第2話 弟との生活
ぼんやりとしているわたしの上掛けを、ルネが乱暴にはぎ取る。
その勢いで危うく寝台から転げ落ちそうになった。
「今日はユミィが食事当番なんだから、早く起きて準備しろよな!」
「なによ、もう……わかってるわよ。無理やり起こさないでよ」
わたしが抗議するとルネはどこか心配そうな顔をする。
「また、うなされてたから……」
「……なっ……う、うなされてなんかないわよ」
わたしは子どもの頃から悪夢にうなされる事が多かった。
そんな時はうめき声に気づいたルネが勝手に部屋に入ってきて起こしてくれた。
もっと優しく起こしてほしいわ……感謝はしてるけどさ……
最近では悪夢なんて見なかったのに。
悪夢を見ると、決まって全身に汗をかいて震えてしまう。
そんなわたしを見るとルネはすごく心配するのよね。
「一日休んでろよ!」とか言って家から出ないようにさせられるのは、ちょっと心配しすぎだと思う。
わたしとルネは狼獣人の双子で、5年前に両親を病気で亡くして以来、二人で暮らしている。
両親が亡くなったのが突然だったから、ルネが過保護になるのもなんとなくわかるけど。
双子とはいっても茶金の髪に長い垂れ耳、垂れ眉の地味なわたしはルネと似ても似つかない。
対するルネはわたしと真逆で、波打つ銀の髪にピンと立った耳、紫色の目はわたしと同じ色のはずなのにとても鋭くてカッコいい。
ルネはどこからどう見ても凛々しい狼の獣人なのに、わたしはよくウサギの獣人に間違われる。
子どもの頃からほとんど能力の伸びないわたしとは逆に、ぐんぐん力をつけていくルネ。神様はなかなか不公平なことをするものだわ……
弟がわたしより先に大人になっていく様で、とても羨ましくて、ちょっと寂しい。
「そんで、何か思い出したのか?」
「……全然……」
うなされた時に見るのはいつも、子どもの頃に崖から転落した時の夢で。
怖ろしかったからか、わたしは夢の内容を途中までしか覚えていないかった。
5歳の時、わたしは狂暴な魔物に襲われた。
足をつかまれ崖から落ちて、崖腹に体を打ち付けながらそのまま河に転落した。
いつの間にか魔物の手は離れて、河岸に流れ着いた傷だらけのわたしを、両親とルネが見つけてくれた。
助けられたわたしは左足の傷が特に深くて、もう少しで死ぬところだったらしい……あぶない、あぶない。本当に助かってよかったわ……
あの時のことは全然覚えてないけれど、帰りが遅いと捜しに来てくれた両親とルネには頭が上がらない。
崖から河に落ちたのに、わたし、よく生きていたわね……
左足の大きな傷はその時のものだ。
怪我のせいで三日三晩熱を出してようやく峠を越えたわたしは、後遺症で俊敏さを失っていた。
左足が思わぬように動かなくなっていて、おまけに得意だった魔法もなぜか全く使えなくなってしまったのよね……
それが獣人として生きていくのにとても不都合な事だと知ったのは、両親が亡くなってからだった。
わたしとルネとで食料を採りに行っても、獲物を狩れるのはルネだけ。
左足を上手く動かせないわたしは、全く狩りができなかった。
怪我をした足を庇うように、木の実や果物を採取するのが精いっぱいで。
落ち込むわたしに、ルネはいつも獲物を差し出して分け与えてくれた。
ルネがいなかったら、わたしは早々に飢え死にしてたと思う。
「まぁいいや。早く飯作ってよ」
「はい、はい」
わたしは身支度を整え朝食の準備に取り掛かった。
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