表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/112

第32話 お茶会2

 目の前に芳醇(ほうじゅん)な香りがする紅茶と豪華な軽食があるのに、全く食欲が湧かなくなってしまった。

 自分の料理が役に立てないとわかって、どんどん気持ちが落ち込んでいく。

 多分、今の私は酷い顔色をしていると思う。


「シルビア様、私……これから、お料理を作るの……辞めさせていただけないでしょうか……?」

「えっ、えっ⁇ どっ、どうしてっ⁉ 作ってくれるって……!」


 シルビア様が大きな音を立ててカップを置く。

 余程慌てたのか、紅茶が受け皿に大分零れてしまった。


「だって……そのっ……シルビア様は、こんなに美味しいものを沢山食べられるのに、私の手料理なんて……味気ないですよ……」


 私が声を絞りだすようにして無理に笑いながら言うと、シルビア様は衝撃を受けたように固まる。


「そんなことない! ユミィの作ったものが一番‼ ユミィの料理が食べたい‼」


 シルビア様はすごい剣幕で言ったかと思うと、突然真顔になる。


「捨てよう……」

「えっ……?」


 私がシルビア様の言葉を理解できないでいると、シルビア様がケーキスタンドを乱暴に持ち上げる。


「こんなもの、全て捨ててしまえばいいんだ。そうすれば、ユミィの料理を一生食べられるっ!」

「なっ! ちょっ! ちょっと、まっ、待ってくださいっ!」

「め―! しるび―、め―!」


 シルビア様がケ―キスタンドを持ち上げる手を、ロシ―タちゃんが引っ張る。

 両者にらみ合いになってバチバチと火花が散っているようだった。


「シ、シルビア様! やっ、やめてくださいっ! もったいないですよ‼」


 シルビア様を(いさ)めようとすると、シルビア様が駄々をこねる子供のように首を横に振った。


「だって、ユミィの料理がっ! ユミィの料理が、食べられなくなるっ!」


 シルビア様は唇をワナワナと震わせて、今にも泣きだしそうな顔をしている。


 シルビア様、こんなに私の料理を期待してくれていたのっ……⁉


 その表情を見た私は何も考えられなくなり、後ろからそっとシルビア様を抱きしめた。


 私の不用意な発言で、シルビア様の期待を裏切ってしまったことに後悔がこみ上げる。

 私に与えられた……シルビア様が与えてくれた、大事な大事なお仕事を、自分から拒否してしまうなんて、私はなんて自分勝手なんだろう……


「……シルビア様……ごめんなさい!!」

「……………………」


 シルビア様の細い腰に腕を回すと、力んだ体から徐々に力が抜けていった。

 バランスを失ったケーキスタンドから、小さなケ―キやサンドイッチが次々に真下にいるロシ―タちゃんの口に流れ込んでいく。


「もぉっ、もがぁっっ‼」

「ロッ、ロシ―タちゃん!」


 口をいっぱいにしたロシ―タちゃんが、(のど)を詰まらせて赤い顔をしている。

 慌てふためく私をよそに、シルビア様がロシ―タちゃんの喉を一撫でした。


 ゴックン


 すごい量の料理が一気に嚥下(えんげ)され、ロシ―タちゃんのお腹がポッコリと膨れる。


「……一時的に、食道を拡張させたよ……ロシ―タ、ごめんね」

「……ん―。まんぷく!」


 ロシータちゃんはニッカリと笑う。

 (のど)を詰まらせた事を気にせず、お腹がいっぱいになった事に満足してくれているロシータちゃんは優しい。


「よ、よかった……」


 お腹をポッコリさせたロシ―タちゃんはテ―ブルに(あご)を載せて脱力している。

 シルビア様がクルリと人差し指を回すと、呼ばれた精霊ちゃん達が、周囲の草や木を集め、あっという間に揺りかごを作り上げた。

 ロシ―タちゃんはその中へ運ばれるや否や、すぐに寝息をたてはじめた。


 気まずそうな顔で私を見るシルビア様に向き合う。

 シルビア様の行動にとても驚いたけど、ちゃんとお話ししなきゃ駄目だよね……


「私のせいでごめんなさい……。シルビア様、捨てるのだけは……やめてください」

「ユミィ……」

「私、こんなに素敵なお茶会が無くなるのは嫌です」

「……うん」

「シルビア様にとっても、大事な時間なんでしょう?」

「うん……」

「私も、自分が作れない物を食べられるのは、嬉しいんですよ?」

「うん……」

「だから、もう、捨てるなんて言わないでください……」

「言わない……でもっ……ユミィの料理がっ……!」


 シルビア様は借りてきた猫の様に大人しくシュンとなる。


「シルビア様……そこまで……」

「うん、食べたいよ。どんな素晴らしい料理人が作った料理より、ユミィの料理がいいっ!」


 シルビア様が渇望するような瞳で、私に訴える。


「……でも、私の料理は高級でもないし、そんなに手の込んだものでもありませんよ……一般的な家庭料理ですよ……」

「それでいい! それがいい! ユミィの作ってくれるものがいいのっ‼」


 その目があまりにも真剣で、思わず吹き出してしまいそうになる。


「はい、分かりました……。保存箱(アイテムボックス)のお料理が無くなったら、作らせていただきますね」


 私の料理は上手ではない、平凡なものだと思う。

 だけど、ここまで要望してもらえて……断ることはできないわ……


「うん! ユミィ! ユミィッ! ありがとう! ありがとう‼」


 シルビア様が私の手を取って、子供のようにぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 喜ぶシルビア様を見ていると、私は胸がいっぱいになって何も言えなくなってしまう。


「私の方こそ……」


 こちらこそ……ありがとうですよ、シルビア様……

 シルビア様が、何もできない私に……役割を与えてくれたんです……


 言葉にできない温かい思いが、私を包む。


「シルビア様」

「なぁに、ユミィ?」

「次のお茶会が楽しみです」


 私の顔を見て、シルビア様はニッコリと笑った。


「ユミィは食べ(そこ)ねちゃったもんね……。新しいティーセットを出すから、今から続きをしよう。今度は紅茶にミルクを入れてみて。とても美味しいから」


 精霊が飛び交う薬草園の一角で、私たちは笑いながらお茶会をした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