第42話 半妖精2
風に揺れる森の若木のような瞳――
目を開いた女の子の美しさに圧倒され、私は声を出す事ができなかった。
「こんにちは。気分はどう?」
シルビア様が女の子に声をかける。
女の子は上体だけ起こし、ふらついてシルビア様に支えられた。
「……ありがとうございます……あの、あなたが助けてくださったんですか?」
鈴を鳴らす声とはこういう声のことなのね……
なんて透き通ってて可愛い声なんだろう。
「そうだよ。私の名前はシルビア。でも私は術を施しただけだ」
シルビア様の手のひらが私に向けられた。
「こっちはユミィ。ユミィが倒れている君を見つけてくれなかったら、今頃深刻な状態になっていたかもしれない」
「そうだったんですか……。シルビアさん、ユミィさん、ありがとうございました……」
「いえ、そんな! 間に合ってよかったです……どうして、あんな所に」
「そうだね。順を追って聞いていこう。まず、君の名前は……?」
女の子は戸惑ったように私たちを見つめる。
「……私は、シルフィ―ドです……」
「シルフィ―ド……風の精が由来だね? その名の通り、君からは風の属性を強く感じるよ。妖精の血を引いているのかな?」
女の子は頷く。
「ええ……。父は妖精だと、母に言われていましたが……母は人間なので私は……半妖精……です……これから私はどうなりますか……? そのっ……」
女の子は諦めたようにこちらを見る。
こちらが助けただけだというのを信じられないみたいだった。
表情には疲労が浮かんでいる。
もしかして、私やロシータちゃんみたいにどこかから逃げ出してきたのかもしれない。
だとしたら、まだ混乱しているのかも……
シルビア様はゆっくりと首を振る。
「君をどうにかしようというのなら、眠ってる間にしているよ。君の敵はここにはいない。時が止まった迷いの森には、ね」
シルフィ―ドさんは目を見開く。
「迷いの森……じゃあ、あなたが街で有名な時魔法師さん……?」
シルフィ―ドさんは畏怖と好奇心の入り混じったような、複雑な表情をしている。
「そうだよ。半妖精の君は多分、精霊の木に惹かれてここへやってきたんだろう」
「精霊の木?」
「あれの事さ」
病室のドアを開けて待合室にある精霊の木を指さす。
精霊の木は青い葉をキラキラと輝かせて、枝には精霊ちゃんたちが止まっていた。
「精霊……本当にいたんですね……」
シルフィ―ドさんがポツリと呟く。
こちらへの警戒はなくなったみたいだけど、その声は少し哀しく響いた。
「君は、半妖精なのに、精霊を信じていなかったの?」
「……ええ。ご覧の通り、私には妖精が持っているという羽がありません。だから、自分が半妖精だということも信じられなくて……他の人たちも信じていませんでした……母以外は……だから、精霊の事なんてもっと信じられなくて……」
シルフィ―ドさんは目を伏せる。
「精霊と妖精の違いは、実体があるかないかだ。風の精霊が力を得て、実体を持ち妖精になった、その子孫が君だよ」
シルビア様は優しく説明する。
私も妖精と精霊の違いを知らなかったので、すごく為になる。
「君は、ここに来るまでに無意識に転移魔法を使ったんだと思うよ。魔法の行使跡を見ればわかる」
シルビア様に言われてシルフィ―ドさんはハッとしている。
「確かに、ここまでどうやって来たのか記憶がありません……でも私、魔法が使えません……」
「君は、魔法を使わざるを得ない状況に追い込まれたんじゃないかな? 魔力があって魔法が使えない者が無意識に魔法を使うと、急な魔法の行使によって魔力が枯渇しやすい……」
シルビア様は腰につけた瓶からお香を出して、香炉に足し入れる。
人差し指で点火した火を吹き消すのを、シルフィ―ドさんはじっと見ていた。
「私……母が亡くなって……住んでいた村から逃げて来たんです……色々あって、もう住んでいることができなくなって……」
シルフィ―ドさんがためらいがちに話してくれる。
そんな苦労をしてきた様には見えないけど、よく見れば手も髪も荒れていてやつれた様子がわかった。
聞いてるうちに悲しみが伝わってきて、私の胸も苦しくなる。
「そうか……じゃあ、ここでゆっくり休むといいよ」
「え……でも……ご迷惑になりませんか……? 私、ここにいてもいいんでしょうか?」
シルフィ―ドさんがシルビア様を見上げる。
大人びているのに、捨てられた子どものような目だった。
「……いいよ。君の好きなだけいなさい」
穏やかな優しい顔でシルビア様は言う。
シルビア様の言葉に、シルフィ―ドさんは呆然とする。
安堵と驚きが織り交ざった複雑な顔をしている。
優しくされることに慣れていないのかもしれない。
いきなり自分を受け入れてくれる人や場所ができても、どうしていいかわからないと思う。
私もそうだったから、シルフィ―ドさんの戸惑いがよくわかった。
しばらくそうしていたけど、シルビア様に向き直った。
「よろしくお願いします……」
シルフィ―ドさんが頭を下げる。
(これから彼女との生活が始まるのね……)
心臓がドキリとする。
シルビア様の傍には、こういう子が似合うな。
私なんかじゃ、とても傍にはいられない……
考えてしまって、自分の心の醜さに驚く。
(この子はただ傷ついているだけなのに、傷を癒すだけなのに……)
私も、シルフィ―ドさんの傷が癒えてほしいと思ってる。
体の傷も、心の傷も。
なのに何で、こんなこと思うんだろう。
心が急に広がったり縮んだりしてるみたい。
こんなに変な気持ちになるのは初めて……
今、一番不安なのはシルフィ―ドさんなのに!
こんなこと考えてちゃ駄目だ!!
「よろしくね。シルフィ―ドさん」
不安を隠して、私は無理に微笑んだ。