第55話 召喚術2 ☆
魔法陣から眩い桃色の光が辺りに溢れ出してくる。
こ、これはもしかして……魔法陣が発動してしまっているのでは……?
「ふわ――、ゆみぃ、おはな、でちゃったぞー。ちーんしてー」
当のロシータちゃんは、呑気に私のところへトコトコとやってきた。
ロシータちゃんの鼻水をハンカチで拭いつつ、私はシルビア様を仰ぐ。
「ロシ―タァ……、魔法陣に魔力を流したな……」
シルビア様が眉根を寄せる。
シルビア様の言葉に、ロシータちゃんはやっと不穏な状況に気づいたようだった。
「おぉお……やっちまった―! ぴかぴかになっちゃったぞ!」
焦ったロシータちゃんが魔法陣の周囲をグルグルと走り回る。
ええっ、だ、大丈夫なのー⁉
私は走り回るロシータちゃんを捕まえて背中に隠すと、光り出した魔法陣におののく。
後ろからひょっこりと顔を出したロシータちゃんが、興味深そうな顔で魔法陣を見つめていた。
魔法陣はいっそう輝きを増して、光が波紋のように広がっていく。
眩さを手で遮りながら、そこから浮かび上がってきた何かに目を凝らす。
(な、なにが現れるのかしら……⁉ ロシータちゃんを傷つけるものじゃないといいけど――!)
「わ――――――――! おぉっきぃ――――――――!」
小さな魔法陣から出現したのは、ロシ―タちゃんの五倍もの大きさもある、げっ歯類とみられる生き物だった。
全身の桃色の毛はとてもフワフワしていて、水色と黄色とオレンジ色が混ざり合ったつぶらな瞳が愛くるしい。
「この子は、カ―ピ―というネズミの上位精霊だね。見たところまだ子どもだし、害はないよ」
シルビア様が私の肩にそっと手を置いてくれる。
「ろしーたの、こぶんにするぞー‼」
ロシ―タちゃんがいち早くカーピーに跳びついて、モフモフと撫でまわした。
「か、可愛い!」
フィ―ちゃんも感極まったように駆け出し、ロシータちゃんと一緒にカーピーを抱きしめる。
わっ、わかるっ……わかるよ、フィーちゃん!
この子は、その、なんていうか……すごく、すごく、触りたい!
我慢できなくなって、私もカーピーに近づき撫でてみる。
モフモフした手触りがなんともいえない気持ちよさを与えてくれて、愛しさがこみ上げてくる。
思わずギュッと抱きつき、頬を埋めるようにして、柔らかい毛を確かめる。
すごい……フワフワ……心も体も温かくなっていくみたいだわ……
「わ~! あったか~い! フワフワですよ、シルビア様! んふふふっ!」
私達三人がモフモフを堪能していると、巨大なカーピーが「きゅっ?」と、ひと鳴きする。
それがまた可愛くて、何度も何度も桃色の毛を撫でた。
「かわいいな~、ろしーたのこぶんは、かわいいな~♪」
「……」
ロシータちゃんはカーピーの頭の上に載って頬ずりをし、フィーちゃんはカーピーに顔をくっつけ深呼吸していた。
私がカーピーの大きな尻尾を抱き締めると、フワフワの尻尾は左右にと揺れ始める。
「わ~! お揃いだね! 私も、尻尾が動くんだよ!」
カーピーと一緒に尻尾を動かしていると、疲れなど何処かに吹き飛んでしまったみたいだった。
「シルビア様! この子、とっても可愛いです! あぁ……このまま、離れたくない……♡」
カ―ピ―に抱き着いたままシルビア様を振り返ると、にっこり笑ったシルビア様の周りを、何故か黒い魔力が取り巻いていた。
「……そう。……よかったね……」
のたうち回る蛇のような真っ黒な魔力は、うねりながらシルビア様が描いた魔法陣へと流れ込み、紫色に光り出した。
「あ……しまった……」
シルビア様が焦ったように魔法陣に手を向けるけど、光は抑えられずにますます溢れ出してしまう。
「おぉお! しるび―も、しょうかん? したんか?」
「えっ! シルビアさんもっ⁉」
ロシータちゃんの声に驚いたフィーちゃんが顔を上げると、魔法陣から紫色の光が溢れ出て、私たちの目を眩ます。
「シ、シルビア様っ、い、一体……何がっ⁉」
とても大きな魔力が流れ込んだのかな?
ということは、召喚されたのは……今度こそ……すごい魔力を持った生き物?
恐る恐る目を開ける。
光の中から現れたのは、12~13歳くらいに見える、黒いロ―ブを着た背の低い子どもだった。
肩までの髪の毛は淡い紫色で、頭には丸まった角が二つ。
……獣人? でも、何かおかしい。
整った顔に大きな瞳は綺麗な薄紫に金色が入っているけれど、足元の暗闇がまるで蛇のようにこの子に張り付いている。
隠し切れないほどの、闇の属性。
「ボクを呼んだのは、貴女ですか?」
どうやら男の子だったその子は、顔を赤らめながらシルビア様に話しかける。
シルビア様を見つめる瞳は魅入られたようで、喜びが浮かんでいた。
「なんて膨大な魔力! なんて美しい……! あなたのような素晴らしい方に召喚されて、とても光栄です!」
男の子は左手を腹部に当て、シルビア様に礼をする。
シルビア様が当惑の色を見せる。
「君は、魔族かい……?」
「はい! ……下級ですが、れっきとした魔族です。ま、まだできることは少ないですが、ご主人様となる方には誠心誠意お仕えします!」
ペコリと頭を下げる男の子に、シルビア様は困ったような顔をする。
「すまない……君を召喚したのはこちらの手違いだ……。無駄な時間を取らせてしまった……すぐに送還術で魔界に送ろう」
シルビア様が地面に魔法陣を描いていく。
男の子はそれを見て青ざめた。
「ま、待ってください! ボクは間違って召喚されたんですかっ⁉」
「……その通りだ。すまない……だが、すぐに帰れるよ」
魔法陣から紫色の光が出始めるのを見た男の子は、泣きながらシルビア様にすがりついた。
「い、嫌です! 帰りたくありません! ボクは下級魔族で……初めて召喚されたんです! 初めて必要としてくれる方に出会えたと思ったのに……このまま帰っても馬鹿にされるだけだし、どうか貴女の眷属にしてくださいっ!!」
魔族の子の表情はとても必死そうに見える。
「しかし、君は男だろう?」
「は、はい……」
「悪いが、男は苦手なんだ。患者と友人、親兄弟以外、なるべく接触しないようにしている。悪く思わないでくれ」
「そ、そんなぁあああっ!!」
シルビア様が魔法陣を発動させようと手を振り上げると、男の子の悲鳴が響いた。