表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/112

第43話 ポリッジ

 病室にいる私達のもとに、ロシ―タちゃんがふわふわ浮きながら魔力硝子をすり抜けて戻ってくる。

 ロシータちゃんはすっかり眠りから目覚めていて、口笛を吹きながらクルっと回転する。


 浮遊魔法が気に入って、楽しんでるのね。


 シルフィ―ドさんを見つけたロシ―タちゃんが目を輝かせた。


「だれ? ねぇ、だれ?」


 ロシ―タちゃんは空気の中を泳ぎながら精霊ちゃんたちとシルフィ―ドさんの方に向かう。

 シルフィ―ドさんは浮いているロシータちゃんを、呆気に取られた顔で見つめていた。


「ロ、ロシ―タちゃん! 急に近づきすぎだよ。……あの、この子はロシ―タちゃんといって……その……」


 ロシ―タちゃんは吸血生物(チュパカブラ)で、血を飲むことが大好きみたいだけど、悪い子ではなくて――って……。

 初対面のシルフィ―ドさんに何て説明したらいいんだろう?


 私が言い(よど)んでいると、シルビア様が口を開いた。


「この子はチュパカブラ。悪魔だよ」


 シルビア様がロシ―タちゃんの鼻をツンと押すと、ロシ―タちゃんはまた窓の外へと押し出される。


「あっ、悪魔っ?」


 シルフィードさんが少し焦ったように声を出す。


「あ、悪魔じゃありませんよ! ただの子どもですよ!」

「しるび―、やったな―!」


 ロシ―タちゃんが再び魔力硝子を突き抜けてシルフィ―ドさんに近づこうと空気の中を足をパタパタさせ泳いでくる。

 シルビア様が「ふぅっ」と息を吹きかけると、ロシ―タちゃんはまた窓の外に追いやられた。

 ロシ―タちゃんは戻ってくる度に吹き返されて真っ赤になり、私に泣きついた。


「ゆ、ゆみぃ! しるび―が、いじめるぅ!」


 ロシ―タちゃんは私に(すが)り付こうと手を伸ばす。

 その瞬間、シルビア様の浮遊の魔法が解けてロシ―タちゃんが床にべしゃっと落下した。


「ぎゃふんっ!」

「ロシ―タちゃん!」

「かわいそうに。タイミングが悪かったねぇ、ロシ―タ……」


 私はロシ―タちゃんを抱きしめると、ロシータちゃんの頬を私の頬にくっつけた。


「怪我はない? 大丈夫? ロシ―タちゃん?」


 ロシ―タちゃんが嬉しそうに猫のようにゴロゴロ喉を鳴らす後ろで、シルビア様がニコニコと私達を見ている。


「ん! だいじょ―ぶ!」


 ロシ―タちゃんはシルビア様にべ―とすると、シルフィ―ドさんに向き直った。


「ろし―た、ともだちに、なる!」


 ロシ―タちゃんはシルフィ―ドさんに手を差し出す。

 シルフィ―ドさんはロシ―タちゃんが病室に入ってきてから硬まっていたけど、小さな手をそっと握り返した。


「……私と友達になってくれるんですか?」


 シルフィ―ドさんが初めて見せた穏やかな笑みは、寂しさと嬉しさが入り混じっているようだった。


「うん!」


 ロシ―タちゃんは満面の笑みで、頬っぺたをリンゴのように赤くして頷く。


「……ありがとうございます……私、シルフィ―ドです」


 シルフィードさんの周囲にあった、どことなく硬かった空気がほぐれていくようだった。


(ロシ―タちゃんはすごいな……)


 ロシ―タちゃんはシルフィ―ドさんに壁が無いから、すんなりと仲良くなってしまう。


 私は、何となく無意識に壁を作ってるのかもしれない……

 人が好きなのに、こんなこと初めてだった。


(……気持ち、切り替えなきゃね……)


 嫉妬深いばかりが、私なんじゃない。

 嫌な自分がいるなら、そうならないように努力しなくちゃ。

 私がなりたいのは、シルビア様のように強くて優しい人だから。


「あ、あの、私、何か作ってきますね……シルフィ―ドさん、何か食べたいものはありますか……?」


 私の提案に、シルフィ―ドさんは一瞬びっくりした顔をする。


「いえ……わたしなんか食べ物を分けて頂けるだけで……なんでも大丈夫です……」

「なんでもなんて……! 栄養をつけなきゃ、治らないかもしれませんよ……!」

「じゃ、じゃあ……ポリッジが……食べたいです……」


 シルフィ―ドさんは頼むのに慣れていない様子で、どこか遠慮がちだった。


「はい! わかりました。出来たら持ってきますね!」


 私は笑顔で返事をして病室を出る。


 母屋に着くと、支度に取り掛かった。

 台所の保存箱(アイテムボックス)からオ―ツ麦が入った袋を取り出して鍋に移し入れ、ミルクと混ぜ合わせて火にかける。

 魔道コンロを弱火に調節し、オーツ麦が柔らかくなってきたら更にミルクを加え入れた。

 オ―ツ麦が煮えるグツグツとした音が、私の気持ちを穏やかにしてくれる。


(私は、私にできることをしよう)


