第40話 風の少女 ☆
午後の風が薬草園を揺らして、緑の匂いを纏った春の風がとても気持ちいい。
ロシータちゃんと手を繋いで屋敷まで戻ると、シルビア様がお茶の準備を終えてくれていた。
庭の円卓にサンドイッチやクッキー、ケーキが所狭しと並べてある。
円卓の周囲には不思議と可愛らしい花が沢山咲いていて、精霊ちゃん達が元気に花の周りを飛び回っていた。
「おかえり、ユミィ、ロシータ」
シルビア様が優しく言うと、ロシータちゃんがニパッと笑う。
「ただいまー!」
ロシータちゃんは勢いよくシルビア様に飛びついた。
***
午後も、いつものように診療所で皆でお昼寝をする。
すやすや寝息を立ててるシルビア様とロシータちゃんを見ると、とても穏やかで優しい気持ちになる。
シルビア様にとっても、お昼寝の時間がいい休息になってるみたいだった。
シルビア様、毎晩研究を頑張っていて、疲れているのね……
どれくらい研究したら、あんなにすごい魔法薬ができるんだろう。
だけど、シルビア様は働きすぎな気がする。
できれば、もう少し休息を取ってほしいな……
シルビア様に上掛けをかけ直すと、シルビア様が無意識に微笑む。
私は嬉しくなってシルビア様の髪を撫でた。
(こんな時間がずっと続けばいいのに……)
そんなことを考えていると、診療所の壁にあるステンドグラスのベルが鳴る。
母屋にあるものと同じ、来客を告げるベルだった。
リンリンリ―ン
ベルは今までにはない青色に光っていた。
「シルビア様、シルビア様、起きてください!」
シルビア様とロシ―タちゃんは仲良くス―ス―寝息を立てている。
二人とも同じ格好で寝ているって、どういうこと?
仲がいいなぁ。
私も二人に挟まれてのんびり眠りたい……なあんて。
このまま一緒に寝たいけど、私に与えられた仕事はきっちりとやりたい。
誰が来たのか把握するのは、私の仕事だと思う。
「シルビア様! ロシ―タちゃん!」
緊張しながら、シルビア様を揺り動かす。
シルビア様に触れるのはいつもドキドキする。
起きない。
ロシ―タちゃんも、ほっぺたをぷにぷにしても起きない。
二人のことはそのままにして、とにかく確認だけしてこよう。
おそるおそる、診療所の玄関のドアをそっと開く。
扉の開くギイッという音にビクッとして、息を吐く。
この前みたいな来客だったら嫌だなぁ。
結局私は間に合わず、シルビア様は傷つけられてしまった。
でも、以前に来たワラビー獣人のおばあさんみたいに、シルビア様のお力を必要としている人かもしれない……
今度もそうならないとは限らないのよね……怖いけど、確認しなきゃ……
そろそろと周囲を見回すけど、誰もいない。
(ベルが壊れたのかな……?)
森の入り口から屋敷までは遠いのよね?
少し、見に行った方がいいかな?
恐る恐る森の方に歩いていく。
春の森は暖かい日に照らされて、とても気持ちがいい。
白詰草の周りを小さな蝶が飛んでいる。
どこからともなく香ってくる沈丁花の匂いが、私の心を落ち着けてくれた。
一匹の緑色の髪の精霊が、裏庭から森のほうへと飛んでいく姿が見えた。
緑色の髪ってことは、風の精霊かな?
精霊は私を導くように飛んでいく。
ぴ―ぴ―と、声にならない声は何か焦っているようだった。
私が追いつくと、精霊ちゃんはまた離れていく。
まるで、私をどこかに導いてるみたいだ。
「どうしたの? ……えっ……?」
一陣の風が私のスカートを巻き上げ、髪をなびかせる。
(なんだか……風に呼ばれてるみたい……)
不思議な気持ちになって、精霊ちゃんの後を追いかける。
しばらく森の中を行くと、木々がない開けた場所にターコイズグリーンの髪色の少女がうつ伏せで倒れていた。
「えっ! うそっ! だ、大丈夫ですかっ⁉」
大変だ。
何でこんなところに人が⁉
慌てて肩を叩きながら声をかける。
「あのっ……? 大丈夫ですか? 返事をしてください!」
焦っていて思わず体を揺らしてしまう。
その手を、後ろから止められた。
警戒していたのに、不思議と怖くなかった。
その手の主は――
「動かしちゃ駄目だよ」
「シ、シルビア様! いらしたんですか!」
シルビア様の顔を見た途端、安心して全身の力が抜けるのが分かった。
シルビア様が倒れた女の子に手をかざすと、白い光が少女の体を包んだ。
「禊ぎに行こうと思って起きたんだ……今、鑑定で見たけど、この娘は危険な状態だ。魔力が枯渇している」
シルビア様の体が一瞬、キラキラした赤い光に包まれる。
「シルビア様⁉」
「身体強化だよ……この魔法で、ほら」
少女を軽々と抱き上げ、シルビア様は診療所へと向かう。
私も慌てて後に続いた。