第36話 賑やかな朝2
いつの間にか動いていた私の尻尾がピタリと止まって、シルビア様が首を傾げる。
私は二人に謝る事にした。
「どうしたの、ユミィ?」
「シルビア様、ロシ―タちゃん、ごめんなさい……」
私は既に出来上がってしまったサンドイッチを、おずおずと二人に差し出した。
最初からドジしてしまった……、これは自分で処理しよう……。
「とっても美味しそうじゃないか! さすがユミィだね!」
すると、シルビア様が思いがけない言葉をかけてくれて、私は驚きで固まる。
「えっ。で、でも……昨日も、サンドイッチでしたよね……。同じメニューを作ってしまいました……」
「ユミィが作ってくれたものは、私にとってすべて特別だよ。昨日のサンドイッチとは別物さ」
「おー! ろしーた、さんどいっち、だいすき!」
気遣ってくれる二人の言葉に、胸が温かくなってくる。
「……ありがとうございます……」
……みんな優しいな。次は失敗しないようにしなくっちゃ。
「そ・れ・にぃ~。ろしーたは、おねえさんだから、たべれないもの、なんて、ないんだぞ~」
ロシ―タちゃんがどさくさに紛れてフライパンの卵の焦げに長い舌を伸ばすと、シルビア様が魔法で氷の粒を作ってロシ―タちゃんの口に放り込んだ。
「ちめたっ!」
「ふっ……(おろかな)……お行儀が悪いよ、ロシータ」
シルビア様がロシータちゃんの鼻を指でツンと押す。
ロシ―タちゃんがシルビア様の頬を引っ張り、シルビア様がまた応戦する。
(……はっ、また二人の仲良しっぷりに見とれてしまったわ。速く食卓を整えなきゃ)
二人がじゃれている横で、慌てて支度へ戻る。
保存箱から、アリアさんの作ったス―プ鍋を出して、中身を確認する。
蓋を取ると、お芋と玉ねぎとバタ―のいい匂いがする。
香りと色から察するに……ポタ―ジュス―プかな?
ふんふん……食欲をそそられる深い香りも混ざっているわね……
隠し味に魔猪の油を使ってるんじゃないかな。
すごく香ばしくて、お腹が空いてくる。
次はデザートになるものはないかと、保存箱を探ってみる。
フル―ツを盛った大皿も出て来たので、食卓が華やかになるな。
透明な皮に白っぽい果実の葡萄が大皿に沢山盛られている。
「シルビア様、この葡萄、透けてますっ!」
大きな粒の葡萄は、光に透けて瑞々しく輝いている。
「これは、空葡萄だよ。山の頂上とか、標高の高い場所で育つんだ」
じゃれ合いに一区切りがついたのか、ロシータちゃんを小脇に抱えたシルビア様が返事をしてくれた。
「空葡萄……初めて聞きました。街で売ってるんですか?」
「空葡萄は店では売っていないよ。月山という、標高の高い山にしか生っていないからね。ここにあるのは、私が転移魔法を使って採りに行ったものだよ」
「そ、そうだったんですか……」
ロシータちゃんも初めて見るものらしく、不思議そうに葡萄を見つめていた。
「これ、うまいのか~?」
「空葡萄の味を知るには、食べるしかないよね」
シルビア様がロシータちゃんの口に一粒の空葡萄を皮ごと入れる。
その途端にロシータちゃんの目が輝き、口の端から涎を垂らした。
「! し、しるび~、もっと、もっと~‼」
「待って、次はユミィの番だから」
「えっ⁉ わっ、私っ?」
「さ、口を開けてごらん」
躊躇いながら口を開くと、シルビア様の真っ白な指が唇に触れる。
空葡萄は口の中で瑞々しく弾けて、濃い甘味と強い香りで体が潤されていくような、不思議な感覚がした。
シルビア様の細い指がそのまま頬を撫でて、髪に触れて滑り落ちるのがくすぐったい。
「どう? ユミィ?」
「……おっ、美味しいですっ! こんなに美味しい葡萄、初めて食べました!」
「それはよかった」
シルビア様が指を鳴らすと、保存箱から出した料理が全て食台に整えられる。
「あ~んっ、ぶどー、つぎは、ろしーたのばんだぞ――!」
「後は席に着いてから食べなさい。ユミィ、スープをよそってくれる?」
「はっ、はいっ」
「いっただきー!」
早速席に着いたロシ―タちゃんとシルビア様が、大きな口を開けてサンドイッチを頬張る。
その光景が嬉しくて、スープをよそった私も大きな口を開けてサンドイッチを頬張った。
「んまんま――!」
「……最高だよ、ユミィ。王宮晩餐会よりも、ずっと」
「えっ? そっ、そんなことはないかと……で、でも、あ、ありがとうございます、シルビア様、ロシータちゃん!」
王宮晩餐会ってなんだろう?
