第53話 授業2
ロシ―タちゃんとフィ―ちゃんが結界魔法を習得するのに、そう時間はかからなかった。
二人の手から現れた赤と緑の魔力玉は、透明な薄い膜になってそれぞれの体を包み込む。
「思っていたよりもずっと早く覚えたね。二人は精霊力が強いから、精霊たちが惹かれて、魔力を使う場合にも精霊の加護を得られるのかもしれないな」
二人の様子を見たシルビア様が、満足そうに頷いた。
「精霊力?」
「ってなんだ―?」
フィ―ちゃんとロシ―タちゃんが首を傾げる。
私も聞きなれない言葉だったので、シルビア様の説明を待った。
シルビア様の顔はまだ少し赤くて、私が見つめると恥ずかしそうに目を逸らしながら講義に戻る。
「精霊力とは、魔力とは異なる超自然的な力のことだよ。精霊が集う自然力の多い場所ならば優位に働く力で、ほぼ無限に使役できる。そこは魔素を利用する魔法と同じだね」
シルビア様の肩に水色の髪色をした精霊ちゃんが止まって、うんうんと頷いた。
「精霊力は、主に精霊の血を引く者や、妖精に宿る力だ。だけど、精霊力の無い者でも、精霊に願うことで、その力を得て使う事ができる。魔力を封じられた時なんかに、とても役に立つよ」
シルビア様が人差し指を立てると、その上に水色の幼い精霊が止まる。
「水を」
シルビア様の言葉に頷いた精霊ちゃんが、パタパタと羽を震わせる。
精霊ちゃんの羽ばたきと共に、キラキラした光の粉がシルビア様の手のひらにかかると、手のひらが水で満たされていた。
すごい……これが精霊力……?
「おお――!! せいれー、すごーい! しるびー、せいれーとなかよし、いいな――! かっこい――!」
「まぁ……! お水が輝いています……綺麗……」
ロシータちゃんとフィーちゃんが歓声を上げると、精霊ちゃんが胸を張って得意そうに笑う。
我も我もと集まってきた精霊ちゃんたちが、各々に覚えたばかりの側転を披露し、二人が拍手を送って褒めたたえた。
はしゃぐ精霊ちゃん達の横で、私は深く感動していた。
(小さな精霊ちゃんが、すごい力を持っているんだなぁ……)
この森を吹き抜ける風も、あの雨の粒も、自然界の全てに精霊ちゃんたちの力が関わっているんだ……
普段は見過ごしてしまう、小さな小さな命の輝きが、そこら中に満ちているようで、嬉しさが湧き上がってくる……
(世界って、命に溢れているんだわ……その全てが、きっと、煌めいてる……)
言葉にできない気持ちを感じて動けないでいると、シルビア様が水で満たされた手のひらを向けてくれる。
「飲んでみる……? もし、嫌じゃなければだけど……」
「い、嫌じゃないです!」
私はシルビア様の手を取って口づけ、水を吸った。
喉が潤っていくのと同時に、乾いた砂に水が染み込んでいくような充実感が心を満たしていく。
すっかり水を飲み終えた私が目を上げると、顔を耳まで真っ赤にしたシルビア様が呟いた。
「……あ……い、いや、この水じゃなくて……。ゴ、ゴブレットに……新しい水を……注ごうと思っていたんだけど……」
一瞬、お互いに見つめ合ったまま固まってしまう。
言われた意味を理解すると、あっという間に、私の顔にも熱が広がっていった。
「あああ……す、すみません……わ、私、早とちりして……な、なんてことを……っ!」
あわあわとして声と尻尾が震えてしまう。
私……私って……、何て馬鹿なのっ……! い、一体……なっ、何をやってるんだろう……
シルビア様も私の奇行に呆れているのか、それとも困っているのか、静止してしまった。
(あ~~~~恥ずかしいよお~~~~。ちょっと考えればわかることでしょ~~~~‼)
居たたまれなくなって俯くと、シルビア様が気遣うように声をかけてくれる。
「あの、ど、どうだった? 味は……」
恐る恐る顔を上ると、シルビア様は怒りなど微塵も無い明るい表情をしていた。
(シルビア様……なんて優しいのっ……! 私、とても失礼な事をしてしまったのに……寛大すぎるわっ……)
「え、あ、あの……澄んでいて、甘くて……美味しかったです……」
意見を求められている事に安堵して、そのままの気持ちを口にする。
まるで蜜みたいな……
あの味……なんだか覚えがあるような……
「そ、そう……精霊力を含んだ水は清澄な味がするんだ……」
(やっぱり特別な水だから、あんなに美味しかったのね。でも、どこかで知っている味――……)
そう言おうと思って口を開きかけると、シルビア様が「それ以外は、私の魔力の味だね……」と、ポツリと呟いた。
(えっ……シルビア様の……⁉)
私が問う様に目を向けると、シルビア様の頬がまたしても色づいていくのが分かった。
でも、多分きっと――私の顔の方が、それ以上に赤く染まっている――
(そ、そそそ、そうなんだ……シルビア様の魔力の味だったんだ……!)
