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第27話 食後のお茶

 流し台に食べ終わったお皿を運んだ後、お茶が飲みたくなったので、シルビア様とロシータちゃんに声をかける。


「シルビア様、ロシータちゃん、食後にお茶でもいかがですか?」

「うん。いただこうか」

「ろしーた、のどかわいたぞー!」


 二人とも同じ気分だったのが嬉しいわ。


「ふふっ、ちょっと待っててくださいね」


 私はお茶を淹れる為に、保存箱(アイテムボックス)から布巾にくるまれた薬缶(やかん)を取り出した。


 茶葉はあるかな?シルビア様のお家には高級な茶葉がありそうだけど……淹れ方が特殊そう……いつも飲んでいるキナの葉があるといいんだけど……


 キナは春先によく見かける黄色い野の花で、根、葉、花、全てが美味しく食べられるので私のような庶民には重宝されているのよね。

 実家でも毎日飲むのは紅茶よりも、安価なキナ茶の方が多かったな。

 キナは体を温めてくれるし子供にも飲みやすいから、ロシータちゃんには紅茶よりもキナ茶の方がいいかもしれない。


 お茶が無いかと保存箱を探ったら、優美な陶器の茶葉入れ(ティーキャディー)も見つけることができた。

 蓋を開けてみるとお茶の葉ではなく、乾燥させたキナの葉が入っている。


「シルビア様、ロシータちゃん、紅茶じゃなくてキナ茶でもいいでしょうか?」

「いいよ」

「おーっ!」


 いつの間にか二人は私の両側に居て、私がお茶を淹れるのをワクワクとした顔で見ていた。


 ちょっとやりにくいけど……まぁ、いっか……


 実家でお茶を淹れてもルネは「ども」としか言わないから、期待されるのはなんだか新鮮に感じる。


 食器棚にあった小さ目の白いポットと、白いシンプルなカップを3つ調理台に並べてっと……


 薬缶からポットとカップに直接お湯を注ぎ、全体が温まったらお湯を捨てる。

 茶葉入れ(ティーキャディー)から、茶匙(ティーメジャー)でポットに2杯ほどキナの葉を入れ、八分目まで薬缶からお湯を注いでいく。

 お湯に触れた茶葉からは、身体に染み入る様な野草のいい匂いがした。


「ロシータちゃんは甘めの方がいいかな?」

「お――っ! ろしーた、あまーいのも、だーいすきだぞ――!」


 ロシータちゃんが嬉しそうに頬っぺたを赤くして答える。


「ふふっ。じゃあ、たっぷり入れておくね」


 茶葉を蒸らしている間に、保存箱から発見したハチミツの瓶から、ティースプーンにハチミツを掬ってロシータちゃんのカップに入れていく。


「このくらいでいいかな? ミルクも入れよっか?」

「いいなー! みるくも、たっぷりなー! ゆみぃ! はやく、はやくー!」

「はいはい、ちょっと待っててね」


 はしゃいで飛び跳ねるロシータちゃんの頭に手を載せると、ロシータちゃんは幸せそうにニンマリと笑ってくれて私も嬉しくなる。

 保存箱からミノタウロス印のミルク瓶を取り出して、代わりにハチミツの瓶を仕舞おうとすると、私の袖がチョイチョイっと引っ張られた。


「シルビア様? どうかしました?」

「……私も……」

「えっ……?」


 シルビア様は自分のカップをじっと見ている。


「私も……甘いのがいい……」

「……えっ、あっ、そ、そうだったんですか、気づかずにすみません」

「ううん……いっぱい入れてね」

「は、はいっ!」


 キナ茶は一日に何度も飲む、香りを楽しむお茶だから、甘くして飲む大人は少ないと思ってた……シルビア様の好みを聞かないで悪かったな。


 シルビア様のカップにハチミツをたっぷり入れ終わると、シルビア様が満足した様に笑う。


 シルビア様、子供みたいだな……


 見た目は凛とした美少女で凄い魔法師さんなのに、甘い物が好きだなんて可愛いわ……なんて、失礼なこと思ってちゃいけない……わね……


 ポットからコポコポと音を立てて3つのカップにお茶を注いでいく。

 お湯が沸いていたから、あっという間にお茶が淹れられて嬉しいわ。


 常温に戻したミノタウロスミルクをミルクピッチャーに移して、キナ茶が入ったカップとポットと一緒に食台へと運ぶ。


 ロシータちゃんのカップにピッチャーからミルクを注ぐと、再びシルビア様から視線を感じた。


「あのっ……シルビア様も、入れますか?」

「え……っ。う、うん……」


 ミルクを注ぐと、シルビア様の顔が輝いてくる。


 ……シルビア様って、意外とわかりやすいのかな……?


