第4話 ユミィの一日 ☆
ぴょこたん、ぴょこたん、ぴょこたん。
さわやかな春の朝、山の草原の空気は清々しくて美味しい。
獣人のわたしは勢いのままに駆け出していた。
獣化すると完全に狼の姿になってしまうので、着ている服もぶかぶかになるけど走るのを止められない。
だって、寒い寒い冬が終わって、やっと待ち望んでいた春だ。
しかも、こんな晴れた日。最高の気分だわ!
草原について前足を投げ出して伸びをする。
「ん~。いい気持ち!」
わたしの茶金のフワフワした毛、ぺたっと垂れた耳は一見するとウサギに見えなくもない。
だけど、実は白狼という珍しい種族の子孫なのだそうだ。
毛色の違うわたしはその中でも珍しい変異種と呼ばれる個体なのだと、昔両親が言っていたっけ。
わたしたちの住むルビスティア王国は獣人が多くてその姿形もそれぞれに違う。
わたしと弟は本当は白狼だってことは両親に口止めされているから、周囲には普通の狼の獣人だって言ってるのよね。
珍しい獣人は奴隷商人に狙われやすいらしいから、子どもの頃からずっと隠してきた。
ルビスティア王国では奴隷の売買が禁止されているけど、売買は秘密裏に行われている……っていうのを、この前街に行った時に聞いたっけ。こわいこわい。
白狼って、お伽話に出てくる伝説の生き物らしいけど、わたしは特技なんてご先祖様から引き継いでいないからなぁ。
獣人のわたしは人化すると人と同じ肌にたれ耳がぴょっこりして、フワフワの尻尾くらいしか獣人の特徴がなくなる。
獣化すると逆に人肌の部分がなくなって、見た目がウサギっぽい茶金色の狼の獣人になるのよね。
あいかわらず代わり映えしない平凡そのものな尻尾は、今日もフサフサモコモコだ。
「もう少し、かっこよければよかったのにな……」
双子の弟は変異種じゃない純粋な白狼だから、波打つ銀の毛皮に金色がかった紫色の瞳が特徴的だった。
わたしも同じ瞳の色なのだけど、垂れ目に垂れまゆのせいで、いまいちカッコよさというものがないのよね……
力も獣人にしては弱い方だし、走り方も昔怪我をしたせいで、少し跳ねるようになってしまったし……
ますます白狼から遠ざかっているなぁ。
まぁ、15歳になる今まで別に気にならなかったけどね。
気にならなかったのは、ルネが気をつかって支えてくれていたからなんだけど。
「同じ姉弟なのに、ここまで違うのはくやしいな……」
言っても仕方のないことを言ってしまったと思い、顔を叩いて気持ちを切り替える。
肉球がペチペチと顔に当たってシャッキリした。
「今日は何か美味しいもの作ろうっと!」
10歳の頃に両親が亡くなって、弟と力を合わせて生きてきた。
子ども二人が力を合わせて生きていくのはかなり大変だったけど、親切なご近所さんに色々教えてもらったお陰でなんとかやってこれたのよね。
二人で協力してご飯を作ったり狩りをしたりするのはなかなか楽しかったな。
「あれからもう5年も経つんだな……」
両親が相次いで病気で亡くなった時は、衝撃が大き過ぎて涙も出なかった。
生活していく為に父さんと母さんの真似を必死で頑張った。
やっと家事に慣れてきた時に作ったご飯の味は、母さんの味と同じだった。
あの時、二人して初めて泣けたのよね……
思い出にふけっていると少し疲れを感じ、獣化をといて人型になる。
獣の姿に獣化するのと人型に人化するのだけは、簡単にできるのだ。これだけはできてよかった。
首にかけた籠を手に持ち替えて野草を採っていく。この辺りはあんまり野草がないみたいだわ。
「あの時ルネと泣きながら食べたのは、玉子で包んだご飯だったっけ……」
懐かしい……今日も食べたいな。
今では狩りが得意なルネが獲物をとって、鼻が利くわたしが食べられる野草や木の実を採るのが定番になったのよね。
今日は一週間ぶりの食事当番だからついつい張り切ってしまう。
ルネが食事当番だとお肉ばっかり出すから、一週間ずっと食卓が肉々しかったな。
お肉は大好きだけど、健康の為に木の実や果物を多くしたいわね。
あのお料理、何て言ったっけ……オムライス……っていうんだったかな?
この世界の食べ物は、遠い昔に異世界から来た人が伝えたものが多いらしい。
異世界人は料理の他にも色々な文化や言葉をこの世界に持ち込んだと両親が言っていたわね。
異世界の人がこちらの世界に来るまでは、食べ物もそんなに美味しくなくて野菜や日用品も少なかったらしい。
この世界がとても便利になったのが異世界人のお陰なら、感謝しなきゃいけないな。
細かくしたお肉やキノコを炒めて、そこに炊いたご飯を入れる。
酸味のある野菜のピュ―レと塩コショウで味付けして、一旦お皿に載せる。
フライパンを綺麗にしたら油を敷き直して溶いた卵を丸く薄めに焼いて、さっきのご飯を載せて包む。
確か、作り方はそんな感じだったはず。
籠の中のキノコじゃちょっと足りないかな……
わたしは気づけば普段は来ない山の奥へと歩みを進めていた。