第54話 召喚術
「ロシ―タちゃん、フィ―ちゃん、大丈夫っ⁉」
慌てながら二人に近づくと、疲れたような声が返ってくる。
「私は……なんとか……ロシ―タさんは?」
「ろし―た、ひ、へいき―」
よろめきながら立ったフィ―ちゃんに手をかしながら、ロシ―タちゃんの様子を確認する。
燃え盛る火の中にいたのに、ロシ―タちゃんは火傷一つ無いようだった。
「あ、あんなに燃えたのに……体は痛くないの、ロシ―タちゃん?」
「うん! ……でも、ふく、もえたぞ~~~~」
ロシ―タちゃんは悲しそうな顔をして、私に服を見せようと両手を広げる。
ロシータちゃんが動く度に、炭になってしまった服は、無残にもボロボロと崩れ落ちていった。
「ロシ―タは火蜥蜴の血を引いているから、火耐性があるんだ。本人はいくら燃えても平気だけど、その服には耐性が無かったからね……どれ……」
シルビア様がロシ―タちゃんの服を上から下まで撫でると、ボロボロの服は消え去り、真っ白なフリルのついた可愛い黄色のワンピ―スに変わる。
ロシ―タちゃんが目を皿の様に丸くして驚き、クルリと一回転した。
「燃えた服を消失して、異空間収納にあった服と交換したんだ。……気に入ったかい?」
「あれー!? おはないろの、およーふくになったぞ! おひめさまの、およーふくだー! ろしーた、きていいのか⁉」
ロシ―タちゃんは頬を真っ赤にして照れながら、どこか緊張しているように見えた。
「すごく似合うよ! 可愛いから、ずっと見ていたいな」
思った感想をそのまま伝えると、硬直していたロシータちゃんの表情は段々と解れていき、「……そーか! あんしんしたぞ!」と笑ってくれた。
「しるびー! ありがとー‼」
ロシータちゃんが感激したようにシルビア様に飛びついた。
「はいはい」と言って、シルビア様がロシ―タちゃんの頭をポンポンする。
「ロシ―タが火の攻撃を仕掛ける時は、精霊力を行使する方が威力も増すだろう。フィ―も、風の攻撃に関しては同じだよ」
シルビア様が二人を労うように言った。
「ろしーた、むずかしーおはなし、わかんないぞー」
「シルビアさん、ありがとうございます……っ」
一瞬、フィーちゃんの足元がふらつき、シルビア様が彼女の腕を掴んだ。
フィーちゃんは少し息を切らしていて、疲労の色が浮かんでいた。
「今日はここまでにしようか。魔法を使い慣れないうちは、行使する際に魔力だけでなく体力まで奪われてしまうものだからね」
「そうだったんですね……もっと、体力をつけなくてはいけませんね。……すみません、少しだけ休ませていただきます……」
集中力の切れたロシ―タちゃんが広場で側転を始め、フィ―ちゃんがくたっとしゃがみ込んだ。
「初めての授業でこれだけ学べたら上出来だよ。ユミィも疲れたかい?」
「え、ええ、少し……」
何をしたわけではないけれども、新しいことを覚えようと気を張りすぎてたのね。
ビックリすることが目の前で起こり続けて、自分でも驚くほどに身体が疲れてしまっていた。
シルビア様がふっと微笑む。
「みんなよく頑張ってくれたからね。休憩にしようか」
シルビア様が指を鳴らすと、その瞬間、私たち全員が裏庭の四阿の前に移動していた。
私とフィ―ちゃんがキョロキョロして、ロシ―タちゃんが「すげぃ」とシルビア様に輝く瞳を向ける。
な、何が起こったの……⁉
「転移の魔法だよ。もう少し授業が進んだら教えるね」
「やったー! しるびー、やくそく‼ うそついたら、さらまんだー100まんびき、まるのみ、だぞ!」
転移魔法……私とロシータちゃんを歌劇場から連れ出してくれた魔法だ……
(すごいわ……)
そりゃあ、シルビア様が大魔法使いだってこと、頭では分かっているけれども。