「……さぁ、どうぞ召し上がれ」

「いっただきー!」

「ありがとう、ユミィ」


 シルビア様がティースプーンで優雅にお茶を混ぜるのと対照的に、ロシータちゃんは混ぜずにガブガブとお茶を飲み干し、底に残ったハチミツを長い舌で舐めだす。


「ロシータちゃん、舐めちゃ駄目だよ。もう一杯飲む?」

「うん! おかわりーっ! ゆみぃの、おちゃ、うまいぞ! きにいった!」

「うふふ、ありがとう……(変わった淹れ方はしてないけど)待っててね」


 ロシータちゃんのカップに2杯目を注ぎ入れ、ティースプーンでよく混ぜてハチミツを溶かした。

 スッと、視界の端にシルビア様のカップが現れる。


「ユミィ……私のも、混ぜて」

「は……はいっ……」


 あれっ……? シルビア様、さっき混ぜてなかったっけ?


 疑問に思いながらも、カップを受け取ってしまう。


「ありがとう、ユミィ」

「いっ……いえっ……」


 シルビア様のお茶を混ぜ終えると、シルビア様がにっこりと微笑んだ。


 ***


 食後のお茶を終えると、私は食器洗いの準備をする。

 ミルクティーをガブガブ飲んだロシータちゃんは、もうすっかり体が温まったようで、キラキラした目でこちらを見ていた。


「ろし―たも、やる!」

「お手伝いしてくれるの?」

「みず、いっぱい、だす!」


 どうやら流し台の魔道ポンプを漕ぐのが目当てだったみたいね。

 だけど、それも立派なお手伝いだ。


「うれしいよ。ありがとう」

「まかせろ! ゆみぃには、ろしーたが、ついてるからな!」


 ギコギコとポンプを動かしてお水を出すロシータちゃんは生き生きとしていた。


「……ロシ―タ、汚れたお皿かして」

「ぬっ⁉」

「シルビア様、それでは仕事の意味がありません……」

「大丈夫だから。ユミィは食台のパンくずを片付けてきて?」

「はい……」


 シルビア様は私が楽になるように気を配ってくれているのね……だけど、なんだか申し訳ないな……


 私は布巾を持って食台に近づき、ロシータちゃんの零したパンくずを集め始める。


「ああああっ、しるびああ――――!」

「どっ、どうしたのっ⁉ ……シルビア様がっ⁉」


 ロシータちゃんの叫び声が聞こえて、私は慌てて振り返る。

 シルビア様の前には、食事に使った全てのお皿が、洗い終わってピカピカになった状態で積み重なっていた。


「ええええっ、もう終わったんですかっ⁈」

「ああ。ロシータと協力してね」


 シルビア様がニッコリと微笑む。


「二人とも、ありがとうございます!」


 すごく速いっ! すごいっ!!


 二人にお礼を言って、驚きながらも私は心の中で感動していた。


 あっという間に綺麗になったお皿の間で、なんだか二人が睨み合っているように見えた。

 シルビア様はニコニコ笑っていて、ロシ―タちゃんは少しふくれているような……って、そんなわけないか。


 二人がやってくれたお陰で、お皿はもう洗う必要も拭く必要もない。

 シルビア様が指を鳴らすと、浮遊魔法でフワフワ浮いたお皿が食器棚へと戻っていく。


 ロシ―タちゃんと私は一連の流れを、ただただ目を丸くして見ているばかりだ。


「……シルビア様の魔法のお陰で、食器洗いがあっという間に終わります」

「そうでしょう」

「はいっ、すごいです!」

「……私、偉い?」

「は、はぁ……」

「えへへぇ」


 シルビア様が頭を突き出してくる……何故かシルビア様はやたらと私に褒められたがっているような気がするわ……?


