第25話 居場所2
じんわりとした熱が、シルビア様の唇が触れた場所から広がっていく。
「ユミィは、私のそばに居るだけでいいんだよ」
シルビア様が再び優しく言ってくれる。
「シルビア……様……」
何でこんなに優しいんだろう。
私はあなたに何もできないのに……
これからだって、何も返せないかもしれないのに……
シルビア様の手が頭を撫でてくれる。
その度に、彼女の纏った薫衣草の匂いが胸いっぱいに広がる。
甘やかな香りを吸い込むとまるで酔ったような心地がする。
(あ……)
シルビア様の闇夜を思わせる瞳が濡れて、星を宿したように見えた。
瞳の中には熱が籠っているようで、目が離せない。
透き通るような肌は、頬と唇が薄紅に色づいて何とも言えない色気がある。
(シルビア様、綺麗……)
吸い込まれそうな瞳が近づいてきて――
「たっだいまーっ! ろしーた、おなかすいたぞ~っ!」
窓の魔力硝子からロシ―タちゃんがひょっこりと顔を出した。
その途端に、私とシルビア様の間の空気が霧散する。
(え、えっ……? いっ……今のは、何だった……の……?)
我に返った私の顔に熱が込み上げてくる。
思わずパっとシルビア様から離れた。
ううっ……シルビア様の顔がまともに見れないよ……
「ご、ごめんね、ロ、ロシータちゃん……いっ、今、何か用意するね……」
私が診療所の外に出ようとすると、シルビア様に手首を握られる。
「シ、シルビア様っ? あのっ……そのっ……おっ、お昼の、用意ができません……」
私が言うと、シルビア様の手の力が強くなる。
「……別に、私はお腹空いてない……」
小声で呟いたシルビア様は、なんだか拗ねてるみたいだった。
戸惑う私の顔を見て、シルビア様が表情を和らげる。
「……保存箱に、アリアの作った料理があるから……」
「は、はいっ……あっ、ありがとうございます……」
私はドキドキしながらお礼を言う。
シルビア様が窓に冷たい視線を向けると、一瞬、窓の外が白んだ気がした。
雪……? おかしいな……
今は春よね……?
ロシ―タちゃんはもう窓から離れて、母屋に戻ったみたいだ。
シルビア様の手が離れたので、先に診療所を出る。
私も母屋に戻ると、暖炉の前でブルブル震えるロシ―タちゃんがいた。
「ロッ、ロシ―タちゃんっ⁉ 一体、どうしたのっ?」
「……ひー。ゆみぃー、ちべたいー」
ロシ―タちゃんの前髪は何故か凍っていて、体もすごく冷えてしまっている。
診療所から母屋に戻るまでに、何があったんだろう?
ロシ―タちゃんの震える体を抱きしめると、扉が開いてシルビア様が入って来た。
ロシ―タちゃんが「ひっ!」と息を呑む音がする。
どうしたんだろ? ひきつけをおこしてるのかな?
ロシ―タちゃんを抱きしめる私を見たシルビア様が固まった。
「し、シルビア様っ! 大変ですっ! ロシ―タちゃんがっ!」
「うん。わかってる。とりあえず、離れようか、ユミィ」
ニコニコしながらシルビア様が私からロシ―タちゃんを引き離す。
表情は朗らかなのに、シルビア様の目はちっとも笑っていなかった。
ロシ―タちゃんの症状……重いのかな……?
ロシ―タちゃん、一体、どうしたんだろう……?
「ロシ―タは氷魔法を誤って発動させてしまったらしい。子どもにはよくある事だよ」
「!」
ロシ―タちゃんを見たシルビア様が断言する。
ロシ―タちゃんは何かを言いたそうに、頭をプルプルと振っていた。
「ちっ……ちがっ……!」
「そうだよね、ロシ―タ?」
見ただけでそこまでわかるなんて、シルビア様はなんてすごいんだろう。
シルビア様の白魚のような手がロシ―タちゃんの髪をゆっくりと撫でる。
ロシ―タちゃんの顔が更に青ざめて、首を振るのをやめた。
「そうだったのね、ロシータちゃん。寒いよね。温かいものを飲む?」
シルビア様に抱えられてるロシ―タちゃんを、私はぎゅっと抱きしめる。
ロシ―タちゃんの冷たい手にハァと息をかけた。
シルビア様が渋い顔でそれを見ている。
「そっ、そうじゃっ……!」
ロシ―タちゃんが再び震え出す。
「あ、そうよね……こんなことじゃ温まらないよね!」
私はロシ―タちゃんに頬をくっつけ温めながら言った。
「ロシ―タちゃん、一緒にお風呂に入ろっか?」
「「!!」」
ロシ―タちゃんが今まで以上にガタガタ震え出した。
なっ、なんでっ?
「ロ、ロシ―タちゃんっ⁉」
シルビア様が震えるロシータちゃんを見て、ニコニコ笑っている。
こんな時に笑ってられる余裕があるなんてすごいわ……
シルビア様がいるだけで、なんて心強いんだろう。
「ユミィ……それは私がやるから、ユミィはお昼の準備をしてくれると嬉しいな」
「シルビア様……ありがとうございます。ロシ―タちゃん、もう大丈夫だからね!」
「……ゅ、ゆみぃ……た、たすけっ……もごっ!」
シルビア様がロシ―タちゃんの口元から首にかけて抱きしめて温めてくれる。
口を覆うようにした方が温まりやすいのかな?
ロシ―タちゃんの顔は死刑宣告を受けたみたいに青ざめていた。
大丈夫! すぐに助けてもらえるよっ!
早くお風呂で温めてもらってねっ!
「温かいもの、作っておくからね!」
「ありがとうユミィ。さ、ロシ―タ、行こうか」
「……(ゆみぃ~~!)」
シルビア様の肩に担ぎあげられ、ロシ―タちゃんはお風呂に連行された。
羨ましいな――
できる事なら私も一緒に入りたい……なんて……
さっき抱きしめてもらったシルビア様の体は細くて、でも女性らしい膨らみがしっかりとあった。
着やせするのかな?
黒髪が流れ落ちる白いうなじから背中はすごく綺麗なんだろうな。
一緒に入ったら、石鹸で泡立てた手で優しく背中を洗ってあげたい。
首の後ろから肩、肩から肩甲骨をたどり背骨をなぞって腰、腰から両脇に移動して、そして前へ――
だっ、だめだめだめっ!
わっ、私ってば、何を考えてるいのっ⁉
ぶんぶんと首を振って、考えを振り払う。
(シ、シルビア様の対応が早くて、よかったな……)
思い浮かんだ事を無理やり押し込めて、昼食の準備に取り掛かった。