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第49話 シルフィード 2

「……私には、羽がないんです……」


 フィ―ちゃんは強張った表情で話し出す。


「羽って、妖精の?」


 幼い精霊ちゃんの背中にある、この透き通った羽のことよね?


 フィ―ちゃんが私の質問を汲んで頷く。


妖精(エルフ)の羽は、精霊力の塊のことだと本で読んだことがあるんです……羽があれば魔法が使えるし、空を飛ぶこともできるんだそうです。……だけど、私には生まれつき羽がありませんでした。その理由は――」


 フィ―ちゃんは少し言葉に詰まった様だった。

 一旦、深呼吸をしてから、両手をお腹の前で組んで、またゆっくりと口を開いた。


「――理由は多分、私の母が人間だから……」

半妖精(ハーフエルフ)……?」

「はい……私は、ティルという小さな村で生まれました。ティルには昔から伝わるお伽話がありまして……ティルの近くには妖精の国が存在する、というお話なのですが……」


 風が薬草園の花とフィ―ちゃんの髪を揺らして通り過ぎていく。


「それはお伽話ではなく、本当の事でした……。ある日、一人の風の妖精がふらりと村を訪れて、村の中でも取り分け美しかった私の母を見初めたそうです……母は一夜にして私を身ごもりました……けれど気まぐれだった風の妖精――私の父親は、母を置いて妖精の国へと帰ってしまった……」


 胸の中がズキンと痛む。

 フィ―ちゃんの個人的なことを聞きすぎているようで、居たたまれなくなる。

 私なんかが聞いていい話じゃないんじゃないかな……

 でも、悲しそうな彼女を放っておけない……

 私もフィ―ちゃんのことをもっと知りたい。

 フィ―ちゃんが聞いてほしいと言ってくれたから、私もその気持ちを受け止めたい。


「それ以来、父が母のもとを訪れることはなく……。それでも母は信じていたようです……ずっと。子どもが生まれれば、父は必ず戻って来ると。……だから私に、風の属性を持つ父にあやかって風の精霊(シルフィード)と名付けたと言っていました……」


 フィ―ちゃんの手の中でまだまだ幼い精霊ちゃんがでんぐり返しをする。

 詳しい色味はすこし違うけれど、この妖精ちゃんも髪の色が緑色だから、同じ属性のフィ―ちゃんに惹かれているのかもしれない。


「けれど、父が戻ってくる事は決してありませんでした。妖精の子供を宿したという母の言葉を、村の人たちは全く信じなかったそうです。妖精なんていうのは、お伽話だけの存在だと、今でも思っていることでしょう。……ですが、それも仕方のない話かもしれませんね。生まれてきた子だって、妖精の特徴なんて……少しだけ(とが)ったように見える耳くらいしか、ありませんでしたし……」


 フィ―ちゃんは話を進めながらも、度々、心配そうに私と目を合わせてくれる。

 どこまで話していいのか、話すことで相手がどう思うのか……自分が苦しい時でも、そんな気遣いを自然にしてしまう子なんだろう。


 許してくれるなら、フィ―ちゃんをもっと知りたい。


 私は聞きたいよ、フィ―ちゃんの胸のつかえが下りるところまで――

 伝わるか分からないけれど、そんな思いを込めて、私は彼女を見つめ返した。


「……私生児を生んだ母の評判はたちまち悪くなり、村の人達に冷遇されるようになりました。私を生むとすぐに、母は生家を追い出されたそうです。……村の牧師様が唯一、私たち母娘のことを気にかけてくれて、教会の離れに住むことを許して頂けたのですが……いざ働こうにも、ティルでは母を理解して、雇ってくれる人なんてどこにもいませんでした……」


 だからとても貧しかったんですよ、とフィ―ちゃんは笑う。


「母は籠や服や……色々な物作りを始めて、街へ売りに行く事にしました。それぐらいしか方法も仕事もありませんでしたし、母は幸いにも手先が器用でしたので……私も街へお手伝いについて行って……。そのうち、牧師様の計らいで、街の学校で少しだけ学ばせてもらえるようにもなって……」


