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第29話 魔法石 

 母屋から出ると、診療所は異空間収納には仕舞われずに、ずっとその場所にあった。

 診療所を出たら、毎回仕舞ってるわけじゃないのね……

 何か法則があるのかと、浮かんだ疑問を口にした。


「シルビア様、今日はどうして診療所を異空間に仕舞っていたんですか?」


 なんでずっと出しておかなかったんだろう?


「この診療所を出して、中で寝泊まりしてたんだ。疲れてると屋敷に帰るのが億劫になって……」


 シルビア様は言いにくそうに話す。


 屋敷に帰るのが億劫ということは……外でもお仕事をされているのかしら。


 聞きたいけれど、言い(よど)むシルビア様の顔を見ると気が進まない。


(問い詰めるようなことをしてはいけないわ、目線をシルビア様から離そう……)


 すると、シルビア様の口から驚くような言葉が出た。


「探していたんだ、ユミィのことを。……ずっと」

「えっ……」


 ど、どういうこと……? シルビア様の冗談、だったり……?

 だって、会ったことも無いうえに、この世界に何人もいる獣人の中でも、埋もれてしまうほど平凡な私のことを探していた、なんて……


 シルビア様の言葉の意味が読めなくて、返答に悩んでしまう。

 けれどシルビア様の顔を見てみると、少しばつが悪そうな、どこか寂しそうな表情をしていた。


 ……本当のことなの?

 そんなに疲れるほど、私を探してくれていたの?

 ……でも、どうして?


「……なぜ、私を探されていたんですか?」

「……」


 シルビア様は星を隠した夜空のような瞳で私を見つめる。

 その目がとても悲しそうで、見ていると胸が締め付けられた。


「ごめんね……それは、言えない」


 穏やかな声なのに、泣きそうな響きがある。


 ……シルビア様が私を助けてくれたのは、シルビア様が偶然に闇オークションに立ち寄ったからだと思っていたけど……


(もしかしたら……他に何か理由があるのかな……?)


 真っ白な霧の中から、誰かに呼ばれているような感覚――

 私が思い出せない何かが、シルビア様と関わっていたり……なんて……そんなことはないか……


 ロシ―タちゃんもシルビア様の声が沈んだのがわかったのか、慰めるようにシルビア様の頬をペロリと舐めた。


「しるびー、いいこいいこ。なっ?」


 くすぐったそうにしながらも、シルビア様は曖昧に笑った。


「さ、中に入ろうか」

「おー♪」

「は、はい……」


 木漏れ日が射した診療所の中は、足を踏み入れるとどこかホッとする心地よさがあった。

 魔力硝子から入った七色の光が、温かい木の床で揺らめいている。

 中に入ると、ロシータちゃんがシルビア様の背中から身軽に飛び降りて、陽だまりの床に映る様々な光を踏む遊びを始めた。


「しるびー、きらきら、つかまえよー!」


 無邪気に遊ぶロシータちゃんが少し羨ましい。

 私も子供に戻って、シルビア様におんぶされたり、一緒に遊んでみたりしたいな……


「診療所の整理をするから、少し待っていなさい。ロシータお姉さんなら、簡単なことだと思うけど」


 シルビア様の言葉に、ロシータちゃんはキリッと目を輝かせる。


「……! とーぜんだ! ろしーたなら、やれる!」


 ロシータちゃんの言葉に、シルビア様が微笑んでパチッと指を鳴らす。

 すると、ロシータちゃんの周りの光が形を変え、ロシータちゃんに向かって雫のように降り注いだ。


「わぁー! すごい、すごい!」


 ロシータちゃんは光の雨の中で歓声を上げてはしゃいでいる。


「ユミィ、どんな風に中を変えるの?」


 シルビア様のワクワクするような声で、私は引き戻される。


「あ、は、はい、ええと、まずは……具合の悪い患者さんが、入ってすぐに休める場所を作りたくて……」


 私はワラビー獣人のお婆さんのことを思い出していた。

 足の不自由なお年寄りは、森から診療所までの距離を歩いてくるだけでもヘトヘトになっちゃうわよね……ましてや、具合が悪い時は、普段通りに歩くのもやっとだと思う。


「それは良い考えだね。では、入ってすぐのところに、長椅子を移動させようか?」

「は、はい。ありがとうございます」


 シルビア様は私の案にすんなりと同意して、細く美しい人差し指を横に振る。

 すると、アンティークの長椅子がフワフワと宙を浮き、シルビア様が指差した壁際にそっと着地する。


「あんなに重そうな長椅子が……すごい……!」

「ふふっ。浮遊魔法だよ。便利でしょ?」

「はいっ! ありがとうございます!」


 布の上に家具を載せて動かそうと思っていたけど、シルビア様の浮遊魔法のお陰で、重い家具を容易く動かせるのがとても嬉しい。

 これなら、具合の悪い患者さんは、診療所に入ってすぐに長椅子に腰掛けたり横になったりすることができるわ。


「何でも言ってごらん。 ユミィがしたい事を教えて?」


 シルビア様に聞かれて、私は診療所の中を見回した。

 そこには長椅子が一列ずつ、規則的に置かれていた。


「待合室の中が広いので、小さなスペ―スをいくつか作った方が患者さんが寛げるかな……と思うんですが……だめでしょうか?」

「とてもいいと思うよ。私がユミィの思う通りに家具を動かすね」


 シルビア様が優しく同意してくれるのが嬉しかった。


「あっ、ありがとうございます! えっと……今度は、できれば、椅子で囲まれた場所を作りたくて……ご家族やご友人同士で座れるような場所を……ぐずっているお子さんを連れた方や、具合の悪い人に付き添う方も、気兼ねなく使える場所があったらいいなと思って……」

