第43話 ポリッジ
病室にいる私達のもとに、ロシ―タちゃんがふわふわ浮きながら魔力硝子をすり抜けて戻ってくる。
ロシータちゃんはすっかり眠りから目覚めていて、口笛を吹きながらクルっと回転する。
浮遊魔法が気に入って、楽しんでるのね。
シルフィ―ドさんを見つけたロシ―タちゃんが目を輝かせた。
「だれ? ねぇ、だれ?」
ロシ―タちゃんは空気の中を泳ぎながら精霊ちゃんたちとシルフィ―ドさんの方に向かう。
シルフィ―ドさんは浮いているロシータちゃんを、呆気に取られた顔で見つめていた。
「ロ、ロシ―タちゃん! 急に近づきすぎだよ。……あの、この子はロシ―タちゃんといって……その……」
ロシ―タちゃんは吸血生物で、血を飲むことが大好きみたいだけど、悪い子ではなくて――って……。
初対面のシルフィ―ドさんに何て説明したらいいんだろう?
私が言い淀んでいると、シルビア様が口を開いた。
「この子はチュパカブラ。悪魔だよ」
シルビア様がロシ―タちゃんの鼻をツンと押すと、ロシ―タちゃんはまた窓の外へと押し出される。
「あっ、悪魔っ?」
シルフィードさんが少し焦ったように声を出す。
「あ、悪魔じゃありませんよ! ただの子どもですよ!」
「しるび―、やったな―!」
ロシ―タちゃんが再び魔力硝子を突き抜けてシルフィ―ドさんに近づこうと空気の中を足をパタパタさせ泳いでくる。
シルビア様が「ふぅっ」と息を吹きかけると、ロシ―タちゃんはまた窓の外に追いやられた。
ロシ―タちゃんは戻ってくる度に吹き返されて真っ赤になり、私に泣きついた。
「ゆ、ゆみぃ! しるび―が、いじめるぅ!」
ロシ―タちゃんは私に縋り付こうと手を伸ばす。
その瞬間、シルビア様の浮遊の魔法が解けてロシ―タちゃんが床にべしゃっと落下した。
「ぎゃふんっ!」
「ロシ―タちゃん!」
「かわいそうに。タイミングが悪かったねぇ、ロシ―タ……」
私はロシ―タちゃんを抱きしめると、ロシータちゃんの頬を私の頬にくっつけた。
「怪我はない? 大丈夫? ロシ―タちゃん?」
ロシ―タちゃんが嬉しそうに猫のようにゴロゴロ喉を鳴らす後ろで、シルビア様がニコニコと私達を見ている。
「ん! だいじょ―ぶ!」
ロシ―タちゃんはシルビア様にべ―とすると、シルフィ―ドさんに向き直った。
「ろし―た、ともだちに、なる!」
ロシ―タちゃんはシルフィ―ドさんに手を差し出す。
シルフィ―ドさんはロシ―タちゃんが病室に入ってきてから硬まっていたけど、小さな手をそっと握り返した。
「……私と友達になってくれるんですか?」
シルフィ―ドさんが初めて見せた穏やかな笑みは、寂しさと嬉しさが入り混じっているようだった。
「うん!」
ロシ―タちゃんは満面の笑みで、頬っぺたをリンゴのように赤くして頷く。
「……ありがとうございます……私、シルフィ―ドです」
シルフィードさんの周囲にあった、どことなく硬かった空気がほぐれていくようだった。
(ロシ―タちゃんはすごいな……)
ロシ―タちゃんはシルフィ―ドさんに壁が無いから、すんなりと仲良くなってしまう。
私は、何となく無意識に壁を作ってるのかもしれない……
人が好きなのに、こんなこと初めてだった。
(……気持ち、切り替えなきゃね……)
嫉妬深いばかりが、私なんじゃない。
嫌な自分がいるなら、そうならないように努力しなくちゃ。
私がなりたいのは、シルビア様のように強くて優しい人だから。
「あ、あの、私、何か作ってきますね……シルフィ―ドさん、何か食べたいものはありますか……?」
私の提案に、シルフィ―ドさんは一瞬びっくりした顔をする。
「いえ……わたしなんか食べ物を分けて頂けるだけで……なんでも大丈夫です……」
「なんでもなんて……! 栄養をつけなきゃ、治らないかもしれませんよ……!」
「じゃ、じゃあ……ポリッジが……食べたいです……」
シルフィ―ドさんは頼むのに慣れていない様子で、どこか遠慮がちだった。
「はい! わかりました。出来たら持ってきますね!」
私は笑顔で返事をして病室を出る。
母屋に着くと、支度に取り掛かった。
台所の保存箱からオ―ツ麦が入った袋を取り出して鍋に移し入れ、ミルクと混ぜ合わせて火にかける。
魔道コンロを弱火に調節し、オーツ麦が柔らかくなってきたら更にミルクを加え入れた。
オ―ツ麦が煮えるグツグツとした音が、私の気持ちを穏やかにしてくれる。
(私は、私にできることをしよう)
目の前にあることをしっかりとやっていけば、いいんじゃないかな。
それが、誰に認められなかったとしても……誰かを助けることに繋がるのなら……
シルビア様はいつも私に優しくしてくれるけど、それに甘えてばかりではいけないと思う。
柔らかくなったオ―ツ麦を木のお皿によそり、メープルシロップを一周かけて、上にイチゴとヒマワリの種、干しブドウを添える。
もう一つのコンロで沸かしておいたミルクを、手触りのいい木のコップに注げば完成だ。
温かいうちに食べてもらいたいから、洗い物は後でいいわね。
木のスプ―ンを一緒にトレイにのせて診療所へと戻ると、ドアを開けられない事に気づいた。
両手が塞がってるから、どうやって扉を開けよう……?