よくわからないけど、なんだかすごい事なんだろうな……
サンドイッチを食べる合間に、ロシータちゃんの舌が空葡萄を攫って行く。
よほど気に入ったのね。この葡萄、本当に美味しいもんね。
よそられたス―プをシルビア様が期待を込めた目で見つめているのがわかった。
シルビア様が私にそっとスプ―ンを渡す。
「ユミィ、よろしく」
「……」
今日こそはシルビア様に自分で食べてもらいたかったけど……さっき空葡萄を食べさせてもらったから、断りにくいわ……
「あ―ん」
「あ~ん」
私が戸惑っていると、ロシ―タちゃんもシルビア様の隣で口を開けて真似っこしだした。
これは由々しき事態というやつよね……?
私があえてロシ―タちゃんを優先すると、ロシ―タちゃんは「んま――! もっとおくれ――!」と言って嬉しそうにニコニコする。
「ユミィ……」
シルビア様が出す切なげな声に絆されそうになるけど、ここは我慢よ……
「子どもが優先ですよ、シルビア様。これからもずっと」
私の言葉を聞いて、シルビア様が冷たい目でロシ―タちゃんを見る。
「ロシ―タは子どもじゃないよっ! 200歳くらいは軽く超えているんだからっ!」
「えっ⁉ う、嘘ですよね? ロシ―タちゃん、そうなのっ⁉」
「わ―からな―ぃ。わすれ―た。でも、ろしーた、おねえさんの、ぼうけんしゃだぞ!」
ロシータちゃんの言葉からは、真偽が全くわからない。
「本当だよ! 偽子どもだよ! 私の方が年下なんだよ、信じて、ユミィ!」
シルビア様がうるうるした瞳で私を見て口を開く。
「……だからね、あーん」
……ロシータちゃんが私たちより年上だとしても、シルビア様に「あーん」する理由にはならないと思うんだけどな……
だけど、シルビア様の捨てられた子犬のような顔を見て、私の手は自然に動いてしまう。
「もぅ、しょうがないですねぇ」
シルビア様は嬉しそうにス―プを飲む。
「ユミィ、もう一度」
「ゆみぃ、すーぷ、おくれ。ろしーたのて、ぶどーで、いそがしいから」
まるで鳥の雛の様に口を開けて待機する二人は、なんだか姉妹に見えるわね……
「もう駄目です。飲ませっこなら二人でやってください」
「「えっ⁉」」
私は自分の食事に戻った。
シルビア様とロシ―タちゃんはお互いをじっと見る。
お互いの口にスプ―ンを運ぶけど、何故だか二人とも口を開かない。
スプ―ンを持っていない反対の手で、お互いの口を開かせようとしている。
「二人がじゃれてるうちに、私は食べちゃいますよっ」
「ぐぬぬ」という声が聞こえてきて、二人がス―プを食べ終わったのは、私がすっかり食べ終わった後だった。
食後は食器を洗おうとするロシ―タちゃんと、浄化しようとするシルビア様との間で睨み合いがあった。
ロシ―タちゃんがギコギコと水を出してる間に、シルビア様が浄化魔法をかけようとする。
「しるびー、ろしーたが、あらうのー!」
「浄化した方が綺麗で速い。貸しなさい」
「やーっ!」
何だか、じゃれ合いが行き過ぎてお互いに張り合っているように見えるわね……ちょっと諫めた方がいいのかな……?
あっ、そうだわっ!
私が二人の頬っぺたを軽くつまむと、二人の動きが止まった。
「喧嘩しませんよ、仲良くしてくださいね」
「はぁ~い」
「……はい」
シルビア様の手とロシータちゃんの手を掴んで握手させると、シルビア様は無言で私に掴まれた手を見る。
あ……いけない……シルビア様に失礼な事しちゃった……
慌てて二人から手を離すと、シルビア様の右手が私の左手を掴む。
「離さなくて、いい……」
「え……?」
シルビア様の頬が段々と色づいていくと、シルビア様に握られた私の手も熱を帯びてくる。
な……なんだか……ドキドキするっ……
そんなことを考えていると、居室のステンドグラスのベルがリンリンと鳴り赤色に光り出した。
「しるびー、べる、なってるぞー!」
ロシータちゃんがベルの下でピョンピョン飛び跳ねた。
ベルの色が赤って、初めて見たな……何か意味があるのかしら……?
「来客だ……」
シルビア様の表情が少し険しくなった。