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第57話 家族

 深い森の中、お日様が作った木漏れ日の中で、二人の女の子が遊んでいる。


 7歳のシルビア様と、5歳の私は、遊んでいて絡まってしまったシルビア様の髪の(ほつ)れをほどいていた。


 自分で髪を結えないというシルビア様の黒髪を、私は手櫛で整え、細く編んだ横髪を後ろで(まと)めて流した。

 少し手を加えただけなのに、シルビア様はまるでお姫様のようになる。

 私がシルビア様の髪を触る度に、シルビア様が「くすぐったぃ―」ときゃらきゃら笑い声を響かせる。

 その度に心が温かくなって、愛しさがこみ上げてくる。


『しるびーのお父様はね、魔法の研究をしているの。お母様はお家にいて、いつも兄様と、しるびーと、妹のアリアのお世話をしてくれるの』


 ニコニコと笑うシルビア様はとっても可愛くて、聞いている私も嬉しくなる。


『シルビア様は、家族が大好きなんですね!』

『うん! そうだよ! ユミィも、家族、好き?』


 私は耳と短い尻尾をパタパタさせてこたえる。


『はい! 私もお父さんとお母さん、それに弟のルネが大好きです!』


 私は髪を結う手を動かしながら家族のことを話し続ける。

 狩人のお父さんはいつも美味しい獲物を持ち帰ってくれるし、お母さんは料理が得意で優しい。

 弟のルネは私と双子だけど、私とは違ってすごく泣き虫だ。

 シルビア様は私の話を微笑ましそうに聞いてくれる。

 けれども、急に悲しくなって私の尻尾は動きを止めた。

 シルビア様が首を傾げる。


『ユミィ? どうしたの?』


 私の目には涙が浮かんでいた。


『……お父さんとお母さん、最近調子が悪いんです……それが、近所の人が病気で悪くなっていった時にそっくりで……』

『……“しょうじょう”が似てるってこと……?』

『はい……』


 この前、お父さんとお母さんがお世話をしていた近所のおばさんが亡くなった。

 おばさんの旦那さんは出稼ぎに出ていて家にあまりいないから、私のお母さんが作ったごはんや日用品をお父さんがおばさんの家に届けていた。

 おばさんは“まりょくけつぼうしょう”って病気になっちゃったみたい。

 “めいおう”って人の、影を踏んでしまったんだって、お母さんは言ってたけど、よくわからない。

 その病気になると、全身が枯れ木みたいに痩せていく。

 変わり果てたおばさんを見て、旦那さんと息子さんはすごく泣いていた。


 私もおばさんが亡くなって悲しかった。

 だけど、このごろ、お父さんとお母さんもおばさんみたいに少しずつ弱ってきてる。

 お父さんたちの体がだんだん細くなってきてる……これって、もしかして、おばさんと同じ病気になっちゃったのかな……?


 たまらず泣き出してしまった私の背中をシルビア様が撫でてくれる。


『ユミィ、あのね……しるびーがいるからね』

『……シルビア様……』


 シルビア様が私の涙を指ですくってくれる。


『……しるびーね、大きくなったらお薬作る人になるの。“くすし”って言うんだよ。それで、どんな病気も治すお薬を作るんだ』

『……どんな病気も治す薬……』


 そんな夢みたいなお薬あるのかな?

 もし、あったらお父さんとお母さんの病気も治せるかな?

 シルビア様が作ってくれたお薬でお父さんとお母さんが助かったら、とってもすてきだ。


『うん!』と言ってシルビア様は笑う。

 長いまつ毛が蝶の羽のようで、私は思わず見とれてしまう。

 シルビア様がモジモジして私を見つめる。


『……だからね、しるびーがね、“くすし”になったら……ユミィも一緒に住んで、家族になってね』


 シルビア様は言うと真っ赤な顔を両手で覆って地面に伏せた。

 私はポカンとした。


(家族になるって、どういうことだろう?)


 よくわからないけど、シルビア様と一緒に住んで家族になるのはきっと楽しいと思う。

 その様子を思い浮かべると、胸が温かいものでいっぱいになった。


『はい! 私、シルビア様と家族になります!』


 もし……もし……お父さんとお母さんがいなくなっても……

 もし……大人になって、ルネと離れることになっても……


(シルビア様は私と家族になってくれる……)


 私がご飯を作って、シルビア様はお薬を作る。

 最初は上手く作れるかわからないけれど、多分、一生懸命頑張れば上手く作れるようになるんじゃないかな?