改めて体感すると、その才能を実感しちゃうなぁ……
「……さて、今日はどんなお菓子がいいかな……みんな、何が食べたい?」
羨望の眼差しで見られている事に気づかないシルビア様は、穏やかな様子で皆に尋ねた。
「ぐぬー。なやむー。ふぃーは、なにがすきだぁ?」
「……お菓子、ですか……? えっと、あの……?」
状況を掴めずにいるフィーちゃんが、戸惑いながら私を見た。
「あっ、あのね、フィーちゃん。“休憩”っていうのは、シルビア様が開いてくれるお茶会の事なの」
私はフィ―ちゃんの肩に手を添え、四阿の椅子に座るように促す。
魔法の授業がいきなりお茶会に変わったのだから、驚いちゃうよね。
「シルビア様ね、沢山ティ―セットを持っているの。だから、色んな種類のお菓子や軽食を出してくれるんだよ」
趣向を凝らしたティーセットは、本来ならばお客様をもてなす時や、シルビア様お一人で楽しむ時の為の物だ。
シルビア様は忙しい合間を縫ってお茶会を開いてくれているから、私達に大切な時間を割いてもらうのは申し訳ないんだけど……
(初めてお茶会に参加するフィーちゃんに、楽しんでもらいたいのよね……)
シルビア様が微笑みながら花柄のクロスを渡してくれて、シルビア様も私と同じ気持ちなんだと思った。
ふふふ……それに、私は見逃さなかったよ。
シルビア様の口から「お菓子」という単語が出た時、フィ―ちゃんの瞳に宿った、その一瞬の光を――……!
「色々な種類のお菓子……! ゆ、夢みたいですね……」
フィ―ちゃんが子供のように目をキラキラさせながら頬を赤くする。
「甘いもの、好き?」
私の問いかけに、フィ―ちゃんがこくりと頷いた。
ロシ―タちゃんもフィ―ちゃんにくっつくように座ってシルビア様に訴える。
「ろし―た、け―きがいい! はやく、はやく~‼」
魔法の授業でお腹が減ったのか、涎を垂らしたロシータちゃんがバンバンとテーブルを叩いた。
「お行儀よくしてなきゃ、食べさせないよ」
「んぅー! んぅー!」
シルビア様がロシータちゃんの鼻をつまむ横で、私はフィーちゃんと一緒に円卓にクロスを広げていく。
「ユミィとフィ―もケーキでいい?」
「はい!」
「あ、ありがとうございます」
「それなら――」と、シルビア様はロシータちゃんの鼻から指を離し、柔和な笑顔でコンコンと円卓を叩く。
シルビア様の呼びかけに応じるように、テーブルクロスの上にはお茶会の準備が揃って行った。
突如出現したティーセットは、白い陶器にサクランボが色鮮やかに描かれていて、サクランボを模った蓋のつまみ部分も可愛らしい。
丁度飲み頃になっているティーポットから漂う爽やかなお茶の香りが、疲れた体を癒すように包み込んだ。
籠に沢山盛られたバケットや、クリームにジャム、人型に焼かれたクッキーも、私達の目を楽しませてくれた。
次々と出されるお菓子を目にする度に、フィーちゃんの頬がどんどん紅潮していく。
そして、最後にシルビア様がケ―キ台に載ったホ―ルケ―キを出すと、フィーちゃんが「キャッ!」と小さな声で悲鳴を上げる。
「ご、ごめんなさい……嬉しくなってしまって……」と、フィーちゃんは恥じらいながら口元を押さえた。
ピクピクと動いた耳が、フィーちゃんの気持ちを表しているみたいだった。
ふふっ。わかるわ、その気持ち……こんなに次から次へと素敵なお菓子を出されて、喜ばない人はいないよね……
私は揺れる尻尾を押さえるのを早々に諦めている。
「ダ―クチェリ―のチ―ズケ―キと薬草茶だよ。すぐに切り分けるからね」
シルビア様は今にも歌い出すようにケ―キにナイフを入れていく。
この前のお茶会も嬉しそうだったから、シルビア様も甘いものが大好きなのかな?