 街の学校は少額の授業料、もしくは無料で、基本的な読み書きや計算を教えてくれた。


「そこでは、沢山の本を読むことができたので、色々な事を学べました……私は沢山勉強して、早く一人前になって自立したかったんです……。魔法があれば、子供だった私でも……母の力にもっとなれたのかもしれませんが……。妖精の血が半分流れていると聞かされていても、私には全く使えませんでしたから……」 


 お母さんが働いてる間にフィ―ちゃんは勉強を頑張っていたんだね……


「母の作った品物は、街の人に気に入って頂けて……。やっと、なんとかやっていけそうだと思えたのですが――村の人はそれを良くは思わなかった……母に嫉妬して、母が街で……色を売っていると、ありもしない噂を流しました……」


 手の中の幼い精霊ちゃんが悲しそうな顔をする。

 精霊ちゃんはフィ―ちゃんの気持ちを代弁しているのかもしれない。


「もうティルでは牧師様以外、私と母に口をきいてくれる人はいなくなりました。ある日、話を真に受けた男の人が家にやって来て、そこで初めて噂のことを知って……。母が怒って追い返すと、今度はその人がまた新しい嘘を吹聴するようになりました……」


 どんな嘘を吹聴されたのか聞くのが怖かった。

 そんな環境で生きていたなんて思えない程、フィ―ちゃんは真っ直ぐに見える。


「そのうち、作っておいた品物が壊されるようになって、村の食べ物も売ってもらえなくなって……ティルでの生活は難しくなり、街に移り住もうかと決めた頃でした――母が病気になったのは……」


 胸が(えぐ)られるような感じがする。

 なんで、フィ―ちゃんとお母さんがこんな目に遭わなくてはいけないんだろう……


「母の病は、助かる見込みが無いと言われたものでした……日に日に魔力を失っていく病気で……」


 その病気の症状には聞き覚えがあった。

 だんだんやせ細り、手足は木の枝のように細く白くなっていくが、足裏だけは黒く染まっていく。


 そのことから「冥王の影を踏んでしまった」と言われる病――魔力欠乏症、またの名を――


「――……冥王の影痕(こくいん)……?」


 私の言葉にフィ―ちゃんが頷く。


「ええ……その通りです。病気の進行を遅らせるだけの薬でもとても高くて……。娘の私を引き換えにすれば薬をやると、村の裕福な人に何度も言われましたが、母がそれを許しませんでした。……そして私が薬師様を探している間に、母は息を引き取りました……」

「そんなっ……!」


 こんなに頑張っていたのに……

 とても言葉が出ない。


「牧師様が、母を教会の共同墓地に埋葬してくれました……。母が亡くなった日の夜、村の人たちが教会の離れの前に集まってきて……。皆から一斉に、母に借した金を返せと言われました。……だけど、母はどんなに貧しくても人からお金を借りる事はありませんでした。借用書もない彼らが嘘を吐いていることが私にはわかりました……けれど彼らは、無理矢理私をどこかに連れて行こうとして……」

「ひどいっ……フィ―ちゃんは何も悪くないのに!」


 フィ―ちゃんは疲れたように頷く。

 私と年齢の差はそれほど無いはずなのに、その顔はずいぶんと大人びて見えた。


「私は必死の思いで……隙を見て逃げました。もう辺りは夜で……暗闇に紛れて、ただひたすら走り続けていると……気がついたら、この森の中をさ迷っていました……。そして、力つき……目を覚ましたら、ユミィさんたちに見つけてもらえていて……」


 フィ―ちゃんが森の中で倒れていたのは、そんな事情があったんだ……


「羽が無いから、妖精ではない……だからといって、人間たちの中でも馴染めない……。私は、とても中途半端な存在なんです……」


 フィ―ちゃんは淡々と話し終えた。

 感情をまじえない話し方が逆に悲しくて、私は涙がこみ上げてしまう。


(フィ―ちゃんはずっと……自分の存在に苦しんでいたんだ……)


