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第30話 精霊の木

 シルビア様とロシータちゃんと一緒に、キラキラした魔法石が沢山入った鉢植えを覗き込む。


「さて、ここに何を植えようか……ユミィはどんなものがいい?」

「あ…… 葉っぱが多くて、枝が広がりすぎないものだったら丁度いいかなと……ロシータちゃんの背丈くらいで」

「じゃあ、これかな」


 シルビア様が腰についた小さな瓶から、水色の植物の種のようなものを一粒取り出す。


「ユミィ、これを植えてごらん」

「はい……あ、ロシ―タちゃん、やりたい?」

「おおっ⁉ やりたいぞ! あんがとー、ゆみぃ!」


 ロシ―タちゃんが真剣に見ていたのが可愛くて、つい譲ってしまった。

 シルビア様はふっと笑って、ロシータちゃんの手に種を載せてくれる。


「指1本分くらいの深さの所に入れて」

「おぅ!」


 やる気に満ちたロシ―タちゃんが、シルビア様の指示に従い種を植える。


「あとは水だけだね」


 シルビア様の手が植木鉢の真上に開かれる。

 すると掌から、水球がポチャンと出て魔法石を濡らした。


(水魔法だ……! 初めて見た……)


 シルビア様がそのまま手をかざし続けると、種は芽を出し、グングンと伸びていく。

 細い幹が太くしっかりしたものになり、小さかった葉が広く厚くなる。


(す、すごい! あっという間に成長しちゃった!)


 目の前の不思議な光景に頭が追いつかない……


「シルビア様……これは……もしかして?」

「うん、時魔法を使っているよ。ここまで育つのは何十年もかかるからね」

「もうすぐ、ろしーたと、おんなじくらいになるぞ!」


 ロシ―タちゃんの背丈くらいになったところで、シルビア様が手を離した。

 私達の目の前には、しなやかな水色の幹に、蒼く艶やかな葉と可愛らしい蕾をつけた、美しい植物が育っていた。

 魔力硝子からの光を受けると、蒼い葉はより眩しいものとなり、小さな蕾からは不思議な力を感じる。


(綺麗……)


 こんな植物は見たことがないわ……まるで夢の世界みたい……


「シルビア様、この植物は……一体……?」

「これは、精霊の木だよ。種を手に入れるのにだいぶ苦労したんだ」

「……せ……精霊……?」


 精霊って、物語に出てくる……?

 確かに現実のものとは思えないほどに美しいけれど……どうして精霊の木って名前なんだろう。

 シルビア様がどういう経緯でこの種を手に入れたのか、すごく気になるわ……

 名前の由来を考えながら見つめていると、蕾たちが徐々に膨らんでいくことに気づいた。


 木についた小さな蕾が、ゆっくりと花開いていく。


「……あっ……」


 水色の花の中から親指ほどの小さな女の子が、透き通った美しい羽根に包まれて姿を現す。


「精霊の赤ん坊だよ」


 シルビア様が精霊の赤ちゃんを驚かさないように小声で(ささや)いた。

 目覚めたばかりの幼い精霊は不思議そうな顔をして、精霊の木の周りを飛び回っている。


「精霊の……赤ちゃん……」


 他の蕾からも次々と精霊が生まれ、周囲をもの珍しそうに飛び回る。

 精霊が飛んだ後には光の粒が続いて、空気の膜がキラキラと輝いている。


「……ロ……ロシ―タちゃん、すごいね! 精霊の赤ちゃんだよ!」


 夢のような光景に、私は興奮してしまう。


「……」

「……ロシ―タちゃん?」


 ロシ―タちゃんは目を大きく見開いて、じっと精霊ちゃんを見ていた。


 びっくりしすぎちゃったのかな?

