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第50話 友達

 フィ―ちゃんと母屋に戻ると、朝食を作るのに丁度いい時間になっていた。

 調理道具を棚から取り出して調理台に並べていると、フィ―ちゃんが私の顔を覗き込む。


「ユミィさん。あの……もしよろしければ、なのですが……」

「なあに、フィ―ちゃん。……あっ、朝食のリクエストとか?」


「とんでもない」とフィ―ちゃんが首をふると、ターコイズグリーンの髪がふわりと揺れる。

 いつもの台所が、フィ―ちゃんのいる所から華やかになるような気がする。


「ユミィさんのお手伝いをさせて頂きたいのです……!」


 おずおずと口にするフィ―ちゃんは、緊張した面持ちをしている。

 フィ―ちゃんの思いもよらない申し出に少し驚いたけれど、私は喜んで返事をする。


「ありがとうフィ―ちゃん。じゃあ、ス―プをお願い」

「はい。頑張ります」

「一緒にがんばろうね!」


 (そで)(まく)りながら、フィ―ちゃんはニコッと笑って応えてくれて、私はより嬉しくなった。

 今日フィ―ちゃんが手伝ってくれるのは本当にありがたい。

 保存箱(アイテムボックス)にある料理は着々と減ってきているので、これからは自分達で食事を作っていこう。

 私が保存箱から次々に食材を取り出すと、フィ―ちゃんが不思議そうに保存箱を覗き込む。


「……物が……いっぱい入るんですか……?」

「すごいよね、シルビア様の話では、無制限に入るみたいだよ。……トマトが沢山あるから、トマトのス―プと……サラダは……」

「……ユミィさん……ユミィさんは、何も疑問に思わないんですか?」

「……え?」


 フィ―ちゃんが少し緊張したような、真剣な声で言った。


「この魔道具一つで……小さな街が一つ買えてしまうほど……いえ、それ以上の価値がありますよね……」

「……うん……それは、なんとなく思ってた……」


 あまり深く考えないようにしていたけど、やっぱりそうだよね……

 この保存箱だけじゃなくて、壁についてる何気ない魔道ランプとかも、流通してはいないものだ。

 ランプは油も足していないのに暗くなったら勝手に灯り、朝になったら消え、心を落ち着かせてくれる優しい光が漏れる。

 街で使われているのは魔物から採った魔石を入れて煌々と光るランプで、何度も魔石を入れ替えなければいけないから、こちらのランプと比べると性能はあまり良くない。


「魔道具だけではなく……この森に入ってからとても体が楽で……きっとシルビアさんが展開されている何かの魔術だと思うのですが……そのことも含めて、他の人に知られるのは危ないんじゃ……」


 フィ―ちゃんが心配そうに言う。


「……うん……私も同じことを考えたよ……」


 権力者は何でも取り上げようとするもんね……


 この世界――私達が存在するリーズペルムでは、どの国にも貴族や王族がいて、権力を持っているぶん、とても厄介な存在だ。

 それは、今住んでいるルビスティア国も同じで、私も子どもの頃、街で貴族に足蹴にされている店の人を見たことがあった。

 小銭を投げつけられて、店の高価な物を持って行かれてしまっていた。

 助けたいと身を乗り出したけれど、街の大人の人に強く止められてしまった。

 貴族に逆らうと一族ごと危険な目に遭うよと言われて、子どもの私には何もできなかった。


 すごく悔しくて()り切れないけれど……貴族たちのやり方は、現在に至るまで、全く変わる気配は無い。


「だけどね、この森は(よこしま)な考えを持つ人は入ってこられないように魔術がかけられてるんだって」


 私はサラダに入れる魔力菜をサッと洗いザルに入れて水を切ると、ふきんの上にザルごと上げておく。

 保存箱から出した、調味油に漬け込んでおいたロックバード肉を魔道オーブンの中に入れ、火を点けた。


「そうなんですか……」

「うん。でも、例外はあって……シルビア様の魔力を受けた人なら、病人や怪我人じゃなくても森の中に入ってこられるの……それで――」


 シルビア様が傷ついた時を思い出す。

 容赦なく浴びせられる罵声に、裂かれた頬から滴り落ちる血。

 そして、そんなことがあったのに全く動じないシルビア様。

 きっとシルビア様は、今までに何度も傷ついてる。

 シルビア様が時折見せる哀しそうな目が、それを物語っていた。


(だから私はあれから、シルビア様を守りたいって思ったんだ……)


「……危険な目に遭うこともあるから、フィ―ちゃんも、外から来た人には気をつけて……」

「……わかりました。行動には、注意しますね」


 シルビア様を守るには、まずは私がしっかりしなくちゃいけない。

 手術を受けても、当時の記憶を失うだけかもしれない。

 子どもの頃のような俊敏さを取り戻す事はできないと思うけど……


(どんなに役立たずな私だって……シルビア様を守る盾くらいにはなれるはず……ならなくっちゃ!)


