第23話 できることを見つけたら
改めて見ると、診療所の中は母屋と同じような木で造られた温かな空間だった。
風が森を抜ける優しいざわめきと鳥の声が聞こえる。
入口から入って広い待合室には大きな窓があり、奥の扉の先には診察室が見える。
診療所の窓が太陽の光を受けて、シャボン玉の表面のような虹色に輝いていた。
そういえば、母屋の窓もこんな色だったわね。
そこまでじっくり見なかったけど、考えてみればとても不思議だった。
「こんな大きな窓……硝子? 見た事ありません」
「それは硝子じゃないんだ。魔力硝子、とでも言おうかな」
「魔力硝子……?」
「魔力で作った微弱な結界で、窓を覆っているんだよ」
シルビア様が硝子があるはずの場所に手を入れると、手は魔力の膜を通り抜けて窓の外に突き出る。
水の中に手を入れた時のように、魔力硝子の表面に光の波紋が広がる。
手を戻すと穴も自然に塞がり、魔力硝子が割れる事は無かった。
「魔力硝子は普通の硝子のように風雨や虫、鳥なども防げるんだ」
ちょうど羽虫が窓に近寄ってきて、魔力硝子の見えない力に阻まれ諦めて去っていく。
「魔力硝子の最大の特徴は“有益なものだけは取り入れてくれる”という所だよ。悪意ある者が魔力硝子を破ろうとしても、傷一つつける事はできない。だけど、客人が来たら魔力硝子をすり抜けて部屋に入る事ができる。便利でしょう?」
便利、なのかな?
虫などが入ってこなくて、そよ風が入ってくるのはかなり嬉しいかもしれないわね。
「ええ……とても。でも、窓から出入りする人なんていないですよね?」
窓から出入りする可愛いお客様を想像して、思わず微笑んでしまう。
シルビア様がきょとんとした。
「え、私、たまに出入りするよ?」
「えぇっ! またまた~」
シルビア様ったら、真顔で冗談を言うんだから。
「母屋の窓も魔力硝子でしょ?」
「はい……」
「寝ぼけて窓から外に落ちるんだ」
「ええっ⁉」
「家の周りにはクッションになる植物を植えてあるんだ。いつ窓から落ちても大丈夫なようにね」
「は、はぁ……」
「だから、2階の窓は小さくしたんだよ。いくら緩衝材があっても、落ちたら怪我するもんね」
……じ、冗談……よね?
シルビア様の話は、どこまでが本気で冗談なのかわからない……
もとから謎めいた人だけど、更に謎が増した気がする。
「あ、あの、シルビア様、この診療所は受付の方なんていらっしゃるんですか?」
色々と頭が追いつかない部分はあるけれど、窓の事はさておき、気になっている事を聞いてみたかった。
「受付? いないよ?」
シルビア様が不思議そうな顔をする。
広くガランとした診療所は、部屋に椅子がいくつか置いてあるだけでとても殺風景だった。
(この診療所、もう少し改良できそうなのよね……)
この椅子をあっちに持って行って、小さなテ―ブルを待合室の奥に準備すればそこを受付にできる。
動線や人の流れを考えると、受付があった方が診療がスムーズになると思うのよね。
あまり覚えてないけど、街の治療院もそんな感じで受付があったんじゃないかな?
隅には観葉植物を置いてもいいかな。
壁際の長椅子は反対側に持って行って、空いた小さなスペ―スで、患者さんにお茶を出せるようにできたら……
アイデアが次々と浮かんできて、ワクワクしてしまう。
(これって……もしかして、ルネから独立するチャンスなのかな?)
私が探していた、自分らしく働ける場所……
こんなこと、思ってもいいのかな……?
街の人から何度も就職を断られた事が甦ってきて、胸が苦しくなる。
でも……今、言葉にしないと……この先ずっと口にすることはできないような気がする……
(こ、断られたら、その時よっ……!)
シルビア様に言うのは、すごく緊張するけど……
(勇気を……勇気を出さなくっちゃ……!)
私は息を吸い込んだ。
「も、もしよければっ……わっ、私を……受付として置いていただけませんかっ⁉」
思いのほか大きく震えた声になってしまう。
緊張して耳が下に向かってピンと固くなった。
心臓が大きな音を立てて高鳴っていた。