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第28話 迷いの森の診療所

 魔力硝子から入って来た風が、シルビア様の美しい黒髪を優しく揺らす。


「私もね、寂しかった」

「え……?」

「ユミィが他の部屋にいて、寂しかった。私の研究部屋は薬品や魔道具が沢山あって危ないから、ユミィを招けなくて寂しかったよ?」

「は、はぁ……」


 そうか、そういう理由があって、お部屋には入れないのね。

 ハッキリと寂しかったと言われて、なんだか照れてしまう。


 一日中籠りっきりのようだから……

 一日のどこか、たまにでもいいから、シルビア様のお顔を見ることができたら……って思うけれども……あんなにすごい薬を作るには、集中しないとできないよね……


(とても大変なお仕事をされているのね……)


 シルビア様は17歳、私は15歳だから、たいして年もそう変わらないのに……

 沢山の命を救っているシルビア様を尊敬してしまう。


「シルビア様、一日に患者さんは何人くらいいらっしゃるんですか?」

「毎日は来ないかな。月に、大体2、3人くらいだよ。皆どこから聞いたのか噂を頼りにやって来るんだ」


 あのワラビーの獣人のお婆さんもそうだったのかな。


「まぁ……時々だけど、患者が連日来る場合もある。そういう時の為に、屋敷へ辿(たど)り着く条件を、いくつか作ったんだ」

「条件、ですか?」

「そうだよ。本当に助けを必要とする者しか入れないようにね。この辺り一帯の森に、足を踏み入れた者を迷わせる陣を敷いたんだ。もちろん、私の魔力がなくても陣は発動しているよ」


 シルビア様の言葉に、私は首を傾げてしまった。


「それって……病気や怪我をした人以外は、陣の中に入れないってこと、ですね……? じ、じゃあ……私とロシ―タちゃんは迷子にならないようにしないと、いけませんね……」

「ゆみぃー! ろしーた、もりで、まいご、しなかったぞ! ばーちゃん、ちゃんと、でぐち、つれてったぞ! おねえさんは、まいごには、ならないの!」


 ロシータちゃんが長い舌を出して抗議する。

 慌ててなだめてみたけれど、「もー! ゆみぃは、わかってない!」と、地団駄を踏みながら、私のお腹に頭を埋めてしがみ付かれてしまった。

 そんなロシータちゃんを、シルビア様は穏やかな手つきで、自分の方へ引き寄せる。


「ふふ。ユミィは特別だよ。妹のアリアも……一応、ロシータもね。君たちがこの森を自由に行き来できるように、陣を描き直しておいたんだ」


「えっ……いっ、いつの間にっ……」

「んー……?」


 納得した私の横で、ロシータちゃんはよく理解出来ずに不思議そうな顔をしていた。


「条件はあと一つ。私の都合が最もいい時のみ、患者は診療所へ辿り着くことが出来る。私が寝てる時とか、(くつろ)いでる時は、ここへ来る事はできないように、森が調整してくれるんだ」


(えっ……。それって……、辿り着けない人はどうなってしまうのかしら……?)


 胸がザワザワする。

 せっかく遠くから来ても、治療が間に合わなかった……、なんてことになったら……。


「その……救急の患者さんが来た時はどうするんですか? その人たちが手遅れになってしまうのは……怖いです……! 留守番が必要なら、私が留守番しますから、だからっ……!」


 シルビア様の体だって、もちろん大事だ。

 休める時には、休息を取ってほしい。

 そんな時は、私が起きていればいい。

 シルビア様の手が離せない時だって、私が森の中で待ってる人を診療所まで案内すれば……


 シルビア様は微笑んで私の頭に手を載せ、ポンポンとする。


「あのね、ユミィ? 森に入った瞬間にその者の時は止まるんだ」

「と、時っ……?」

「侵入者を迷わせる陣と同時に、時を止める陣も展開してあるから、重傷者でも血が止まるし、重病人も病気が進行しない。この森にいるうちは命が奪われることは無いんだよ」


 一瞬、言われた意味がわからなくて考え込んでしまう。


 森に入った者、全ての時を止める……?


歌劇場(オペラハウス)では会場全体の時を止めたけど、迷いの森では、そこにいる者の体内の時だけを止めるんだ。森の中で傷つければ、血は一旦流れてしまうけれど、すぐに止まるよ。お腹が空くとか、用を足したいとかの生理現象は起こるようにしてるけど、命にかかわるものの時は止まる。私と敵対する者以外はね。敵対する者の体内の時は止まらないようにしてある」


 シルビア様の魔法の規模が凄すぎて理解が追い付かないよ……

 私はやっと声を出す。


「その……それって、ここに居る私達の、成長と老化も止まるって事ですか?」

「そうだよ」


 ここでは、わたしの時間も……止まる……?

 他とは隔絶された空間……


(この森にずっといたら、双子の弟のルネとの歳の差も開いていくってこと……?)


 ルネが私よりずっとお兄ちゃんになっちゃうってことよね?


