第48話 シルフィード
結局、そのまま朝まで眠れずに明け方までまどろんだ。
(そろそろお仕事を始めないといけないわ……)
シルビア様の体温は心地いい。
ふわりと石鹸の香りもして、時間が許すならこのままずっと抱きしめていたかった。
夢みたいだったな……
シルビア様に寄り添って、鼓動が重なっていくのに幸せを感じる。
シルビア様からそっと手を離して上掛けをかけ直す。
部屋はまだ暗いから顔が見えないのが残念だった。
(起こさないように寝台を出よう……)
クロ―ゼットからワンピ―スを取り出して、魔道ランプが照らす廊下を通って脱衣所へと向かう。
洗濯箱に寝着を入れて、ワンピースに着替えて顔を洗った。
顔を洗うと、やっと獣化が解けて人化することができてホッとする。
昨夜はシルビア様の貴重な研究の時間を私の為に使わせてしまった。
それを考えると申し訳なくなってくる。
(まだ朝食を作るのには早いわね……少し外に出てみようかな……)
外に出てみると、まだ薄暗かった。
少し肌寒さを感じながら、裏手の薬草園へと向かう。
花の香りが朝の風に運ばれて、春を感じた。
薬草園の中に、ターコイズグリーンの髪の少女が佇んでいた。
「フィ―ちゃん! おはよう。……体は、もう大丈夫なの?」
「ユミィさん、おはようございます。体調は大丈夫なのですが、なんだか目が冴えてしまって、早起きしてしまいました。……ユミィさんも?」
白いワンピ―スを着たフィ―ちゃんは花の精霊のようだった。
「そ、……そんなところかな……体調が良くてよかったよ。薬草を見てたの?」
「とても美しい薬草園ですね。お手入れが行き届いているんでしょうね……この子たちも幸せそうです」
フィ―ちゃんは園内を飛び交う精霊ちゃんたちに目をやった。しばらくの間、温かく見守るような目線を送り続ける。
「精霊ちゃんたちが、気になるの?」
「……はい。この子たちは私の仲間らしいので……」
シルビア様の話を思い出す。
『精霊と妖精の違いは、実体があるかないかだ。風の精霊が力を得て、実体を持ち妖精になった、その子孫が君だよ』
花の中に隠れた幼い精霊ちゃんは、いつの間にか透けていってしまって、淡い緑の光しか見えない。
フィ―ちゃんの肩に止まった緑色の髪の精霊がにこりと笑いかける。
私がその頭を撫でると、きゃ―と嬉しそうに笑って近くの開きかけた花の中に隠れた。
「その……フィ―ちゃんは、半分妖精なんだよね? この子たちの気持ちって、わかるの?」
「ええ……なんとなくですが……頭を撫でられて喜んでいるようですよ」
「ふふっ、よかった」
フィ―ちゃんが手を差し出すと、緑の光は再び戻ってきて手の中に入り込み、小さな精霊の形に戻った。
「この子たちも、力を持ったら、私の父のように実体化して妖精になるんでしょうか……」
フィ―ちゃんが独り言のように呟く。
その姿は今にも消え入りそうで、私は目が離せなくなった。
「……ユミィさん……私の話を聞いてくれますか……?」
「……私でいいの?」
フィ―ちゃんがゆっくりと頷く。
「ええ……ユミィさんに聞いていただきたくて……」
「フィ―ちゃん……」
フィ―ちゃんがそう望んでくれるのなら――
私は背筋を伸ばして、ウサギのように垂れた耳を澄ます。
どこか遠い目をして、フィ―ちゃんが語りだした。