ケーキがサクランボ柄のお皿に載せられると、立ち上がって手伝おうとした私達をシルビア様が制してお茶を淹れてくれる。
「初めての授業で気を張っただろう。ゆっくり休むといいよ」
コポコポと優しい音を立ててカップに流れ込んだお茶は少し緑がかった不思議な色をしていた。
シルビア様がお茶を淹れるのを見ていた妖精ちゃんが、その香りを楽しむ様にポットから出た湯気の中に入って遊んでいた。
ティ―セットの柄は今日のケーキに合わせてくれたみたいで、私達を楽しませてくれようとする気遣いを感じる。
「さ、どうぞ。召し上がれ」
「いただきま――すだぞ!」
「いただきます」
「い、いただきます」
ロシ―タちゃんがフォークでケ―キを突き刺して大きく開けた口に放り込む。
「うんまぁ~んまんまんまんまんま~~~~‼」
顔をほころばせたロシータちゃんが、口の周りにクリームをつけながら満面の笑みを見せてくれる。
ロシータちゃんを微笑ましく思いながら、私達もお茶に口をつけた。
「美味しい……体に染みわたっていくみたい……!」
「本当だね。シルビア様、このお茶って、何か入っているんですか?」
薄い緑色のお茶は、飲むと体に浸透していく心地がして、身体の疲れを溶かしてくれているようだった。
「これは薬草園で作った薬草のお茶だよ。体力・魔力の回復作用があって、精霊力が溢れているから健康にもいいんだ。ケ―キもどうぞ」
フィ―ちゃんがフォークに少しだけ載せたケ―キを口に運ぶと、あっという間に瞳が潤んでいく。
「お、美味しいです。シルビアさん……すごく美味しいです!」
フィ―ちゃんの感動の声にシルビア様が微笑んだ。
甘い物を食べて微笑んでるフィ―ちゃんは子供に戻ったみたいで、無邪気に笑ってくれているのがとても嬉しい。
私もケ―キを口にすると、サクランボのふんわりとした甘味と、チ―ズの酸味が口いっぱいに広がった。
「美味しい……」
「ユミィは、甘いものが好き?」
「は、はい……シルビア様も?」
シルビア様は私から目を逸らさずに言う。
星を散らした夜空のような瞳には、熱がこもっている様に感じた。
「うん。大好きだよ」
(あ……)
まるで私が大好きって言われたみたいで、何故かシルビア様の目を見ている事ができなかった。
「だからね、ユミィ、あ―んして?」
「は? ……あ、え……ええ……」
私がフォークに載せたサクランボは、いつの間にかシルビア様の口の中へと移動していた。
「ふふっ……ありがとう」
何でシルビア様はいつも「あ―ん」をせがむんだろう?
食べるのが面倒臭い……わけじゃないわよね……フィ―ちゃんには「あ―ん」なんて言わないと思うんだけど……
(もしかして……私に甘えてる……とか……?)
その事実に気づいてフォークを持つ手が震える。
(私……嬉しいんだ……)
シルビア様が甘えて、気をゆるしてくれることがとても嬉しい……
なんだかシルビア様を眩しく感じて、視線を他に向けると、一足先に食べ終わったロシ―タちゃんが、四阿の隣の開けた更地に木の棒でお絵描きを始めていた。
髪の長いロ―ブを着た女の子の絵……
「しるび―、しるび―、みて!」
どうやらシルビア様の絵を描いたようだった。
「ロシ―タさん、上手です」
「可愛い絵だね、ロシータちゃん」
「えへへ」
フィ―ちゃんと私がロシ―タちゃんの絵を褒めると、シルビア様は少し戸惑ったような照れたような顔をする。
照れ隠しのように一つ咳払いをして、シルビア様も落ちていた枝を手に取った。
「上手いじゃないかロシ―タ……いい機会だから、召喚術も教えておこうか」
シルビア様が円に囲まれた六芒星の陣を地面に描きだした。
「これは一番基礎となる魔法陣だから覚えておくといいよ。この陣に魔力を流し込むと、自分の魔力を分け与える代わりに、魔族や精霊が召喚できる。今はしないけどね」
「おぉお―! しるび―、すごぉい! ろし―たも、やるやる―!!」
ロシ―タちゃんが棒を使って空中に魔法陣を描き出した。
「えっ⁉ 空中にも描けるんですか?」
私が驚くとシルビア様は頷く。
「うん。微弱な魔力を使って描くものだから、どこにでも描くことはできるんだ。ロシ―タ、発動してしまうから、陣に魔力を流してはいけないよ……」
「は―ぃ……ふ、ふぇ、ふぇっ……!」
ロシ―タちゃんの周りを羽虫が飛び、鼻をくすぐっている。
「ふぇっ……くちゅん!」
ロシ―タちゃんの手が空中の魔法陣に触れ、魔法陣が桃色に光り出した。