 お母さんが作ってくれるサンドイッチ、シルビア様は喜んで食べてくれるから、私も作れるようになりたいなぁ。

 シルビア様は何かに熱中すると食べる事も忘れてしまうから、その時は私が「あーん」して食べさせてあげよう。

 よく口の端に食べカスをくっつけてるから、それもふきふきしてあげよう。

 シルビア様の髪はいつも絡まってるから、私が梳かしてあげたり結ったりするのも面白そうだ。


(……多分……絶対……シルビア様といると毎日が楽しい……)


 私は胸がいっぱいになった。

 シルビア様が私に抱き着く。


『ユミィ! ありがとう! しるびーね、その時はユミィのこと迎えに行くからね!』


 びっくりして胸がドキドキしてしまう。

 だけど、私はとてもうれしかった。


『はい! 待ってます!』


 柔らかい風が頬を撫でてくれる。

 私たちは木漏れ日の中で笑い合った。



 ***



 顔に虹色の柔らかい光がかかる。


「ユミィ、ユミィ……」


 シルビア様の指が私の頬をすべる。

 ゆっくりと目を開けると、シルビア様が私の隣に寝ぞべって、いつの間にか流れた涙を拭ってくれていた。

 これ以上無いくらい優しく微笑んだシルビア様は光の精霊みたいで、私は一気に目が覚める。


「シ、シルビア様! お、おはようございます!」


 起き上がろうとする私の頭をシルビア様が優しく撫でてくれた。


「ふふっ。おはよう、ユミィ。と言っても、もう夕方だけどね」


 シルビア様の魔力でできた結界の内部はすごく心地良くて、いつまでもここに居たいと思ってしまう。


 なんだか幸せな夢を見ていた気がする。

 長い時間寝ちゃったのね……


 私は辺りを見回す。

 私たちの下に大きく平たく寝ているチェリ―ちゃん以外は、私とシルビア様しかいない。


「あ、あの……他のみんなは?」

「フィ―は夕飯を準備しに行って、ロシ―タとダ―クは周辺の探索に行ったよ」


 私は慌てて起き上がろうとする。


「あ、わ、私も夕飯の支度を! 早く起きなくちゃ!」

「待って、ユミィ」


 シルビア様が私の肩をツンと押すと、力も入れられてないのに私はチェリ―ちゃんの上に仰向けになる。

 シルビア様が私の顔を挟むようにして両手をついて、じっと私を見た。


「シ……シルビア様……?」

「……」


 シルビア様が無言で私の頭から首、肩から手を撫でていく。

 手と手が合わさると、指と指が絡み合う。

 指にグッと力が入って私は思わず身構えた。


 シルビア様の漆黒の瞳が私の紫の瞳を見つめる。

 シルビア様の瞳の中に私がいて、私の瞳の中にはシルビア様がいる。

 ドクドクと早い心臓の音だけが聞こえる。


 すごく長い時間が過ぎた様な気がするけど、もしかしたら一瞬のことだったのかもしれない。


(まるでお互いがとけてしまうみたい――)


「……疲れているんでしょう、ユミィ。今日は少し休むといい」


 ふっと笑って、シルビア様は私の横に仰向けに寝転ぶ。

 はっと我に返った私は少しクラクラした。

 手が離れてしまったのが、何故かとても残念に感じてしまう。

 と思っていると、シルビア様が私の反対側の手を取って息を吹きかける。

 息は私の手の上で鳥の形になって虹色に光る。


「あ……伝言鳥……」

「忘れないうちに、ね?」


 シルビア様が私に笑いかける表情がとても艶めいて見える。


「あ、ありがとうございます」


 私はシルビア様から目を逸らして伝言鳥に話しかけた。


『ルネへ。シルビア様から結界魔法を教えてもらっています……まだ使えませんが、毎日とても充実しています。沢山友達もできました。それと、シルビア様に診ていただいたら……足に異物があって……今度の満月の夜に手術することになりました。シルビア様が執刀してくださいます。だから、心配しないでね』


 どうしても伝言だと素っ気なくなってしまう。

 伝言を吹き込まれた黒い烏は光の加減で虹色に煌めき、遠い空へと飛んでいく。


(家族……)


 突然、その言葉が頭に浮かぶ。


 ルネは、私の家族……


 じゃあ、シルビア様は、友人?


 違う……そうじゃない……


 ロシ―タちゃんも、フィ―ちゃんも、今日会ったばかりのダ―クちゃんもチェリ―ちゃんもきっと仲良くなれる。

 友達から、家族のように……


 シルビア様も――

 シルビア様は――


 シルビア様はその中でも特別で――


(まるで……伴侶……みたいな――)


 その言葉が浮かんで私はみるみるうちに赤くなる。

 心臓がバクバクいって、チェリ―ちゃんの上に突っ伏した。


「ユミィ? どうかした?」


 シルビア様が私の後ろ頭を撫でてくれる。

 その手がとても気持ちよかった。


「い……いえ、なんでもないです……」


 私が顔を上げると、シルビア様が微笑んでくれた。

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