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第24話 居場所

 私の「受付として置いてほしい」という言葉は、シルビア様をとても驚かせた。


「えっ? ユミィを?」


 シルビア様が目を見開く。

 私はその宝石の様な瞳を見つめながら頷いた。


「私……ずっと……人と関わる仕事がやりたかったんです」


 街で何度もすげなく断られた事を、私は思い返した。


 清掃、下働きに雑用……仕事を探して、私は毎日街の中を歩き回って全て断られていた。

 就職先があるか街の人に聞いても、虫を追い払うように手を振られた事。

 話すら聞いてもらえず、せせら笑われて水をまかれた事もあった……


「……私、何も特技がないし……獣人だから街で雇ってもらえることはなくて……それがとても悔しくって……」


 握った手に思わず力が入る。

 学もないただの獣人は、力仕事か冒険者くらいしか街では仕事がなかった。

 左足が不自由で力のない私には、どちらの仕事にも就く事はできなくて、他の仕事を探し回った。

 自分がやりたい仕事は断られ、需要がある仕事はやる事ができなかった。


「悲しかった?」


 俯いた私にシルビア様が問いかける。

 私は静かに頷いた。


「私、他の人と関わる事が好きなんです。人と話す事が楽しくて、いつか街で働きたいと思っていて……」


 話しながら、私はなんて図々しい事を言ってるんだろうと思う……


 力の無い私にできるのは、四則演算と簡単な読み書きくらいだ。


(そんな私が、シルビア様の様なすごい魔法師さんの所で働きたいだなんて……おこがましすぎるのはわかってるけど……)


 雑用でも、下働きでも、何だっていい。

 辛いかもしれないけれど、どんな仕事でも与えてもらえるのなら一生懸命やってみたい。


 私はシルビア様のようにすごい魔法は使えないけど、彼女の役に立てる事だったらいくらでもしたかった。

 さっきのお婆さんに杖を渡した時の事が思い浮かぶ。

 涙に濡れた笑顔が、とても眩しかった。


 シルビア様は真剣に私の話を聞いてくれている。


(こんなに真剣に聞いてくれるなんて……)


 この世界で、人間と獣人の間には、主と従僕くらいの身分差がある。

 だから、人間のシルビア様が私の話に耳を傾けてくれるのは、それだけで奇跡のようなことなのよね……


(シルビア様は、私の事を尊重してくれている……)


 そのことがすごく嬉しくて、断られてもいいとさえ思えた。

 自分の夢を誰かに話すのは初めてだったので、思っていた事を全て言えて、爽やかな気持ちになっていた。


 シルビア様は黙り込み、何か思案している様に見える。


(多分、無理だろうな……)


 学も力も無い私では、きっと何の役にも立てないもの……


 シルビア様が私の為に思いを巡らせてくれただけでも、私は満足だった。


(私、シルビア様の側にいられるだけで満たされるのかもしれない……)


 なんだか不思議な感じがする。

 この気持ちは、一体何なんだろう……?


 診療所の中に、シルビア様の清冽な声が響く。


「いいよ。こちらこそよろしくお願いします」


 シルビア様はそう言うとペコリと頭を下げた。


「……えっ……? いっ、いいん……ですか?」


 まさか、許可がもらえるなんて思わなかったので、思わず聞き返してしまう。


「うん。私は人と関わるのが苦手だから、ユミィがそういうのを引き受けてくれると、とても助かるよ」


 穏やかに言うシルビア様に、魔力硝子から通り抜けた七色の光がかかる。

 黒髪が煌めいて、天使みたいに見えた。


「ユミィ?」


 いつの間にか、私はポロポロと涙を流していた。

 そっと近づいてきたシルビア様が抱きしめてくれる。


 優しくて温かい……


 シルビア様の薫衣草(ラベンダー)の香りが、心をほぐしてくれる。

 私は堪えきれなくなって、シルビア様に気持ちを打ち明けた。


「わ、私、ずっと、人の役に立ちたくて……で、でも、私、足手まといで……」


 今までの辛かった思いが込み上がり、しゃくりあげて上手く言葉が紡げない。


「ユミィは足手まといなんかじゃないよ」


 背中を撫でてくれる手が優しい。

 シルビア様は否定してくれるけど、本当の事だ。


「ち、違うんです……私一人だと、生活する事も出来なくて、弟に迷惑ばかりかけてしまって……街では雇ってもらえないし、採取したものは安く買い叩かれるし……」


 頑張って山で色々な果物等を採取しても、街では獣人というだけで値踏みされた。

 ジロジロ見られた挙句、品物を捨て値で買われる事も多かった。

 それでも馬鹿にされながら頭を下げて、街の食品店に採取したものを売りに行った。

 思い出すだけで悲しくなってしまい涙が零れる。

 シルビア様の白く細い指が涙を拭ってくれる。

 優しく髪を撫でられて、それがとても心地よくて胸が熱くなった。


「買い叩いた奴の名前は覚えてる? 後で、私がお礼をしに行ってくるよ」


 シルビア様の声はとろける様に甘く、表情は恍惚としている。

 それなのに、お礼の意味がなんとなくわかってしまった。

 背筋に寒いものが駆け抜けて、私は慌てて首を振る。


「そ、そんなことはどうだっていいんです……いえ、本当はよくないけど……だけど、今は、シルビア様が、私に居場所を与えてくれたから……だから……」


 涙が溢れてしまって止まらない。


 胸の中の空洞が満たされていくみたいで――


「嬉しくって……」


 ここにいてもいいって、言ってもらえたみたいで――


 泣き続ける私を抱きしめるシルビア様の力が強くなる。

 そのことがひどく心地よかった。


 獣人を差別する人に足を引っかけられて転ばされた事。

 山で採れた沢山の果物を、小銭を投げつけられて持って行かれた事。

 仕事に就けない事を、怠け者だと怒鳴られた事……


 そんな事が、全てどうでもよくなっていく。


 今まで誰にも必要とされなかった私を、シルビア様は必要としてくれた。

 それがこんなに嬉しい事だなんて、知らなかった。

 だって、誰にも言ってもらえなかったから。

 誰にも見向きされなかったから……


 ルネはかばってくれたけど、私の事でルネが周りから色々言われてるって街の人に聞いたことがある。


 穀潰しで、お荷物の姉のせいで弟が犠牲になっているって……


 優しいルネは何も言わなかったけど、だからこそいたたまれなかった。

 いつだって迷惑かけて足手まといで。

 私がいてもいい場所なんて、どこにもないんじゃないかって思えてきて……


「わ、私、頑張ります。頑張りますから、だから……」


 ずっと、ここに置いてほしい。

 ずっと、シルビア様のそばに居させてほしい。


「頑張らなくてもいい。ユミィは、私のそばに居るだけでいいんだよ」


 シルビア様が私の頭に口付けた。

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