「ユミィさん?」


 いつの間にか私の手は止まっていた。


「ううん、なんでもない。シルビア様は忙しくて、全部を頼り切ってしまうのは申し訳ないから……。シルビア様の手に余る所とか、フィ―ちゃんと一緒に手伝っていけると嬉しいなって」

「ユミィさん……、とても嬉しいです……! ぜひ、いつでもお声かけ下さいな。私、一生懸命頑張りますね!」


 フィ―ちゃんは朗らかに笑ってくれる。


(かっ、可愛い……! 私なんかの言葉に、ここまで感情を見せてくれるなんて……!) 


 この真っ直ぐな素直さが、私が憧れる、フィ―ちゃんの素敵なところだわ。

 嬉しくなって私も微笑む。


 私はフィ―ちゃんのこと、「お友達」だと思っちゃってるんだけど……いいかな?


(……はっ、いけない! お仕事始めなきゃっ!)


 私は再び手を動かして、朝食作りに取り掛かる。

 ふんっと包丁に力を入れてカボチャを二つに割ると、スプ―ンで種を取り除いていく。

 種を取った実の部分を細かくして、沸かしたお湯の中へ入れて茹でていく。

 取った種は綺麗に洗ってから炒っておいて、いつかパンを焼く時なんかに使ってもいいかも。

 ロシータちゃんは、歯応えのあるものが大好きみたいだしね。

 保存箱の中にパンはもうほとんどなかったから、明日は私が焼いてみようかな。

 明日の献立も考えつつ、すっかり茹で上がったカボチャをザルにあけて、よく水を切ったら別の器に入れて(つぶ)していく。

 柔らかくなったカボチャに、少しのバタ―と真夜不眠(マヨネズ)適量を混ぜ合わせて、魔力菜の上に載せていく。

 半分に切った小さなトマトで彩りを添えれば――サラダは完成だ!


(うふふ……嬉しい……。お料理って、達成感を感じられるよね……)


 一息ついたので、フィ―ちゃんが作ってくれているものが気になって、わくわくしながら目をやった。

 フィ―ちゃんのほうも味付けの段階に入ってるみたい。

 刻んだトマトを煮立てたスープが、グツグツ音を立てている。


「ロックバードから出た油を、スープの中に入れたいのですが、いいでしょうか?」

「うん! とってもいいアイデアだと思うよ!」


 私の言葉にはにかんだフィ―ちゃんが、ミトンを着けた手で魔道オーブンから天板を出すと、こんがりと焼けたロックバードが姿を現す。


「「美味しそう‼」」


 お肉の焼けるいい匂いに、私の尻尾がパタパタと揺れると、フィ―ちゃんの少し尖った耳もヒクヒクと動いた。

 私が焼けたお肉を大皿に並べていく間に、フィ―ちゃんは慣れた手つきで、東洋の黒い液体調味料と、ロックバ―ドを焼いた時に出た油をスープに少し入れて混ぜ合わせる。

 魔道コンロの火を弱火にしたら、仕上げに溶き玉子をゆっくりと流し入れていく。

 ふんわりとした玉子がトマトと絡まって、とても美味しそうだ。


「あっ! やってしまいました……!」

「え、どっ、どうしたのっ?」


 フィ―ちゃんが焦った顔をしている。


「昨日も玉子のス―プだったのに、今日も玉子を入れてしまいました……」


 フィ―ちゃんが頬を赤らめる。

 視線が明後日を向いている。


(えっと……昨晩の献立はたしか……?)