そういえば――と、シルビア様に闇オークションから助けてもらった時のことを思い出した。
シルビア様に口づけをされて、彼女は弱っていた私に、自分の魔力を惜しげも無く与えてくれた。
意識はだいぶ朦朧としていたけれど……唇から全身に広がった蕩けるような甘さは、今でもしっかり覚えている。
(つ、つつ……つまり……わ、私は……シルビア様の魔力を……美味しいって思った……ってこと……⁉)
それを直接本人に伝えてしまうなんて、どうしようもないわ……
(意地汚い子だとか、思われてないかしら……⁉)
愚行を重ねてしまったことに気づき、恥ずかしくて逃げ出したくなってきた。
私が好感を持っている相手の魔力――例えばロシータちゃんや、フィーちゃん、弟のルネとかの魔力も、美味しく感じるのかしら。
それとも……シルビア様の魔力……だから――?
もし、口内に残るこの甘美さが、特別なものだとしたら――
パタパタと動き出した尻尾を、必死の思いで両手で押さえていると、ロシータちゃんの張り切った声が聞こえてくる。
「ろしーたおねーさんも、せいれーと、おともだちになるぞ! なかよしするぞ!」
握りこぶしを掲げたロシータちゃんの背に手を添え、フィーちゃんが微笑んだ。
「ふふっ。頑張りましょうね」
思考停止に陥っている私をよそに、ロシ―タちゃんとフィ―ちゃんはやる気に満ちている。
結界を解いた二人は、力をみなぎらせてシルビア様を見つめる。
咳払いをしたシルビア様が、講義に戻った。
「魔法は属性ごとに分類されるけど、精霊力もそうだ。魔法と組み合わせて使うと効果が高いよ。風魔法と火の精霊力なんかがわかりやすいかな」
「掛け合わせることが出来るんですか……難しそうですね……」
「多少、複雑ではあるかな。まずは簡単な精霊力を使ってみるといいよ。使いたい属性の精霊が力をくれるように、各々に祈りを捧げるんだ」
シルビア様の言葉に頷いたフィ―ちゃんが、修道女のように胸の前で手を組んで祈りを捧げる。
フィーちゃんの様子を見たロシ―タちゃんが、見よう見真似で頭の上で手を組んだ。
「精霊力は周囲の自然環境に左右されやすい。砂漠で水を出す時は、水の精霊力よりも水魔法を使った方が発動までの時間が短くて済む。氷の大地では氷魔法よりも、氷の精霊力の方が威力が大きい。その点を注意して、使用してごらん」
私が尻尾を押さえるのを密かに見守っていたシルビア様が、二人に視線を戻してアドバイスをした。
「あ、言い忘れてたけど、ロシ―タには火の精霊力があって、フィ―にも風の精霊力があるから、その属性の精霊力をもらうのはやめた方が――」
「きゃあ――!」
「うわぁお!」
シルビア様の言葉が終わらないうちに、フィ―ちゃんがすごい勢いで空へと舞い上がり、ロシ―タちゃんの体が激しく炎上する。
「……属性の精霊力が飽和すると、力が暴走してしまうんだ……」
シルビア様がクルリと人差し指を一周させると、ロシ―タちゃんの炎は消え、フィ―ちゃんはゆっくりと空から降りてくる。
「減衰の魔法を使ったよ。これもそのうち覚えようね……」
地面に降り座り込んだフィ―ちゃんがクラクラと目を回し、ロシ―タちゃんが口からケポッと煙を吐いて目を瞬いた。