第51話 雷の朝
うきうきした気分で、私は食卓にお皿を並べていく。
フィ―ちゃんと朝食を食べるのは初めてだから、とても楽しい。
一緒に配膳しながら、たまに目が合うフィ―ちゃんも笑いかけてくれる。
同じ気持ちだったら嬉しいな。
嬉々としている私達をよそに、シルビア様とロシ―タちゃんが席取りを始めた。
「ロシ―タ、君は私の斜め向かいに座るんだ」
シルビア様が厳格な表情でロシータちゃんに告げる。
(今まで席は決まってなかったのに、急にどうしたんだろう?)
「しるびー、わがままはだめだぞ! ろし―たが、ゆみぃとふぃ―のとなり、だぞ!」
ロシータちゃんはシルビア様に反発するように、イヤイヤとかぶりを振った。
「ユミィは私の隣だ。私の向かいがフィ―で、フィ―の隣がロシ―タだ」
シルビア様は重々しく言おうとしているけど、なんとなく余裕が無いように見えた。
「だめだめぇ~! ろしーたが、きめるんだぞー!!」
ロシータちゃんが床に仰向けにひっくり返って、バタバタと手足を動かした。
ロシータちゃんの振動で、食卓の上のカトラリーがカチャカチャと音を立てる。
フィ―ちゃんがしゃがみ込んでロシータちゃんの頭を撫でると、ロシータちゃんがフィ―ちゃんの胸に甘えるようにしがみついた。
「ふぃーからも、しるびーに、いってやってくれ~」
「ロシータさん……もしかして、シルビアさんと離れるのが嫌なんですか?」
「おう! しるびーも、ゆみぃも、ふぃーも、ろしーたの! だからなっ」
ロシータちゃんは、ニカッと歯を見せて口角を上げる。
(ロシータちゃんらしいなぁ。シルビア様は優しいもんね、甘えたいよね)
ロシ―タちゃんの要望で、私とフィ―ちゃんがロシ―タちゃんを挟んで、ロシ―タちゃんの正面にシルビア様が座る事になった。
食卓で凸の字に腰掛けているのは何だかおかしいけど、ロシータちゃんが子供らしいところを見せてくれると、微笑ましくなるわ。
フィーちゃんが手伝ってくれたので、あっという間に食卓の準備が整う。
瑞々しい魔力菜の上には、カボチャのサラダが載り、こんがりと焼けたロックバード肉が食欲をそそる。
フィ―ちゃんが作ってくれたトマトを煮込んだスープは、あっという間におかわりしてしまいそうなので、スープ鍋ごと食卓に置いておく。
保存箱から見つけた、パンやドライフルーツも食卓を華やかにしてくれた。
食べると頬っぺたが落ちるほど美味しい空葡萄が、各々の皿の中でキラキラと輝いていた。
「いっただきー!」
「「いただきます」」
「(なんでこうなった……)」
すごい勢いでロックバード肉を食べるロシータちゃんの向いで、シルビア様が何かブツブツ言いながら、しかめっ面でサラダを食べている。
シルビア様の後ろに黒いオ―ラが見える気がするわ……昨日のお仕事も忙しそうだったし、疲れが残っているのかしら……?
「あの……シルビア様……どうかされましたか……? 体調が良くなかったり……?」
「……いや、なんでもない……」
「んまんまんま……しるび―、ごきげんななめかー? どっか、いたい?」
ロシ―タちゃんが口の周りを鳥の油でテカテカさせながらシルビア様の顔を覗き込む。
そのまま舌を伸ばしてシルビア様の空葡萄を一粒食べようとする。
ロシータちゃんはもう自分のぶんの空葡萄を食べてしまったみたいね。
「どこも痛くない。……ロシ―タ、人の葡萄を食べるな」
シルビア様が空葡萄の入ったお皿を自分の側に引き寄せる。
行き場を失った長い舌はベロリとロシータちゃんの口の周りを一周し、力なく寂し気に垂れる。
「ロシ―タちゃん。ほら、私の葡萄をあげるから」
「やったー! ゆみぃの、おくれー♪ おくちに、あーんだぞ、ゆみぃ!」
ロシ―タちゃんが大きく口を開いたので、私は空葡萄をつまんでロシータちゃんの口に入れた。
「んま――――! もっとおくれ、ゆみぃ~!」
「あと一口だけだよ?」
「わかったから、わかったからぁ」と甘えながら急かしてくるロシータちゃんの口に、一粒だけ含ませた。
ロシータちゃんの顔には、燦々と輝くお日様のような笑みが広がっていくのに――
ズガアアアアアンンン――――――
先ほどから荒れている天気だったけど、雷の勢いがますます激しくなってしまった。
「わっ⁉ いっ、今の大きかったねぇ」
「ろしーた、おしり、びりびりしたぞ! みんなのおしり、だいじょうぶか⁉」
ロシータちゃんがゾワゾワと体を震わせると、「私も……」と言って、フィ―ちゃんが顔を赤くして恥ずかしそうに俯いた。
「もしかして、近くに落ちたのかもしれないね。こんなにお天気が悪かったら、今日は外に出られないかな……」
「ぶー! ろしーた、つまんないぞー! ふぃーに、もりのあんない、してやりたいー!」
「残念ですね……。森の探索、私もしたかったです……」
私たちがションボリしながら外を見ると、シルビア様が気まずそうに呟いた。
「も、もうすぐ、晴れる……かも、ね……」
シルビア様の顔は、何かと葛藤しているみたいだった。
雷が鳴る度に、私は尻尾の毛まで逆立ってしまうし、シルビア様のお尻もビリビリしてるのかな?