 私が頭を撫でようとすると、ロシ―タちゃんがグワシグワシと力強くシルビア様の頭を撫でた。


「しるびー、えらいえらいー!」

「……」


 シルビア様もロシ―タちゃんも、とてもにこやかな顔をしてお互いを見つめ合っている。


 本当に、いつの間にこんなに仲良くなったんだろう。

 無言で見つめ合う二人を羨ましく思う。

 私も混ざりたいなぁ……っと、ここではお仕事をさせていただいてるんだもの……甘えちゃだめだめ。

 それよりも、気になっていた事がいくつかあったのよね。

 まずは……この美味しいお水の事から聞いていこう。


「あの、シルビア様、このお水は普通のお水じゃないんですか? 山の集落で飲んでいた井戸水よりも、甘くて美味しい気がするんですが……」


「そうだよ。よく気づいたね。この水自体は地下から引いていて、井戸と水源は一緒なんだけど……」


 シルビア様が食器棚から取り出したゴブレットに、水を満たして渡してくれる。


「水道管が魔道具になっていてね、生命力を増幅させてくれる魔法がかかってるんだ。浄水ももちろんしてくれる」

「すごい! だから、飲むと元気になるんですね」

「そうだよ」


 にこっと笑ったシルビア様が、再び頭を突き出してくる。


 ……説明が上手だったって、褒められたいの……かな……?


(私なんかが褒めるのは失礼だと思うんだけど……)


 でも、いいのかな……

 私もシルビア様に触れるのはとても好きだ。


 いいこいいこしようとした時、


 ギコギコ


 ロシ―タちゃんが勢いよく魔道ポンプから出した水が、バシャっとシルビア様の頭にはねた。


「……」

「ロ、ロシ―タちゃん! ご、ごめんなさいしようね?」

「ろしーた、わるくないもん!」


 ロシ―タちゃんが頬を膨らませる。

 シルビア様が濡れた髪をかきあげて、笑いながらロシ―タちゃんの頭に手を置いた。


「ロシ―タ、また一緒にお風呂入ろっか……」

「ひっ! ……ご、めん……」


 ロシ―タちゃんが私の後ろに隠れる。


 謝ってる顔を見られるのが恥ずかしいのかな……? 可愛いなぁ。


「……シルビア様の余裕ってすごいですね。優しくする事で素直に謝ってもらうなんて、私には思いつきませんでした!」

「……うん? まぁ、ね……」


 シルビア様はたいして気にする様子もなく、魔法で髪を乾かしていた。


 子供の扱いまで上手なんて、感服してしまうわっ……

 シルビア様と、もっと距離が近くなれたらいいのに……


「シルビア様、シルビア様はお部屋でいつもお仕事なさってるんですか?」


 これも気になっていた事の一つだ。

 シルビア様の事は何でも知りたかった。


「うん。そうだよ。調薬とか研究とか色々してる」

「一日中、籠りっきりですか?」

「基本的に夜を研究時間に当てているけど、患者が来ない時は一日中籠って研究してることもあるね……おかしいかな? アリアにもよく言われる」

「そんなこと……。えっと、そうじゃなくて……」


 熱心に研究されているシルビア様は本当にすごいと思う。

 そのお陰で沢山の薬や魔法が作られて、ワラビーの獣人のおばあさんみたいに助かる人がいるんだよね。

 だけど、一日中働きづめなのは体が心配だし……ちょっとだけ……寂しい……


(もっとあなたの顔が見たいだなんて、恥ずかしくて言えないよ……)


 もっとシルビア様と一緒にいたい。

 もっとシルビア様に休んで、くつろいでもらいたい。


 私はモゴモゴと口ごもってしまう。

 そんな私を見たシルビア様がおもむろに口を開いた。


「私が部屋に戻ると、寂しい……とか……?」

「えっ?」


 心の中を見透かされた様でドキッとする。

 シルビア様の瞳は期待を込めたみたいに輝いていた。

 私の顔はどんどん熱くなっていく。


「……はぃ……」


 私、なんて子どもっぽいんだろう。

 ロシ―タちゃんの事言ってられないよ。


「ふふっ」


 シルビア様はこみ上げてきた嬉しさが我慢できないみたいに笑った。

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