「では、こんな感じかな?」


 シルビア様が指差した壁際に長椅子がピッタリとくっつき、その長椅子を挟むように対面に長椅子が置かれる。

 横にもう一つ同じスペースを作ると、六つの長椅子で二つのスペースを作ることができた。

 私の思い描いた通りに家具を動かしてもらえたお陰で、初めて気づくこともあった。

 スペースに座った患者さん同士が、お互いの様子を気にしてしまいそうだな……

 衝立があると(くつろ)げると思うけど、そのぶん、シルビア様は患者さんの様子が見えなくなってしまうだろう。


「ユミィ、どうしたの?」


 うーん……どうしよう。シルビア様に相談してみようかな……

 シルビア様にはシルビア様のお仕事のやり方があるだろうし……困らせてしまうだけかもしれない。


「えっと……そのっ……」

「気になる事があるなら、話してみて? いつでも、何でも聞くからね」

「シルビア様……」


 これはお仕事だもの! えーい、言うだけ言っちゃおう!


「あ、ありがとうございます……! あの……スペースの間に衝立があったらいいなと思ったんです。けど、診療所では邪魔、ですよね……?」

「診療所の中の患者の容態は魔法で常に把握できるから、邪魔にはならないよ。とてもいい考えだと思う。……こんなのはどうかな?」


 シルビア様が異空間収納から、細かな彫刻が施された、貴族の屋敷にあるような優美な衝立を取り出してくれる。


「あっ! す、すごい! とても素敵です!」

「ふふっ。よかった」


 シルビア様に浮遊魔法をかけられた衝立は、軽々と宙を浮いて、長椅子がある一角に音も無く収まった。


「こんな感じかな?」

「は、はい! そうです! 全部、私の想像以上の出来上がりです!」


 それは、患者さんが休むのに理想的な空間だった。


「できたのかー? ろしーた、ちゃーんと、まてたぞ! おねえさんだから!」


 長椅子でできた一画に、ロシータちゃんが早速ゴロゴロと横になって寛いでいる。


「ロシータちゃん、気に入った?」

「まあまあ、だぞー!」


 ロシータちゃんは長椅子の上で欠伸をして、眠そうな表情をしている。


「よかったね、ロシータ」


 ウトウトするロシータちゃんの様子を、シルビア様が穏やかに見つめていた。


「あの……シルビア様、この衝立は、どうしたんですか?」

「屋敷に移り住む時に、王都で色々買ったけど、使ってないものも多くて……」

「こんなに素敵な衝立を使わないなんて勿体ないです!」

「……もったいないぞ~……」


 長椅子に横たわったロシータちゃんが、長い舌を出しながら目を閉じて言った。


 もう、寝ちゃいそうかな?


「役に立ってよかったよ。他に必要なものはないかい?」

「あとは……観葉植物があればいいなと……」


 いくつかの家具の配置を変えたら、(いろどり)がほしくなったのよね。


「そう……こんなのはどう?」


 一瞬思案したシルビア様が、パチンと指を鳴らした。


 衝立と同じ細かな彫刻が施された大きな鉢植えが、床の上に現れる。


「は、鉢植えまであるんですかっ⁉」

「……何かに使うかと思って、王都の色んな店で目についた物を手あたり次第に買ったから……」


 シルビア様が少しきまりの悪そうな顔をする。


 目についた物を手あたり次第って、すさまじくお金がかかりそうだけど……もしかして、お買い物があまり得意ではない……のかな?

 ……異空間収納の中、とんでもない事になってるんじゃ……

 そこは、触れていいこと……ではないわよね……


「ここに置けばいいかな?」

「あ、は、はいっ……」


 私はシルビア様の買い物事情を考えることを封印した。


 窓際の日当たりのいい場所に鉢植えを置いてもらうと、シルビア様が鉢の横にしゃがみ込んだ。

 シルビア様が鉢の上に手をかざすと、飴玉のように丸くて様々な色をした小さな石が、シルビア様の手から出て鉢の中を満たしていく。


「あの、シルビア様、この石は?」


 私もシルビア様と一緒に、しゃがみ込んで鉢の中を覗き込む。

 シルビア様に近づくと、ロシータちゃんと同じ爽やかな香油のいい匂いがした。


「私の魔力でできた魔法石だよ。これで植物を育てられる。土の代わりになるんだ」

「ま、魔力って石になるんですね……!」


 魔法石は赤、黄、青、緑、白、紫など一粒一粒色が違っていて、その全てが瞬く星のように美しく光っている。


 これがシルビア様の魔力の塊なのね。

 強い力を感じるのに、その光はとても柔らかくて優しい……

 ずっと見ていたいくらい綺麗だわ……


「いつか、純度の高いものをあげるからね」

「えぇっ。こんな貴重なもの、いただいてもいいんですか?」


 物欲しそうな顔をしてしまったのかしら? 

 は、恥ずかしいわ……


「……うん。ユミィに持っていてほしいな」

「ろし―たも、ほしい!」


 眠そうだったロシ―タちゃんが魔法石に反応して、シルビア様の背中に飛び乗ってくる。


「ぐっ……わかった、ロシータにもあげるから降りなさい……」

「やったー!」


 ロシ―タちゃんは満足そうにニカッと笑った。


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