雨音が強くなってきたなぁ……、今日はずっと降り続けるかも……
(シルビア様にお願いしたい事があったんだけど……このお天気じゃ……)
一日中お仕事にかかりっきりのシルビア様だから、お話だけでも、先に聞いてもらうのはどうかしら……?
シルビア様が食卓にいる今こそ、それを言うチャンスだと考えを巡らしてみる。
「――そっ、そういえば、フィ―ちゃん……っ」
私は話を切り出そうと、幸せそうな顔でロックバード肉を食べていたフィーちゃんに目配せをする。
そんなに美味しそうに食べてくれてありがとう、フィーちゃん。
フィ―ちゃんが作ってくれた玉子のスープもとっても美味しいよ!
……なんて考えてる場合じゃなかった……!
私のぎこちない促し方でもちゃんと察してくれたフィ―ちゃんの顔が引き締まり、居住まいを正してシルビア様に話しかけた。
「あの……シルビアさん。もしよろしければ……私に、魔法を教えていただけないでしょうか?」
フィ―ちゃんの真剣な表情を見て、シルビア様が硬かった表情を崩す。
「……いいよ。私でよければ」
「……本当ですか⁉ あ……ありがとうございます!」
二つ返事で答えてくれたシルビア様に、フィーちゃんは少し驚いてしまったようだ。
(やったね、フィーちゃん! よかったね、応援してるよ……!)
私も嬉しくなって、心の中で拳を握った手を掲げ、フィーちゃんへの声援を送っていると――
「フィ―と、……ユミィもだね?」
「え? 私も? で……でも、私は……」
私は怪我してから魔法を使う事ができない……
もし教えていただいたとしても、シルビア様は貴重な時間を浪費してしまうだけなんじゃないかしら……。
暗い気持ちになる私の耳に、シルビア様の穏やかな声が優しく響いた。
「ユミィが手術を終えれば、身体に魔力が戻って、また魔法が使えるようになるよ。だから、今から一緒に学んでいった方がいい」
「シルビア様……」
シルビア様の言葉は、希望の光の様に私を照らしてくれる。
(シルビア様……怪我の事だけじゃない。手術が終わった先の事まで……、私の事をそんなに考えてくれていたなんて……)
「シルビア様……嬉しいです。……ありがとうございます……っ」
シルビア様の優しさが、胸いっぱいに温かく染み込んでいく。
シルビア様と目が合うと、シルビア様も微笑んでくれた。
さっきまでのどんよりとした空気はなくなって、いつの間にか外は晴れて魔力窓から入る日差しが暖かい。
「あの……」
フィ―ちゃんが遠慮がちに聞く。
「なあに、フィ―ちゃん?」
「手術って……ユミィさん、どこか悪いんですか?」
落ち着かない様子のフィーちゃんが、か細い声で私に聞いた。
小さいロシータちゃんが、傍にいるからかもしれない。
「あ、ううん、大したことはないんだけど……昔怪我したところに、ちょっと異物があってね。それを今度の満月の日にシルビア様に取り除いてもらうんだ」
あまり心配をかけたくなくて、私はあえて明るい調子で話した。
「大変ですね……ご家族には、もうご連絡はされたのですか?」
「連絡……そうだよね……」
手術と言えばルネは心配するから、できればルネに知らせずに手術したかったけど……
もし、ルネと私の立場が逆だったら、手術の事を教えて欲しいし、私はルネに付き添いたいな……
怒ると怖いルネの顔が浮かんで、苦笑してしまう。
「シルビア様……あの……」
シルビア様は心得ていた様に頷く。
「伝言鳥だね。食事が終わったら外へ出よう」
「ありがとうございます」
私は葡萄を一つつまんで立ち上がった。
「ユミィ?」
シルビア様が目を大きく見開いて驚いている。
「あ……あれっ? いりませんでしたか?」
「あ―ん」のタイミングだと思ったんだけど……余計な気を回してしまったわね……
何だか恥ずかしくなってすぐ席に着く。
「ゆ、ユミィ! う、うれし――」
「んじゃあー、ろし―たが、いただくぞ!」
シルビア様が何か言いかけたけど、ロシ―タちゃんが私のつまんでいた空葡萄を長い舌で絡め取って飲み込んだ。
「しるびーはむかしから、しょーしょく、だなー。おっきくなれないぞ!」
ズドオオオオオオ――――ンン
またどこかで雷が落ちたわね……
森の貴重な木が燃えてないといいな……