 精霊ちゃんたちはロシ―タちゃんの肩と頭に止まって、羽をパタパタと動かしている。


「精霊は楽し気なところが好きだから、陽気なロシータは気に入られたみたいだね」

「ロシ―タちゃん、すごいね! この子たち、ロシータちゃんのことが大好きなんだって」

「……へへー♪」


 ロシ―タちゃんは頬を赤らめてはにかむ。

 ロシ―タちゃんの両肩に乗った精霊ちゃんたちも、顔を見合わせて微笑み合った。


 か、可愛い……!

 ロシータちゃんと精霊ちゃんの組み合わせが、とっても無邪気に見えるわ。


 窓から流れてくる風で葉が揺れる度、シャラララと、鈴を微かに鳴らしたような不思議な音が聞こえてくる。


(この音を聞いていると、清澄な森の中にいるみたい)


 なんとなく心を綺麗にしてくれる音っていうのかな……きっと、ここに来た患者さんも、この音を聞くと安心できるよね……


「シルビア様……こんなに素敵な木……ありがとうございました……!」


 頭を深く下げるとシルビア様が撫でてくれる。


「ううん。こちらこそありがとう。ユミィのお陰で、診療所の中が過ごしやすくなったよ」


 シルビア様に褒められると、何よりも嬉しく思う。


 それだけで張り切りたくなるのよね。


「あの、もっと他にも変えたい所があるんですけど……いいでしょうか?」

「いいよ。自由にして。ここもユミィのものだから」

「あ、ありがとうございます」


 絶対、私のものではないと思うんだけどな……

 シルビア様は優しくしてくれるけど、身の程を(わきま)えておかなくっちゃ。

 この場所は、患者さんがゆったりと(くつろ)ぐ為の場所だから、私はそのお手伝いをするだけだ。


「来た人に、お水やお茶を出せるようにしたいんですが……」

「ふぅん。じゃあ、待合室というよりも、カフェをイメ―ジした方がいいかもね」

「カ、カフェ……ですか?」


 私は思わず唾を飲みこんでしまった。


「……確かに、あの店の雰囲気を出せたら……患者も気分が和らぐかもな……」


 独り何かを呟くシルビア様の横で、私は顔を上げられなくなってしまった。


「……シルビア様、すみません。私は行った事がないので……」


 山の麓のナリスの街では若い女の子たちの間でカフェが流行っていた。

 我が家は行く余裕なんてなかったから、私はカフェのことを何も知らない。


 診療所を良くする為には、私ができなかった経験が必要だったのね……

 このままでは患者さんに(くつろ)いでもらえないのではと、不安がこみ上げてきて、胸の中がズシンと重くなる。


 私の困惑した顔を見て、シルビア様が微笑んだ。


「じゃあ、今度一緒に行こうね。私の行きつけの店があるんだ」

「えっ⁉ い、一緒にっ⁉」


 私なんかと……一緒に?

 何もできない獣人の私が、シルビア様の隣を歩いてもいいのかな?


「ろしーたも、いく!」

「はいはい。一緒にね」


 シルビア様が言うとロシ―タちゃんは嬉しそうに飛び跳ね、精霊ちゃんたちと手を繋いで輪になって回りだした。


(カフェに……行けるんだ……)


 実はとても憧れていたんだよね……

 カフェで働きたいと思っていたけど、獣人だから絶対に雇ってもらえないって、就職を頼みにも行かなかった。

 可愛らしいこぢんまりとした煉瓦づくりの外層に黄緑色の屋根。

 外から見える小花柄のカ―テンはすごく愛らしくて憧れたなぁ。

 お金に余裕が無かったからってこともあるけど……なんとなく、私は行ってはいけないような気もしていたんだよね……


(うれしいな……ずっと憧れてた場所に、しかもシルビア様と一緒に行けるなんて……)


 それはまるで、今まで“できない”って諦めて手放した物事を、シルビア様が取り戻してくれてるみたいで――


(シルビア様といると、心が自由になる気がする……)