 目の前にあることをしっかりとやっていけば、いいんじゃないかな。

 それが、誰に認められなかったとしても……誰かを助けることに(つな)がるのなら……

 シルビア様はいつも私に優しくしてくれるけど、それに甘えてばかりではいけないと思う。


 柔らかくなったオ―ツ麦を木のお皿によそり、メープルシロップを一周かけて、上にイチゴとヒマワリの種、干しブドウを添える。

 もう一つのコンロで沸かしておいたミルクを、手触りのいい木のコップに注げば完成だ。


 温かいうちに食べてもらいたいから、洗い物は後でいいわね。


 木のスプ―ンを一緒にトレイにのせて診療所へと戻ると、ドアを開けられない事に気づいた。


 両手が塞がってるから、どうやって扉を開けよう……?


 と思っていると、気配を察したのか、シルビア様がドアを開けてくれる。


「シルビア様、ありがとうございます!」

「ううん。お疲れ様、ユミィ」


 シルビア様が笑って迎え入れてくれるので、嬉しくなって私も微笑み返した。


 何で私が来たことがわかったんだろう……?

 シルビア様って不思議だわ。


「あの、で、できました!」


 病室に入ると、いつの間にかロシ―タちゃんがシルフィ―ドさんの寝台に潜り込んでいた。


「おいしそ――! ゆみぃ、ろし―たのは?」

「ロシ―タちゃんのはあとで作ってあげるね。これはシルフィ―ドさんのぶんだから」

「ユミィ、私にも作ってね。そして、あ―んもしてね?」

「はいはい。シルビア様のもですね。シルフィ―ドさん、どうぞ」


 食事を要求するロシータちゃんとシルビア様を宥めて、寝台に身を起こしているシルフィ―ドさんにトレイを渡す。


「あの……ありがとうございます……」


 シルフィ―ドさんは儚げに微笑む。

 ターコイズグリーンの髪が顔にかかって、すごく可愛らしい。


 微笑んでくれた事が嬉しかった。


「いえ、そんな。ゆっくり食べてくださいね」


 私も笑って言う。

 シルフィ―ドさんはゆっくりと一匙を口に運ぶ。


「おいしい……」


 噛みしめるように言うと、手を止める。


「母以外の人にご飯を作ってもらうのは……初めてです……」


 聞いていて、とても胸が切なくなる。


(フィ―ちゃんは、今まで誰も頼ることができなかったのね……)


「あの……おかわり、ありますから」

「ありがとう……」


 シルフィ―ドさんは小さな口にポリッジを運ぶ。

 ロシ―タちゃんがそれをじっと見て、シルフィ―ドさんが瞬きした隙に長い舌でイチゴをかすめ取る。


「あっ! こらっ! ロシ―タちゃん! めっ!」

「ん♪」

「ロシ―タは、夕飯抜きだな」


 シルビア様が冷たく言い、ロシ―タちゃんが慌ててイチゴがのった舌をシルフィ―ドさんに向ける。


 ロシ―タちゃん……返されても、食べたくないよ、それ……


「食べていいですよ……」


 困った様にシルフィ―ドさんが言って、ロシ―タちゃんがイチゴを飲み込んだ。


「ごめ―ん。ふぃ―、ごめ―ん。つい、な―?」


 ロシ―タちゃんは珍しく反省したみたい。


「いいですよ。ふぃ―って、私のことですか?」


「ん」と言ってロシ―タちゃんが頷くと、シルフィ―ドさんが嬉しそうに笑う。


「ふぃ―……いいですね、ふぃ―……気に入りました」

「ふぃ―?」

「シルフィ―ドは、フィ―の方がいいのかい?」

「ええ。そう呼んでください。とっても気に入りました」


 フィ―ちゃんはニコニコしている。


「ふぃ―♪」

「フィ―」

「フ、フィ―?」


 みんなでフィ―ちゃんをフィ―フィ―呼んでいると、フィ―ちゃんから硬さが取れて柔らかい雰囲気になってくる。


「おいしいです……世界一、おいしいです……ユミィさん、作ってくださって、ありがとうございます……」


 フィ―ちゃんが微笑んでポリッジを食べてくれる。


 私の胸の硬いものも、ほぐれていくような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