 それは、ちょっと悔しいな……それに寂しい。

 お兄ちゃんは欲しいけど、ルネにはずっと弟でいてほしいわ……

 私とルネだけじゃなくて、シルビア様のお身内の方々はどうなんだろう?

 シルビア様だけずっと若いまま……なのかな?

 そうだったら、寂しくないのかな……?


「そ、そのっ……アリアさんたちとも、歳の差が開いていくんですか?」


 私の心配そうな顔を見て、シルビア様が微笑んでくれる。


「それはないよ。父様と兄様も時魔法を使えるから、実家も兄様の家も時が止まってる。アリアの家には私が時を止める陣を敷いたし」

「ええええっ……⁈」


 魔法が生活に根付きすぎている……魔力を持った人たちは、みんなそうなの⁇

 住んでる世界が違いすぎて、目の前がクラクラする……眩暈が起きちゃうよ……


 じゃあ、シルビア様のご家族は永遠に死なないってこと?

 私やロシ―タちゃんも、この森にいる限りは多分そうなるのよね……なんだか、とんでもない話に思える。

 遠い昔から、色んな偉い人が永遠の命を望んでいたわよね……

 もし、シルビア様ご一家の皆様の存在がばれてしまったら……


「シルビア様、あの、その……」


 なんて言えばいいんだろう……危険が来たら、私が守りますよ?

 でも、私はシルビア様を守れるほど強くない……逆に守ってもらってるわよね……

 そもそも、悪い人は森の中で迷うから、ここまで辿り着けないのよね……?


 あっ、それじゃあ……!


「悪い人が病気や怪我をしていたら、ここまで辿り着けるんですか?」

(よこしま)な心を持っている者は入れない様になっているよ。ただ、私が以前魔法をかけた人は出入りできるようにしてある。再診の為にさ」


 シルビア様は少しの間、どこか一点を見つめた。

 そして首をすくめながら、「隙はわりとあるかもしれないね……」と呟く。


 でも、私にはそうは思えない。


(私にできる事って、ないんだな……)


 それに気づいてちょっと落ち込む。


 でも、なにもかも完璧に見えるけど、シルビア様はどこか危うくて儚げに見えた。


 私なんかが彼女の力になることなんてできないのはわかってるけど……


「わ、私に、出来ることがあったら遠慮なく言ってくださいね?」


(わたし……シルビア様を守りたいと思ってる……)


 シルビア様は笑った。


「じゃあ、ずっとそばにいてね」

「え……? ず、ずっとって……?」

「ずっと、は、ずっとだよ」


 シルビア様がふわりと微笑んだ。


 そ、それは、どういう意味?

 なんだか、まるで……


 じわじわと恥ずかしさがこみ上げてきて、顔が熱くなってしまう。


「ろしーたも、とし、とらない?」


 私が返事をする前に、ロシ―タちゃんに服の裾を引っ張られた。


「そ、そうだわ……私とシルビア様はそれでいいかもしれないけど、ロシ―タちゃんは? まだ、身長伸ばしたいよね? 大人になりたいよね?」


 うっかりして、ロシ―タちゃんの成長のことを考えてなかったわ……!


「そうだね……」


 シルビア様はロシータちゃんの目線にしゃがみ込むと、ニコニコして言った。


「ロシ―タはしばらくしたら森を出た方がいいかもしれないね」


 ロシ―タちゃんはムッとして私にしがみつく。


「ろしーた、このままでいい!」

「本当かい?」


 シルビア様が優しく聞いた。


「ろしーた、ゆみぃと、しるびーと、いっしょにいるのー!」


 ロシ―タちゃんはブンブン首を振る。

 ロシ―タちゃんが急に私におぶさってきて、シルビア様が無理矢理引き剥がそうとする。


「わゎっ⁉ い、痛っ。痛たっ」

「「!」」


 ロシ―タちゃんは私から慌てて飛び降りると、勢いづいてシルビア様の背中におぶさった。


「しるびーの、てっぺん、とったー!」

「……」

「えへへー。しるびーは、ろしーたの、こぶんだぞー♪」


 シルビア様がロシ―タちゃんの手を引き剥がそうとしているように見える。

 ロシ―タちゃんが躍起(やっき)になってシルビア様にしがみつく。


 ふふ。本当に仲がいいんだから。

 二人の仲良しなところを見ていて、少し気分も落ち着いてきた。


 聞きたい事、色々あるけど、ゆっくり聞いていこう。

 時が止まっているから、焦る必要はないよね。


(今まで、毎日生活に追われていたけど、この場所は時間を忘れていいんだ……)


 そのことが私をとても安心させる。

 今までは毎日、すごく焦って生きてきた。

 でも、これからはゆっくり生きていいんだ。

 私にできる事をして、私を必要としてくれる人のそばで。


 シルビア様が許してくれる限り――


 ルネにはたまに会いに行こう。


(今度ルネに会ったら、私、居場所を見つけたよって報告したいな)


「シルビア様、診療所の中を見せてもらってもいいですか? 少し中を変えたいんです」

「いいよ。行こう」

「いこー!」


 シルビア様におんぶされているロシ―タちゃんと外に出る。

 午後の風が木々を揺らす音が心地よかった。


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