と思っていると、気配を察したのか、シルビア様がドアを開けてくれる。
「シルビア様、ありがとうございます!」
「ううん。お疲れ様、ユミィ」
シルビア様が笑って迎え入れてくれるので、嬉しくなって私も微笑み返した。
何で私が来たことがわかったんだろう……?
シルビア様って不思議だわ。
「あの、で、できました!」
病室に入ると、いつの間にかロシ―タちゃんがシルフィ―ドさんの寝台に潜り込んでいた。
「おいしそ――! ゆみぃ、ろし―たのは?」
「ロシ―タちゃんのはあとで作ってあげるね。これはシルフィ―ドさんのぶんだから」
「ユミィ、私にも作ってね。そして、あ―んもしてね?」
「はいはい。シルビア様のもですね。シルフィ―ドさん、どうぞ」
食事を要求するロシータちゃんとシルビア様を宥めて、寝台に身を起こしているシルフィ―ドさんにトレイを渡す。
「あの……ありがとうございます……」
シルフィ―ドさんは儚げに微笑む。
ターコイズグリーンの髪が顔にかかって、すごく可愛らしい。
微笑んでくれた事が嬉しかった。
「いえ、そんな。ゆっくり食べてくださいね」
私も笑って言う。
シルフィ―ドさんはゆっくりと一匙を口に運ぶ。
「おいしい……」
噛みしめるように言うと、手を止める。
「母以外の人にご飯を作ってもらうのは……初めてです……」
聞いていて、とても胸が切なくなる。
(フィ―ちゃんは、今まで誰も頼ることができなかったのね……)
「あの……おかわり、ありますから」
「ありがとう……」
シルフィ―ドさんは小さな口にポリッジを運ぶ。
ロシ―タちゃんがそれをじっと見て、シルフィ―ドさんが瞬きした隙に長い舌でイチゴをかすめ取る。
「あっ! こらっ! ロシ―タちゃん! めっ!」
「ん♪」
「ロシ―タは、夕飯抜きだな」
シルビア様が冷たく言い、ロシ―タちゃんが慌ててイチゴがのった舌をシルフィ―ドさんに向ける。
ロシ―タちゃん……返されても、食べたくないよ、それ……
「食べていいですよ……」
困った様にシルフィ―ドさんが言って、ロシ―タちゃんがイチゴを飲み込んだ。
「ごめ―ん。ふぃ―、ごめ―ん。つい、な―?」
ロシ―タちゃんは珍しく反省したみたい。
「いいですよ。ふぃ―って、私のことですか?」
「ん」と言ってロシ―タちゃんが頷くと、シルフィ―ドさんが嬉しそうに笑う。
「ふぃ―……いいですね、ふぃ―……気に入りました」
「ふぃ―?」
「シルフィ―ドは、フィ―の方がいいのかい?」
「ええ。そう呼んでください。とっても気に入りました」
フィ―ちゃんはニコニコしている。
「ふぃ―♪」
「フィ―」
「フ、フィ―?」
みんなでフィ―ちゃんをフィ―フィ―呼んでいると、フィ―ちゃんから硬さが取れて柔らかい雰囲気になってくる。
「おいしいです……世界一、おいしいです……ユミィさん、作ってくださって、ありがとうございます……」
フィ―ちゃんが微笑んでポリッジを食べてくれる。
私の胸の硬いものも、ほぐれていくような気がした。