「ごめん……ごめんね……」


 涙がポロポロと零れてきてしまう。

 私の顔をフィ―ちゃんが不思議そうに見つめる。


「どうして……。どうして、私のつまらない話を聞いてくださったユミィさんが、謝るんですか……?」


 手で目をこする。

 震える声で私は言った。


「……私……何も知らないのに、ただフィ―ちゃんの表面だけ見て、勝手に嫉妬したの……フィ―ちゃんは、綺麗で、才能があって、素直で……私にないものを全て持っているって……自分の居場所を取られるんじゃないかって……思って……でもフィ―ちゃんは、沢山のことを乗り越えてきて……努力家で……私……最低だ……自分のことしか考えてなかった……」


 自分に嫌気がさす。

 フィ―ちゃんと比べて、私はなんて子どもなんだろう。

 お母さんを、たった一人の家族を亡くしたばかりのフィ―ちゃんが、独りで静かに傷ついていたことに気づかなかったなんて……


「それは――……正解かも、しれませんよ?」


 フィ―ちゃんは小首を傾げて微笑む。


「えっ……?」

「私、ユミィさんの居場所、取っちゃうかもしれませんよ?」

「……フィ―ちゃん……」


 私は思わず涙を飲み込む。

 フィ―ちゃんはくすりと笑って指をくるくる回す。

 精霊ちゃんが人差し指にしがみついてきゃ―きゃ―笑って遊んでいる。


「ううん。そんなことないよ。フィ―ちゃんが来て私の居場所が無くなるんなら、そこはきっと最初からフィ―ちゃんの居場所だったってことで、私の居場所は別のところにあるってことだもん」


 だから、その場所にしがみつかない。

 そうなったら、私はまた別の居場所を探しに行こう。

 たとえ、大切な人と離れることになったとしても……

 たぶんみんな、そうやって生きてるんだと思う……


「……私も、ユミィさんが眩しく見えます」

「え……? フィ―ちゃんが?」


 フィ―ちゃんが頷く。


「ユミィさんは……優しくて温かくて……私のお母さんに似ていて、羨ましいです。私は……あなたみたいな人になりたい」


 フィ―ちゃんが私の周囲を指差す。

 見ると、両肩や頭の上など至るところに精霊ちゃんたちがいた。

 精霊ちゃんたちは心地良さそうに私の体の上でゴロゴロしている。


「あ! いつの間に!」

「ふふっ……それに、私には一緒に眠ってくれる人もいませんしね」


 一瞬、何を言われたかわからなくて、その意味に気づくと私の顔は急激に火照っていく。


(シ、シルビア様と一緒に眠ったこと……フィ―ちゃんは気づいてたんだ!)


 フィ―ちゃんは部屋で眠ってたんじゃなかったのかな……? 

 なんだか……すごく恥ずかしい……


「あ、あ、あれはっ! べ、別に、そういうのじゃなくて……!」

「クスクス……仲がいいんですね」

「そっ……そそ、そうなの……私たち、その……みんな仲が良くて……一緒にお昼寝したりしてて……そうだ! フィ―ちゃんも一緒にお昼寝しようか!」


 なんだかちょっと躍起(やっき)になって誘ってみる。

 フィ―ちゃんはきょとんとした。


「お昼寝……ですか? みなさんで?」

「うん。お昼寝。すごくよく眠れるよ!」


 私、何言ってるんだろ?


 でも意外なことにフィ―ちゃんは微笑んでくれた。


「いいですね……すごくいいです、お昼寝。うん。一緒にお昼寝しましょう」

「え……う、うん……!」


 こうして無事(?)フィ―ちゃんもお昼寝会に参加することになった。

 話を終えたフィ―ちゃんは、どこか晴れ晴れとしていて、顔もほころんでいた。


 これから少しずつでも……フィ―ちゃんの心がほどけていったらいいな……

魔力欠乏症の別名(冥王の影痕)を追加しました。

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