第41話 半妖精
診療所の中は、緑の髪の精霊ちゃんに呼ばれたのか、様々な種類の精霊ちゃんたちで賑わっていた。
私と一緒にいた緑の髪の精霊ちゃんが、シルビア様の肩に止まって、腕の中の女の子の顔を覗き込む。
気づけば、女の子の周りには緑の髪色の精霊ちゃんばかり集まっていて、どの子も心配そうな顔をしていた。
病室の寝台では、何も知らないロシ―タちゃんが逆さまになって眠っていて、もう少しで寝台から落ちそうになっている。
「ロシ―タ、どいて」
シルビア様が浮遊魔法でロシ―タちゃんを浮かせ、ふっと息を吹きかける。
ロシ―タちゃんは微風に流され、浮いたまま窓際まで移動した。
「ゆみぃ……ごはん……」
眠ったまま宙に浮かんでいるロシータちゃんが、幸せそうな顔で寝言を言っている。
ロシータちゃん、よく起きないなぁ……
そっと寝台に下ろされた女の子は、私と同い年くらいに見えた。
胸までの美しい髪が、光の加減でターコイズグリーンと若草色が混じったような不思議な色に煌めいている。
こんな素敵な髪色、初めて見たわ……
女の子は透けるような白い肌に、とても端正な顔だちをしていて、耳の先が少しピンと尖っているのが特徴的だった。
長い睫毛も髪色と同じ色で、瞼が開いて瞳を見せてくれるのが待ち遠しいような気持ちになる。
すごく綺麗な娘だけど、着ているワンピースがボロボロだわ……何かあったのかしら……?
女の子の顔色は白を通り越して青白く、弱っている様で心配になる。
「シルビア様……そのっ……この子は……?」
「人間ですか?」と聞きそうになって思い留まる。
ロシ―タちゃんのように一見人間の女の子に見えても、獣人の場合もあるけれど、今はそんなことより、この子が回復することの方が大事よね……
シルビア様は私が抑え込んだ疑問に気づき、丁寧に教えてくれる。
「半分は、かな。魔力の色から見ると、半妖精だと思う。珍しいね」
半妖精……?
初めて会ったけど、妖精とは違うのかな……?
人間と、妖精が半分……?
それよりも、シルビア様は魔力の色で種族を判別しているの……?
「シルビア様は、魔力の色がわかるんですか?」
「うん。他の人には見えないらしいけどね。ユミィの色は、すごく綺麗な金色だよ」
シルビア様に褒められると、自分では分からなくても嬉しくなってしまう。
シルビア様が腰ベルトについている小瓶を開け、女の子の口に含ませると、女の子は目を閉じたまま無意識に飲み込んでくれる。
「飲めたか。よかった」
シルビア様がふっと息を吐いた。
「何の薬ですか?」
「魔力回復薬だよ」
シルビア様は小さな陶磁器でできた香炉を出し、お香に人差し指で火を着ける。
部屋の中に柑橘のさわやかな香りが広がっていく。
「一口飲めたから、もう危険な状態は脱したかな。あとは、この魔力・体力とも回復してくれる香を焚いていれば大丈夫。体に負担をかけずに、緩やかに回復していくだろう」
シルビア様が人差し指をピンと立てると、精霊ちゃんたちが我先にと集まって来る。
「この子の世話は任せた」
幼い精霊ちゃんたちは元気よくぴ―ぴ―言って、女の子の周りを飛び始めた。
精霊ちゃんの羽からキラキラとした光の粒が零れ、女の子にかかる度に顔色が良くなっていくような気がする。
私もほっとして息を吐いた。
「間に合ってよかったですシルビア様。ありがとうございます……私も、この子についてますね」
危険な状態を脱したのはよかったけど、この子が目覚めた時に、知らない場所で心細く感じるかもしれないわね……
「ユミィ、この子はまだ目覚めないよ。だいぶ疲労が溜まってるみたいだから」
「……はい。でも……」
「ね。だから……一緒に禊ぎに行く?」
「……はい。……って、えええええ⁉」
禊ぎって……この前みたいに外の泉で水浴びってことよね……
意識しすぎなのかもしれないけど……私には恥ずかしくって無理だわ……
シルビア様は私の事なんて何とも思ってないのかもしれないけど……
「い、いえ。結構です。ロシ―タちゃんも寝てるし……私、ここに居ます……」
精霊ちゃんたちがロシ―タちゃんの手を引っ張ってロシ―タちゃんをくるくる回して遊んでいる。
ロシ―タちゃんはそれでもスヤスヤと眠っていた。
「ふぅん。そっか、残念。気が変わったらいつでもおいで」
「……は……はぁ……」
シルビア様はちらりと女の子を見た後、静かに部屋を出て行った。
私は部屋の隅にあった椅子を寝台の横に持ってきて腰掛けた。
寝台で眠る女の子は、よく見ると少しあどけない顔をしていた。
すごく可愛い子だな……
私には魔力は見えないけど、引き寄せられるような魅力をこの子から感じる。
こんな子が、シルビア様のそばにいたら――
そして、シルビア様がこの子を好きになったら――
苦いものが胸を満たしていくような感覚がした。
(その時、私は……――?)
ようやく目を覚ましたロシ―タちゃんが精霊ちゃんたちの行いに気づき、空中を泳いで寝ぼけながら追いかけっこを始めた。
きゃ―と言いながら精霊ちゃんとロシ―タちゃんが魔力硝子をすり抜けて外に出て行く。
女の子に気づかずに行ってしまったわ……
病室の魔力硝子から入って来る春の風が女の子の髪を優しく揺らす。
白魚のような手足は、すらりと長くて、細い腰は華奢だけど、とても女性らしさを感じる。
何故だろう……すごく綺麗で眩しくて、私にないものを沢山持っていそうで……
まだ話せないから、この子のことは全然よく知らないのに……どうしてか、この子のことを知るのは怖い……
「なんて綺麗な子なの……」
誰もいない病室で思わず呟いた声は、いつの間にか入口に立っていた人物に拾われていた。
「そうだね」
禊ぎを終えたシルビア様が、寝台の上の女の子に視線を向ける。
「すごく綺麗だと思う」
聞かれていたことに驚いて、それに同意されたことに、何故か胸が痛んだ。
魔物や獣人は醜くて、人間は普通、妖精や精霊は美しい。
(そんな風に、街の人がよく言ってたっけ……)
美しさの基準なんて、一体誰が決めたんだろう……?
(でも、この子はとても綺麗……)
比べるのなんておこがましいけれど……私よりも、ずっとずっと――
「半妖精はね、迫害されながら生きるんだ」
シルビア様が私の横に椅子を持ってきてそっと腰かける。
「迫害……?」
不穏な言葉が出てきて聞き返してしまう。
「うん。迫害。この子は人間と妖精との間の子だろうから、そのどちらにも相容れなかったと思うよ」
「そんなっ……!」
私と同い年くらいの女の子なのに……
シルビア様が女の子の上掛けを取り、全身にゆっくりと手をかざした。
「短時間で魔力も体力も戻ってきた。強い子だな」
シルビア様の手から淡い金色の光が出て、女の子の頭から足先までを撫でるように照らしていく。
光を浴びた女の子の顔に血の気が戻ってくる。
頬は赤味をおびて、唇がさくらんぼのように色づいた。
少し先の尖った耳がピクリと動く。
髪と同じ色の睫毛が、蝶の羽のようにゆっくりと押し上げられた。