 昨夜ロシータちゃんが意気揚々とフィ―ちゃんに飲ませていたものが、玉子のスープだったことを思い出した。


「そっか……大丈夫だよ……ふふっ。だって、こんなに美味しそうなんだから」


(……なんだか私たちって似ているな)


 嬉しくなって、ついつい笑みが浮かんだ。

 けれど、ますますフィーちゃんは申し訳なさそうに少し涙目になってしまう。

 その様子が子犬の様で、いじらしいやら、すごく可愛らしいやら……私はなんとかしてあげたくて堪らなくなる。


「空葡萄、食べる? 一つだけ。皆には秘密ね」

「……はい。つまみ食い、大好きです……」


 私はフィ―ちゃんの口に空葡萄を一粒入れてあげる。

 空葡萄はフィ―ちゃんの口の中ですぐに溶けたようだった。


「おっ、美味しいです!」


 フィ―ちゃんが空葡萄の美味しさに感動して目を潤ませる。

 フィ―ちゃんと私が顔を近づけさせて笑い合っていると、シルビア様が台所へとやってくる。

 昨日寄り添って眠ったことを思い出して、なんだか少し面映ゆい。


「……ユミィ……いないと思ったらこんなところに……フィ―……ユミィと仲良くなった……の?」

「えっと……、わたしは……」


 シルビア様にそう問われたフィ―ちゃんは、途端にもじもじと顔を赤らめて、伏し目がちに私の方を見た。


「すみません……! 私は……ユミィさんのお気持ちを無視して、そのつもりで接してしまっていました……! そうだったらいいなって、勝手に失礼なことを……ごめんなさい……っ」


 フィ―ちゃんが吐露してくれた気持ちを耳にして、たちまち私はいても立ってもいられなくなった。

 感情に任せて、フィ―ちゃんの両手を強く握った。


「フィ―ちゃぁん! 嬉しい! 嬉しいよ……! 私もフィ―ちゃんのこと、「お友達」だって思ってたの! だけど、村でも街の学校でも、歳が近くて親しい子なんてできなかったから、お友達の作り方ってよく分からなくて……!」

「ユ、ユミィさん……! 私のことを、そんな風に……⁉」


 お友達になりたいと思った人に、お友達になりたいと言ってもらえた――

 初めて感じる喜びに、涙が浮かぶくらい胸がいっぱいになった。


(皆に優しくしてくれるシルビア様の温かさが、私を変えてくれたような気がする……)


「シルビア様、フィ―ちゃんとお友達になれるきっかけを作ってくださって、ありがとうございます!」

「シルビアさん。私、ユミィさんと改めて……仲良くなれました!」


 フィ―ちゃんと私は、晴れやかな気分でがっしりと腕を組む。


「……そう。――それは、とても……素晴らしいこと、だね……?」


 私たちを見つめるシルビア様の表情が、柔らかくなり、どんどん笑顔になっていく。


 シルビア様もフィ―ちゃんが打ち解けて嬉しいのね。

 よかったな。


 そう思った途端に、さっきまで窓から射していた光が陰った。

 部屋一面を照らすほどの光だったのにと、不思議に思って外を見ると、真っ暗な雲から雨が降り出していた。


(ええっ、いきなり大雨っ⁉ この季節に珍しいな……!)


 こんなに天気が悪かったら、今日は外に出られないわね。

 だけど、こんな日は、家でゆっくりするのも楽しいよね……みんながいてくれるんだもの。


「そうだ、シルビア様! 今日も一緒にお昼寝しましょうね!」

「……え……?」


 シルビア様が呆けた顔をして、その頬が桜色に染まっていく。


「あっ! ユミィさん、空がっ!」


 フィ―ちゃんが指差した窓の外は、一面に日が照っている、。

「これは、もしかして……?」と、フィ―ちゃんが何かに気づいた様にシルビア様の顔を見た。 

 外の雨が止んで、暖かい日差しが窓から入ってくる。


「ユミィ、そ、それは、二人きりで――」


 シルビア様が何か言いかけていたけれど、天候に気を取られていた私の耳には入らなかった。


「あれっ、また晴れてきた? よかった! 今日のお昼寝会からフィ―ちゃんも一緒だから、ロシ―タちゃんはもっと喜んでくれますね。ねっ、シルビア様?」


 ビシャアアアアアン――――


 外で大きな雷鳴が一際大きく響き、さっきの日差しが嘘のように大雨がザアザアと降ってきた。


「今日の天候は……きっと一日中、不安定ですね」


 フィ―ちゃんが窓の外とシルビア様を見ながら呟いた。

ユミィのいる世界→リーズペルム

ユミィのいる国→ルビスティア国

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