーんだぞー!」と言って舌を出した。
私が眠ってる間にロシ―タちゃんとダ―クちゃんは仲良くなったみたいね。
「……咄嗟に“均衡”の魔法を使ったから大丈夫だよ。次から気をつけなさい」
シルビア様がニコニコしながらロシ―タちゃんの鼻を指ではじくと、「ふんがぁ―!」と言ってロシータちゃんが鼻を押さえる。
「ふむ、外で食べるなら準備が必要だ……少し暗いね」
屋敷からの灯りが私達を照らしてくれていたけど、ロシータちゃんが暗くてつまづいてしまったわね。
灯りが欲しいな――と思っていると、シルビア様の手からいくつも出た光の球が闇夜にフワフワと浮かんだ。
「灯の魔法だよ」
手のひら大の光の球は赤・黄・緑・青・紫など様々な色に淡く光って、宙に浮きながら周囲を鮮やかに彩ってくれる。
「きれーだなー! ろしーたも、やりたいぞー!」
「ご主人様、素晴らしいです‼」
「素敵……とっても綺麗……」
私達の歓声に微笑んだシルビア様が指を鳴らすと、絨毯状態だったチェリ―ちゃんが幼児の大きさへと縮む。
人化したチェリーちゃんはまだ眠そうで、目を瞑りながら「きゅっ?」と鳴いた。
シルビア様がチェリ―ちゃんを右手で抱き上げ、そっと左手を振ると、異空間収納から大きなテ―ブルが姿を現した。
「今日はここで星を見ながら食べようか」
「は、はい」
「なんと手早い準備! ご主人様! 流石です!!」
テ―ブルに置かれた大皿には、素揚げされ大きめの一口大に切られたお肉が、味付けられていた。
「とっても美味しそうだね」
「うん! ろし―た、にく、すき!……ねぇ! ちぇり―は、ろし―たんだからかえして―!」
チェリーちゃんを見ると、うつらうつらしながら、鼻ちょうちんを作っていた。
「いいだろ、べつに。私の魔力にも懐いてるし」
人数分の椅子を並べていたシルビア様に、ロシータちゃんが催促するように手を伸ばす。
それを無視して、シルビア様は腕を上げてロシータちゃんが届かない位置までチェリ―ちゃんを持ち上げ、チェリーちゃんの頬と自分の頬をくっつけた。
鼻ちょうちんが割れて目を覚ましたチェリーちゃんが、ペロリとシルビア様の頬を一舐めする。
「あっ! しるび―、ずる―い!」
「ご主人様、ボクにもお願いします!」
シルビア様は無言で、ダ―クちゃんの頬にチェリ―ちゃんの頬を擦りつけた。
「……いぇ、ぁの……ご主人様の頬っぺたをですね……」
ダークちゃんの小声は、ロシータちゃんの叫び声にかき消される。
「うわぁぁあん! ゆみぃ!!」
ロシ―タちゃんが目にも止まらぬ速さで私に抱き着き、くっつけた頬っぺた同士をスリスリした。
「もー、しょうがないなぁ……」
ロシータちゃんは最近お姉さんになってきたけど、たまにこうやって甘えてくれると嬉しいな。
途端に夜空に灰色の大きな雲が出てきて、星の瞬きを覆い隠した。
「あ……空が……星が見えなくなっちゃう……」
「……」
私が残念そうに呟くと、視界の端でシルビア様が高速で手を動かした気がした。
パッとシルビア様の方を見ると、シルビア様の目が逸らされたような……?
雲が晴れると、美しい闇夜が姿を現す。
シルビア様がロシ―タちゃんの頭にチェリ―ちゃんを載せ、チェリ―ちゃんを抱え直したロシ―タちゃんが嬉しそうに頬ずりをした。
チェリ―ちゃんは少し口を開けたまま無表情だけど、その頬はほんのり赤い。
青、黄色、オレンジが混ざったような色をした瞳がキラキラしている。
「きゅー」
チェリーちゃんがロシータちゃんに抱きしめられて嬉しそうに声を出した。
料理を持ったフィ―ちゃんが結界の中に入って来る。
「ほらほら、みなさん、ご飯の準備をお願いしますよ」
「フィ―ちゃん! 眠っててごめんね。今手伝うよ!」
私が慌てて駆け寄るとフィ―ちゃんは首を振った。
「ユミィさんは今日はお休みしててください。今までユミィさんにばかり作っていただいたし、今日はダ―クちゃんやロシ―タちゃんも張り切ってますから」
「おぅ! ゆみぃ、まかせて! ろし―た、がんばる―!」
「ボ、ボクだって!」
ロシ―タちゃんが頭にチェリ―ちゃんを載せ、台所と庭のテ―ブルを往復して料理を運ぶ。
ダ―クちゃんも負けじと沢山の料理を運んでくれた。
「ユミィ、君は座ってて……私の隣に……」
「でも……!」と言って立ち上がろうとする私の手を、シルビア様がギュッと握った。
皆が働いてて、私だけ動かないのは申し訳ないなと思いつつ、諦めてシルビア様の隣に腰掛ける。
というか、シルビア様、手、離さないのかな……
夜の庭に浮かぶ灯りが、幻想的な雰囲気を作り出し、シルビア様の美しい顔を照らす。
握られた手がとても温かかくて、まだ夢の中にいるようだった。