第32話 お茶会2
目の前に芳醇な香りがする紅茶と豪華な軽食があるのに、全く食欲が湧かなくなってしまった。
自分の料理が役に立てないとわかって、どんどん気持ちが落ち込んでいく。
多分、今の私は酷い顔色をしていると思う。
「シルビア様、私……これから、お料理を作るの……辞めさせていただけないでしょうか……?」
「えっ、えっ⁇ どっ、どうしてっ⁉ 作ってくれるって……!」
シルビア様が大きな音を立ててカップを置く。
余程慌てたのか、紅茶が受け皿に大分零れてしまった。
「だって……そのっ……シルビア様は、こんなに美味しいものを沢山食べられるのに、私の手料理なんて……味気ないですよ……」
私が声を絞りだすようにして無理に笑いながら言うと、シルビア様は衝撃を受けたように固まる。
「そんなことない! ユミィの作ったものが一番‼ ユミィの料理が食べたい‼」
シルビア様はすごい剣幕で言ったかと思うと、突然真顔になる。
「捨てよう……」
「えっ……?」
私がシルビア様の言葉を理解できないでいると、シルビア様がケーキスタンドを乱暴に持ち上げる。
「こんなもの、全て捨ててしまえばいいんだ。そうすれば、ユミィの料理を一生食べられるっ!」
「なっ! ちょっ! ちょっと、まっ、待ってくださいっ!」
「め―! しるび―、め―!」
シルビア様がケ―キスタンドを持ち上げる手を、ロシ―タちゃんが引っ張る。
両者にらみ合いになってバチバチと火花が散っているようだった。
「シ、シルビア様! やっ、やめてくださいっ! もったいないですよ‼」
シルビア様を諫めようとすると、シルビア様が駄々をこねる子供のように首を横に振った。
「だって、ユミィの料理がっ! ユミィの料理が、食べられなくなるっ!」
シルビア様は唇をワナワナと震わせて、今にも泣きだしそうな顔をしている。
シルビア様、こんなに私の料理を期待してくれていたのっ……⁉
その表情を見た私は何も考えられなくなり、後ろからそっとシルビア様を抱きしめた。
私の不用意な発言で、シルビア様の期待を裏切ってしまったことに後悔がこみ上げる。
私に与えられた……シルビア様が与えてくれた、大事な大事なお仕事を、自分から拒否してしまうなんて、私はなんて自分勝手なんだろう……
「……シルビア様……ごめんなさい!!」
「……………………」
シルビア様の細い腰に腕を回すと、力んだ体から徐々に力が抜けていった。
バランスを失ったケーキスタンドから、小さなケ―キやサンドイッチが次々に真下にいるロシ―タちゃんの口に流れ込んでいく。
「もぉっ、もがぁっっ‼」
「ロッ、ロシ―タちゃん!」
口をいっぱいにしたロシ―タちゃんが、喉を詰まらせて赤い顔をしている。
慌てふためく私をよそに、シルビア様がロシ―タちゃんの喉を一撫でした。
ゴックン
すごい量の料理が一気に嚥下され、ロシ―タちゃんのお腹がポッコリと膨れる。
「……一時的に、食道を拡張させたよ……ロシ―タ、ごめんね」
「……ん―。まんぷく!」
ロシータちゃんはニッカリと笑う。
喉を詰まらせた事を気にせず、お腹がいっぱいになった事に満足してくれているロシータちゃんは優しい。
「よ、よかった……」
お腹をポッコリさせたロシ―タちゃんはテ―ブルに顎を載せて脱力している。
シルビア様がクルリと人差し指を回すと、呼ばれた精霊ちゃん達が、周囲の草や木を集め、あっという間に揺りかごを作り上げた。
ロシ―タちゃんはその中へ運ばれるや否や、すぐに寝息をたてはじめた。
気まずそうな顔で私を見るシルビア様に向き合う。
シルビア様の行動にとても驚いたけど、ちゃんとお話ししなきゃ駄目だよね……
「私のせいでごめんなさい……。シルビア様、捨てるのだけは……やめてください」
「ユミィ……」
「私、こんなに素敵なお茶会が無くなるのは嫌です」
「……うん」
「シルビア様にとっても、大事な時間なんでしょう?」
「うん……」
「私も、自分が作れない物を食べられるのは、嬉しいんですよ?」
「うん……」
「だから、もう、捨てるなんて言わないでください……」
「言わない……でもっ……ユミィの料理がっ……!」
シルビア様は借りてきた猫の様に大人しくシュンとなる。
「シルビア様……そこまで……」
「うん、食べたいよ。どんな素晴らしい料理人が作った料理より、ユミィの料理がいいっ!」
シルビア様が渇望するような瞳で、私に訴える。
「……でも、私の料理は高級でもないし、そんなに手の込んだものでもありませんよ……一般的な家庭料理ですよ……」
「それでいい! それがいい! ユミィの作ってくれるものがいいのっ‼」
その目があまりにも真剣で、思わず吹き出してしまいそうになる。
「はい、分かりました……。保存箱のお料理が無くなったら、作らせていただきますね」
私の料理は上手ではない、平凡なものだと思う。
だけど、ここまで要望してもらえて……断ることはできないわ……
「うん! ユミィ! ユミィッ! ありがとう! ありがとう‼」
シルビア様が私の手を取って、子供のようにぴょんぴょんと飛び跳ねた。
喜ぶシルビア様を見ていると、私は胸がいっぱいになって何も言えなくなってしまう。
「私の方こそ……」
こちらこそ……ありがとうですよ、シルビア様……
シルビア様が、何もできない私に……役割を与えてくれたんです……
言葉にできない温かい思いが、私を包む。
「シルビア様」
「なぁに、ユミィ?」
「次のお茶会が楽しみです」
私の顔を見て、シルビア様はニッコリと笑った。
「ユミィは食べ損ねちゃったもんね……。新しいティーセットを出すから、今から続きをしよう。今度は紅茶にミルクを入れてみて。とても美味しいから」
精霊が飛び交う薬草園の一角で、私たちは笑いながらお茶会をした。