「ユミィ? どうしたの?」

「い、いえ。えっと、えっと……横長で……背が高い台はないでしょうか?」


 胸がじんわりして、少し涙ぐんでしまったのをごまかして、ロシ―タちゃんみたいにはしゃぎ回りたいのを我慢する。

 だって、無邪気に喜んだら……これが夢だった時、絶対泣いてしまう……


 異空間からシルビア様が横長の台を出してくれる。


「そ……そこに、お願いします」


 横長の台は壁の前にピタリと収まった。


 王都のお店で買っただけあって、どれも立派で洗練された品物だった。


「ここでお茶を淹れるのかい?」

「はい! 可愛いクロスを敷けば、カフェらしくなりますかね……」

「多分、なるんじゃないかな。落ち着いたら色々と揃えていこうか」


 作業台になる横長のテーブルと短いテーブルを、シルビア様が追加で出してくれる。

 作業スペースが充分に確保されていて、とても使いやすそうになった。


 シルビア様と目が合って、お互いに微笑む。

 胸の中の空いていた場所が満たされていくのを感じた。


(シルビア様といると、とても穏やかに時が過ぎていくのね)


 窓際ではロシ―タちゃんが精霊ちゃんたちと戯れていた。

 猫みたいに精霊を捕まえようとジャンプしているのを見て、思わず笑ってしまう。


「シルビア様……あの、本当に、ありがとうございます」


 何度も頭を下げると、シルビア様は首を横に振った。


「……ユミィ、そんなに“ありがとう”は言わなくていいんだよ。何度もありがとうを言うんだったら……」


 シルビア様の細い腕が、私の体を包む。


「えっ? えっ⁉」


 シルビア様の胸に私の顔が埋まる。

 見上げると端正な顔が目の前にあった。


「こうして、ほしいな」


 桜色に色づいたシルビア様の顔から、シルビア様も照れているのがわかった。

 早い鼓動が伝わってきて、私の心臓の音もうるさくなる。


 な、な、なにっ……え、えっ……あっ、あれっ……⁉


 一体、何が……どうしたっていうの……?


(何で……私、抱きしめられてるの……?)


 シルビア様の体温が上がってくる。


「シ、シ、シルビア様、あ、あ、あの……」


 心臓がバクバク言って、頭がクラクラしてくる。


 力が抜けて獣化しそうになって――


「ぎゃふんっ!」


 精霊ちゃんに戯れたロシ―タちゃんが、シルビア様に向かって落下した。


「……」

「ご―めん、しるび―」


 ロシ―タちゃんの謝罪は精霊ちゃんの羽のように軽い。

 シルビア様がニコニコとロシ―タちゃんを見て、ロシ―タちゃんは精霊ちゃんと一緒に私の背中に隠れる。


「ろし―たも、ゆみ―に、ぎゅ―するの――!」


 ロシ―タちゃんが私の背中からぎゅっと抱きしめてくれる。


「あははっ。くすぐったいぞ、ロシータちゃん!」


 微笑む私たちを見て、シルビア様がこれ以上ないほど笑顔になっている。


 シルビア様も楽しいのね。

 いいなぁ、こういうの。


 私は思わずふふっと笑い出してしまった。


「どうしたんだい、ユミィ?」

「いえ……二人とも仲が良くて、わたしも混ぜてくれて、すごく嬉しくて……みんな仲がいいって、本当に楽しいですね」


 シルビア様がきょとんとした顔をして、ふっと息を吐く。


「ユミィには敵わないな……」

「え?」


 シルビア様が優しく私の手をとってくれる。

 シルビア様の宝石のような瞳に、私の姿が映っている。


「ユミィ、今度は庭を見に行かない?」

「は、はい。喜んで!」


 穏やかな顔になったシルビア様が、私の手を引いて外へ出る。

 もう片方の手をロシ―タちゃんに引かれて、精霊の赤ちゃんたちと一緒にお庭に向かった。


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