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第31話 お茶会

 お散歩するのに屋敷の裏側へ回ると、母屋の後ろは広大な薬草園になっていた。

 足を踏み入れると、森からの風が薬草園の中を吹き抜けて、草花が麦畑のようにザワザワと波打つ。

 春特有の命が湧き立つような草花の香りに、心が躍るのを強く感じた。


「シルビア様……すごいです」

「ありがとう、植物を育てるのが好きなんだ。ここの植物は全て、ユミィの好きに使っていいからね」

「あ、ありがとうございます……!」


 私がベル形の花を沢山つけた植物に顔を近づけると、シルビア様に握られていた手がそっと引かれた。


「ただし、毒のある植物も多いから、無暗に触れてはいけないよ。少量なら薬になるけど、

 料理なんかに使う時は私に聞いてね?」

「わ、わかりました、注意しますね。ロシータちゃんも気をつけようね?」


 私がロシータちゃんに声をかけると、ロシータちゃんは首を傾げる。


「ろしーた、どく、だいじょうぶだぞ! おねえさんだから!」

「ロシータちゃん、お姉さんでも、毒は危ないんだよ?」

「……いや、……大丈夫なんだ……」


 シルビア様が複雑そうな顔でロシータちゃんを見る。


「えっ……? だ、大丈夫というのは……?」

「……ロシータと私は、毒耐性があるんだ。どんな毒でも効かないはずだ……」

「えっ⁉ えっ? そっ、そうなのっ、ロシータちゃんっ⁉」

「ろしーた、どく、すきだぞー! おいしーんだぞ、どく!」

「積極的に食べるのは推奨しないな」


 シルビア様が呆れたようにロシータちゃんを(たしな)める。

 その様子が、困った妹を見守る姉のように見えた。


「……もしかして、シルビア様とロシータちゃんって、お知り合いですか?」


 ロシータちゃんが毒草に伸ばした舌を、シルビア様が素早く(つま)んだ


「……知り合い……というか、昔ちょっとね……ロシータは忘れてるみたいだけど」


 シルビア様の表情が少し苦いものになったような……

 ……何かあったのか気になるけど、踏み込んではいけないわよね……

 いつか、話してもらえると嬉しいな……


「んー? なんだー? おねえさんは、なにも、わすれてないぞ!」

「はい、はい」

「おねえさんが、あんない、してやるぞー!」


 ロシータちゃんが薬草園を駆け回るのを見て、シルビア様が「やれやれ」と笑った。


 ***


 柔らかな春の日差しの中で、様々な種類の草花が風に揺れている。

 一つの可愛らしい白い花のついた薬草をシルビア様が手に取る。


「これは力回草(りょくかいそう)、魔力欠乏症の薬に使うんだ」


 薬草の一つ一つをシルビア様は丁寧に説明してくれる。

 説明を聞きながら珍しい植物を見るのはとても楽しい。


「シルビア様、この薬草園にはどのくらいの種類の薬草があるんですか?」


 薬草園は屋敷の面積の何倍もの広さがあるみたいだわ……ここを管理するのはなかなか大変だと思う。


「ざっと見て10万種以上あるかな」

「10万種⁉ す、すごい!」

「そう? 少ないほうだと思うよ。母屋に近い場所には希少なものを植えて、森の中には菌類を培養してある。大きな植物は魔法で縮小してるんだ。森の出入り口には回復薬に使う薬草を植えたから、風邪くらいの症状で来た人は、その薬草を持って帰っていくんだ」

「そ、そうだったんですね……」


 シルビア様が作ったこの森は、診療所に来ない病気の人も救ってるのね……

 シルビア様というたった一人の人が、沢山の命を守って癒してくれてる……

 とてつもないことなのに、何でもないようにサラリと言ってしまうシルビア様が眩しかった。


 薬草園には精霊ちゃんたちが、キラキラとした光の尾を引いて飛び回っていた。

 ……あれ? さっきよりも数が増えるような……?


「あの、精霊ちゃんの数が増えてませんか?」

「ああ、森の奥にも、巨木になった精霊の木があるから、それで精霊が沢山いるんだよ。そして、この薬草園は精霊に管理してもらってるんだ」

「せ、精霊が管理するんですか?」

「そうだよ。水の精霊は水を与えて、土の精霊は土をフカフカにする。火の精霊は寒さに弱い植物を温めて守り、風と木の精霊は全体を統括する」

「……精霊ちゃんって、働き者なんですね。それに、色んな精霊ちゃんがいるんですね」


 薬草園を一周したロシータちゃんが、私とシルビア様の元に戻って来る。

 笑顔を輝かせたロシータちゃんの肩には、精霊ちゃんが止まっていた。


「そうだよ。ロシ―タの肩にいるのは火の精霊だね」


 言われてみれば、羽根の生えた小さな女の子の髪は赤い色をしている。

 身にまとう服は不思議な素材でできているのか、少し透けていて淡い紅色に見えた。

 属性の色がそのまま現れているのかな。


「しるび―とゆみぃ、ぴょんってして!」

「手を持ち上げればいいの?」

「ん!」


 シルビア様と私がロシ―タちゃんと繋いだ手を持ち上げると、ロシ―タちゃんは宙に浮き、嬉しそうに笑った。


「もっかい、やって!」


 今度は反動をつけると、一旦後ろに下がった後、ロシ―タちゃんは前に跳んだ。

 手をブランコにされた私とシルビア様はお互いのきょとんとした顔を見て笑ってしまう。


「もっかい! もっかい!」

「もう1回ね、はいはい」


 ロシ―タちゃんの手を引き、ぴょんぴょんさせながらシルビア様と薬草園を一周する。


 子どもって、なんて元気なんだろう?


 広大な薬草園を一周する頃には、肩が痛くなって手も疲れてしまった。

 シルビア様が微笑む。


「少し休もう」


 薬草園の脇の四阿(あずまや)の円卓の椅子に3人で腰掛けると、シルビア様が何やら準備を始める。


「お茶にしようか。ユミィ、ロシ―タ、これを広げて」

「おやつ⁉ おやつ、か⁉」


 シルビア様が異空間から出した格子柄のテ―ブルクロスを、円卓にみんなで広げると、その上に次々とティ―セットが出されていく。

 可愛らしいポテッとしたティ―ポットに、沢山お菓子が載っているケ―キスタンド。

 花柄のクロスが中に敷いてある籐の籠には、スコ―ンやバケットが沢山入っている。

 シルビア様がカトラリーを並べてくれる。


「お手伝いします、シルビア様」

「いいから、ユミィは座ってて。……ロシータもね」

「ろしーた、ちゃんとすわってるぞー! はやく、はやく――!」


 ロシータちゃんは椅子の上に立ち、円卓の端を掴んで飛び跳ねていた。

 ため息を吐いたシルビア様が、ロシータちゃんの伸びた舌にスコーンを一つ載せる。


「おーいしーぞー!」


 一つ食べて落ち着いたのか、ロシータちゃんは力を抜いて大人しく席に着いた。


 ケ―キスタンドは三段階になっていて、最下段はサンドイッチ、中段は温料理、最上段にはデザ―トが載っていた。

 シルビア様が他にもイチゴやベリ―のジャムの瓶や、甘い匂いのするクリ―ムの入った瓶も色々と出してくれる。


「こ、こんなに沢山……! す……すごいですね……!」

「そう? 気に入った?」

「はい! とっても!」

「ろし―たも、きにいったー!」


 苺が描いてある可愛らしいお皿に、シルビア様がナイフとフォークでサンドイッチを取り分けてくれる。


 シルビア様に給仕してもらうのがとても嬉しいけど、なんとなく悪い気もしてしまう。


 い、いいのかしらっ?


 シルビア様は私の顔を見てニッコリ微笑みながら料理を取り分け、お茶を淹れてくれる。

 異空間から出されたティ―ポットはお湯がたっぷりと入っていて、カップに注いでもらうと熱い湯気が出て、蒸らした茶葉の良い香りが周囲に広がった。

 ティ―ポットの蓋のつまみが猫の形をしていて、すごく可愛い。


「さぁ、召し上がれ」

「あ、ありがとうございます」

「いっただきー!」


 ロシ―タちゃんがサンドイッチにかぶりついて丸のみする。

 ロシータちゃんの口の周りがすごいことになっている。


「ロシータちゃん、お口拭こうか」

「ううん、ろしーた、なめるから、いいぞ」


 ナプキンでロシータちゃんの口を拭う前に、ロシータちゃんが長い舌で口の周りをペロリと舐めた。

 ……出遅れてしまったわ……


「おいしーぞー! しるびー、これ、しるびーがつくったのかー?」

「違うよ。街に行った時に人を雇って作ってもらうんだ」

「……どういうことですか?」


 シルビア様が淹れてくれたお茶はとても美味しい。


「商業ギルドに頼んで、ティ―セットを渡しておくんだ。ティ―ポットやケ―キスタンドとかをさ」

「はぁ」

「そうすると、ギルドから依頼を受けた料理人たちが、サンドイッチやらスコ―ンやら色んな軽食を作ってくれるから、それを一気に異空間に仕舞っておくんだ。ティ―ポットはお湯を入れておいて、いつでも飲める状態にしておくんだよ」

「は、はぁ」

「毎日お茶会を開いてもいいように、ティ―セットは366個ほどあるんだ。一つ一つ違って面白いんだよ。アリアには無駄だって言われたんだけどね」

「……はぁ?」

「……ん?」


 つまり、このティ―ポットやケ―キスタンドやお皿なんかが366セットぶんあるってことよね?

 料理や、紅茶が淹れられたまま、異空間収納にしまわれてるんだ……


 へ、へぇ。

 へ―……


(こだわ)ってるわけじゃないんだけど、この森にいると時間を忘れて没頭してしまうでしょ? でも、お茶を飲む時間を作ることでリラックスできるし、外の世界の料理を食べることで、外の世界と繋がることもできるかなって思ってさ……料理は王都の有名料理店に作ってもらってるから、味は悪くないはずだよ」

「……」

「ユミィ?」


 私は食べる手を止める。


 シルビア様がお茶の時間をとても大切にしていることはわかった。

 こんな豪華で美味しいものを口にされているというの……しかも、毎日……!

 そんなシルビア様のお食事を、これから私が作っていくだなんて……とんだ身の程知らずね、我ながら……

 今はアリアさんの料理を出してるだけだけど、これほどの品質基準に達する料理なんて、私には作れるわけないよ……


 私はシュンとして項垂れた。


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